フローラたちを罠に嵌めるにあたって、やることは単純だ。
パーティ会場で婚約を宣言させること。
フローラは全てをシナリオ通りに進めている。服用した薬はよほど危険な代物ということ。少し違いがあっても気にせずに進めている。
大切なのは国家転覆罪をしていたと公の場で宣言させること。
だから、小規模であるが公の場である夜会で宣言してもらうように仕向けた。
「……緊張することはない。何があっても俺様が守って見せる」
「そうですよ。これから私たちで国を守らなければいけないのですから、こんなことで緊張しては先が思いやられますね」
アドリアンはフローラの頭を撫でながら励ます。
オーラスはメガネを掛け直し、きつい物言いながらも微笑みかけている。彼なりの励ましなのだろう。
二人は目がトロンとしており、常に頬が染まっている状態。
二人は完全にフローラに依存している。
普通の人が見たならば誰しもわかるほどわかりやすい。
なのにフローラは築くことはなかった。
その彼女でさえ目がトロンとしている。
……乙ファンの運営はやることが非人道的だよね。
ハーレムルートを達成するために物語の中の人を薬付けにするとかおかしいだろう。
そんな独白は誰の耳に入ることはないが。
「ぼ、僕も守るよ。……3人で支え合おう」
シナリオでの僕のセリフフローラに告げた。
「そうだな。俺たちで」
「私たち3人でこの国を……フローラを支えましょう」
「みんなありがとう。不束な私だけど……これからもよろしくね!私、みんなとならやり遂げられるの思うよ!」
大きく深呼吸し、両拳に力を入れて小さくガッツポーズをするフローラ。
そして、僕たちは生徒が参列している会場へと足を踏み入れた。
アドリアンとオーラスがそれぞれフローラの左右前に僕が後ろからついていく。
会場に入るとザワザワした。
目の前の異様な光景が原因だ。貴族派と王族派筆頭の嫡男が手を取り合い噂の渦中の問題児フローラを囲っていること。
僕もそうだ。
中立派の筆頭、ソブール公爵家の婚約者がいること。
三つ巴になっていた派閥が一つになっている。
フローラたちは気にすることなく堂々進む。本当にその神経を少しは分けてほしい。
ザワザワと囁かれているのは罵詈雑言ばかり。僕のことも言われている。
ソブール家の腰巾着ってなんだよそりゃ。
もうすぐこんな役目も終わりだと知っていたけど精神的に堪える。
「皆!今日はよく集まってくれた。心より感謝している」
アドリアンが足を止め、声が響き会場が静まる。
「めでたい夜会を始める前に皆に聞いてほしいことがある。このような交流の場を借りて伝えたい。……皆も理解していることだろうが、我が国は現在不安定だ。……10年ほど前に俺の弟が死に、国の勢力は分裂した。そのせいでいつ紛争が起こってもおかしくない。そんな危険な状態になってしまっている」
いや、今そんなこと言っていいのだろうか?
一番の元凶はアドリアンたちだと思うんだが。会場は再びざわめき出す。不安、というよりは「何言ってんだこいつ」みたいな文言ばかり。
そうしてるのは誰だよと見ながら小声で話していた。
アドリアンはそれを動揺や不安だと解釈したらしい。口角を上げる。
「だが、安心するといい。俺様がこのような危機的状況を一変する方法を考えたのだ。……紹介しよう」
アドリアンはフローラに視線を送り前に来るように促す。
「彼女の名はフローラ。この俺の愛しの女性だ。この場を借りて宣言しよう。俺は……いや、俺たちは彼女と婚約し、より良い国を作っていくと宣言しよう」
……その発言をした刹那、会場はざわめきが増す。
前代未聞だ。男数人と婚約をする王妃なんて許されるはずがない。
だが、公式の場で発言された言葉の取り消すことはできない、証人はこの場にいる全員。
覆ることはないだろう。
発言から国を変えることは国家転覆罪の宣言をしたことと同義だろう。
「その者たちを捕らえよ!そこの女は薬物に手を染め、国家転覆罪の疑いがある!」
レイルの宣言により、騎士たちが会場内に乱入する。
