テラーノベル
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僕には付き合っている人がいた。その人の名前は佐藤美幸という名前で、僕とは2つ違いだった。
僕には勿体ないくらいの別嬪さんで、とても優しい人だった。
休日にはよく出かけて、色んなものを見て、色んなものを感じで、色んなものを聴いて、色んなものに触れ合って、色んなものを食べて、色んな経験をした。
「ねえ、氷室くん」
氷室凪久、それが僕の名前だ。
「どうかしましたか?美幸さん」
あっ、また敬語だ、と言われて急いで言葉を直す。
「どうかした?美幸」
敬語は無し。これは僕と彼女とのルールみたいなものだった。
「私、氷室くんと付き合えて幸せだよ」
屈託もない笑みでこちらを見てニンマリと笑う彼女に、じわじわと顔が熱くなるのが分かる。彼女に弄られる前に急いで顔ごと逸らすが、すぐに指摘される。
「あははっ、顔真っ赤じゃん」
「み、美幸が急にそんなこと言うからだろ!」
ごめんごめん、と反省していない声で謝られてもそれだけで赦してしまう僕は、結構彼女に惚れているんだと思う。
「……それで、どうしたの?美幸」
「どうしたって、何が?」
まるで何も分からないというようなキョトンとした顔でこちらを見る彼女だが、僕はその言葉の違和感に気づいていた。
「貴女がそうやって急に付き合ってよかっただの言い始めるときは、大抵貴方にとって何か都合が悪いことが起きたときだ」
彼女は優しいのにすごく不器用で、今のように何か都合が悪いことがあれば僕が照れるような、テンプレのような言葉を並べるのだ。
「氷室くんってば本当に私のこと好きだよね」
「………………それで、どうしたの」
あははっ、また顔真っ赤だ、と笑われた。ループしている会話にきりが無いと思い、顔を顰めると彼女はまた笑った。
「あははっ、…まぁ氷室くんの憶測通りなんだけどさ……でも、ここで言っても面白くないし、まだ教えてあげない!」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる彼女が腹立たしくも愛おしくて、その時どんな顔をしていたかは、今はもう思い出せない。