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日曜日も城壁を乗り越えた。
アーケードの高い天井から陽光が差し込んでいる。大理石の上に、行きかう影が動いていた。俺はバザール入口で受取ったカートを押しながら、ケマルの影を追う。人々の影が次々交差していく。交わるのは影だけで、実際に向かいから来る人とぶつかることはない。
「おじさん。量はいつもくらい、新鮮なの頼むね」ケマルが言うと同時に、八百屋はトマト、ピーマン、キュウリ、たまねぎ、レタス、オリーブの順に手際よく袋に詰め、「毎度あり」と、威勢よく俺の左手に渡した。
このあと立ち寄ったチーズ屋、肉屋、香辛料屋でも、求めると品は同時に出てきた。それが不思議でならなくて、何度も首を傾げながら買い物袋を載せたカートを押していると、隣を歩くケマルが「こっちの国民は、希望を持ってる」と言った。よく意味がわからなかった。向こうの国民だって失望ならたくさん持ってるよと返すと、彼は腹を抱えて歩みを止めた。あんまり笑ってばかりいるので少し腹が立ち、希望と買い物なんかに一体関係なんかあるのかと言った。彼はみぞおちの辺りを押さえながら「あるさ」という。それは一体どんな関係かと問うと「客がはっきり希望を持ってれば、売る方も答えれるじゃないか」とかすれた声を出す。でも世の中そうそう自分の思い通りなんかになるものか、相手にだって希望があるんだからというと、彼は「お前はまだ分かってない」と言い、「こっちの国では店の人の希望は、客の役に立つことだよ。そのために普段から準備してる」と、さもそれが当然というような口調だ。