会場からは悲鳴を上げる者、驚き腰を抜かしてしまっている者がいたが、ほとんどが何が起こっているのかわからず、あたふたしている者たちがほとんど。
僕はゆっくりと後ろに下がりその場から離れる。辺りを見渡しレイルがいる元へと早歩きで移動する。
「……なんで……こんなの知らない。どうなってんのよ!」
その時、声高い怒鳴り声が聞こえた。フローラのものだった。
視線を向けると暴れ続ける。
罪人といえど、騎士たちも女性を強く拘束するのは抵抗があるのか、拘束から抜け出す。
「私はこの世界の主人公のはず。なのになんでこうなってんの。あとは隠し攻略対象を終わらせれば晴れてこの世界は私のものになるのに。……違う、私は悪くない。何よ国家転覆罪って。私はただシナリオ通りに進めただけじゃない。でも……あれ,え?」
混乱しているのだろう。言っていることが支離滅裂している。
そして、フローラはその疑問から少しずつ冷静になったのか、フローラは辺りを見渡した。
「……ねぇ、何やってんのアレンくん。……私を守ってくれるんじゃなかったの」
騎士たちの近くに立っている僕にそう問い詰める。
何が起こっているのかわからない、絶望から縋る気持ちなのだろうか。だが、僕はその姿を見ても同情の気持ちは出なかった。
僕は少し冷淡なのだろう。
かわいそうとは思えない。自業自得だと。
このまま進めばフローラは法によって裁かれる。おそらく終身刑、死刑だろう。国家転覆罪はそれほど重い罪なんだ。
仕立て上げたのはこちら側だが、国が崩壊寸前まで煙を撒いたフローラの自業自得。
「……僕がなぜあなたを守らなきゃならないのですか?」
「……え?」
フローラのトロンとしていた瞳に正気が戻ったようにみえる。
「アレンくんは攻略対象で……私とこれからも一緒にいるって」
「先日から何を言っているのですか?……僕は王族の方から命を受け、あなた方と一緒にいたに過ぎません」
「嘘……」
「本当ですよ。妄言はそれほどに」
「……何よ……それ」
フローラは俯いた。冷静に対処している
「ひ弱なくせに調子に乗るんじゃないわよ!人に頼らないと何もできない、あんたなんてね、チョロいだけでなんの取り柄のないゴミキャラじゃない!女みたいな見た目して気持ち悪い!腐った女連中にチヤホヤされるだけのクソキャラの分際で!あんたの見た目気持ち悪いのよ!一人で何もできない癖に!男女!」
発狂しているフローラの剣幕は険しい。全てを言い切ったのか、呼吸は荒げ、会場内はシンっとしていた。
フローラの姿に呆れているのか、疑問に思っているのか。
騎士たちはフローラから少し距離をあげていた。
その時だった。
カツ…カツとハイヒールの早いテンポの足音が聞こえる。
何者かがフローラに近づいている。
ーーパシン
そして、音が会場に響き渡る。
「……これ以上、発言がお有りならわたくしにどうぞ?……アレン様は素敵な殿方です。荒唐無稽な発言は控えてください」
フローラは叩かれた頬に手を添え、彼女に怯えていた。
頬を叩いたのは絶対零度の視線を向け、敵意をむき出し、貫禄ある姿をしている悪役令嬢その人、アレイシアだった。
僕は彼女がここまで怒りを露わにするのは初めて見た。
僕のために怒ってくれている。そのことを嬉しく思う反面、心配することができた。
『ドッ…ドッ…ドッ』
鼓動はいつにもまして早い。興奮状態にありこれ以上続くのは心配に思えた。
そんな迫力あるアレイシアに怯んだフローラはこれ以上の発言はしなかった。
今ので少し冷静になれたのか、抵抗せずに騎士に拘束された。
アドリアン、オーラス、フローラは騎士たちに連れて行かれた。
「アレン、ご苦労だった。セバスに頼み部屋を用意してある。アレイシア嬢と共に少し休むといい」
僕とアレイシアはレイルの計らいで会場を後にした。後のことはレイルがやってくれるらしい。
この後、会場の生徒たちへの謝罪や僕の立場について。そして、自分の正体について明かすことになっている。
……後のことは任せて良さそうだ。僕の役目は終わっているのだから。
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