◻︎地雷が次々と…
ポケットに入れたスマホが着信を告げる。
発信者の登録はなく、番号にも見覚えがない。
_____新規の取引先かな?
名刺には会社用のスマホの番号が記入してあるので、大抵はスマホに電話がある。
「はい、タカギテクニカル、森下です」
『あ、俺だよ、俺!』
この声は。
「詐欺ですね、失礼します」
『おい、茜、ちょっと待っ…!』
通話を切る。
_____なんでアイツが電話を?
今の番号を急いで拒否しようとしたとき、またかかってきてうっかり通話ボタンを押してしまった。
『茜!ちょっと話そうよ、ね、切らないで!』
「話すことなんてないから!」
切ろうとしたら
「『なら、ここで大声で叫ぶけど?』」
今、スマホからではなくリアルに声が聞こえた気がして振り返った。
「よ!」
「なっ!な、なんで」
思い切りうろたえてしまって、焦って周りを見た。
「いや、あー、えーと、今朝のプレゼンについて二、三確認したいことがあって。少しお時間いただけませんか?森下チーフ」
健介は空気を読んだのか、仕事モードの語り口になった。
「あっ、こんにちは!新田さん、でしたよね?私、森下チーフのグループの日下千尋といいます。よろしくお願いします」
キラキラした目で、健介を見る日下。
「あー、そう、日下さんね、よろしく」
「新田さんって、社長付きってことは役職は何になるんですかぁ?」
「まぁ、秘書みたいなこともするし、ブレーンとして社長の考えをみんなに伝えたり、反対に社長に伝えたり」
「すごぉーい!素敵なお仕事ですね」
「まぁね、それよりも、森下チーフ、お時間は取れますか?」
ここまでの二人の会話を聞いていて、下手なことを言うと事件になりそうな予感がした。
日下にはバレたくないけど、健介と二人きりにはなりたくない、それが社内だったとしても。
「プレゼンの話なら、ここにいる日下と、それから結城も同席させますが、いいですよね?」
「え、あ、まぁ、うん」
「では、小会議室へ。資料を持ってすぐに伺いますので」
「わかった、先に行ってるので」
「え、じゃあ、私、コーヒーを用意していきますねっ!」
パタパタとコーヒーを淹れにいく日下。
「結城君、ちょっと!」
プレゼンの話があると社長付きの新田さんが待っていると告げ、一緒に小会議室へ向かう。
「あの!また森下チーフのことを、茜って呼んだら…」
「呼んだらどうするの?っていうか、万が一、呼んだとしても何もしないでよ、相手は社長付きだから、社長に何を報告するかわからないわよ」
「…はい」
まるで子ども二人を連れて、戦場に行く気分だ。
_____お願いだから、地雷を踏まないでちょうだいよ
それは、健介にも言いたいことだった。
「…で、新田さん、ご質問とは?」
テーブルに1vs3で座った。
「さっきの、SNSの件なんだけど。たとえば誰がどんなことを発信していく予定ですか?」
_____ちゃんと、仕事の話だ、よかった
「そうですね、うちには今、何人かの妊婦さんや育休明けのママさんが働いてます。その方たちにメインで投稿してもらおうと思ってます。彼女たちは、やる気があって復職しているのに、なかなか目に見える成果の仕事をやらせてもらってません。なので彼女たちメインを考えています。もちろん育休を取りたいと思ってる人や取っているご主人にもお願いしようかと」
その後も細かい質問がいくつか続き、それに答えた。
サラサラとメモをとりながら、何か考えているような健介。同期入社だけど、こうやって仕事で関わるのはこれが初めてだ。
_____へぇ、これが健介のビジネスモードか
「あれっ!新田さん、ご結婚は?」
突拍子もない発言は日下。
「してますけど、何か?」
「いえ、あの、指輪をしてらっしゃらないので」
「あー、最初からしてませんよ。夫婦とも。痕が付くのが苦手で」
チラッとこちらを見る日下の目を、知らん顔でそらした。
_____指輪を見たという嘘がバレたか…地雷一個めだ
「僕からもひとつ、新田さんに質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「森下チーフを名前で呼ばれたと思ったんですが…」
_____きたぁっ!地雷二個め!!頼むからおかしなことは言わないで、健介!
「あー、それですか…」
私の顔を伺う健介の視線も、見ないふりをする。
「たしか、入社式のあとの同期の懇親会で、少し親しくなった記憶があったんですが…。茜、あ、森下さんは記憶されてなかったようです」
「あ、そうなんですか」
_____よしよし、地雷回避!
「すみませんね、なんせ新入社員の頃なんて10年以上?もっと前のことなのでおぼえてないです。でも、社内ということもありますし、今後は森下とお呼びください」
目を合わせず、それだけを言う。
「そうですね、失礼しました。じゃ、森下チーフ、この回答を社長に提示しておきますので、いつGOが出ても対応できるように準備をしておいてください」
ほっとした。なんとか二人にはバレずに済んだ。
席を立って戻ろうとした時。
「あ、そうそう、森下さん、これにも目を通しておいてください」
そう言って私のファイルの上に、メモを置いた。
「じゃぁ、よろしく」
そう言うと、爽やか(?)な笑顔を向けて去っていった。
「チーフ、いいと思いません?新田さん…」
私の耳元で、こっそり囁いたのは日下だった。
「既婚者なのに?」
「だから、いいんですよ。あ、このことは結城さんにはヒ・ミ・ツ、ですよ」
可愛らしくウィンクしたその瞳の中に、ゾワッとする何かがあった。
_____この子(千尋)は敵にまわさないようにしよう
と思った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!