昼休みの教室は、相変わらず騒がしくて、そこだけ切り取ったら平和そのものだった。
誰かが笑って、誰かが弁当箱のフタを開けて、誰かがじゃがりこを分け合ってる。
ゾムは自分の席で、いつも通りのパンをちぎりながらぼんやり外を見てた。
たいして美味くもないけど、食わんと腹は減るし、食ってるふりしてたら喋らんで済むから、それでよかった。
「ゾム~、シャオロンも~、聞いてくれや!」
ガタン、と勢いよく机を引き寄せてきたのはロボロ。
テンション高めで、すでに笑いながら話し出してた。
「さっきな、購買の列で前のやつがソースこぼしてな、それ踏んでツルン!ってひっくり返ってん! 漫画みたいなコケ方しててマジおもろかった!」
「お前また笑う前に助けへんかったんやろ、そういうとこやぞ」
シャオロンがツッコむと、ロボロは「いや、ちゃんと“すんません!”って謝ったし!」と笑い続ける。
ゾムもつられて、ふっと息を漏らした。
思い出したことがあった。たいした話じゃない、けど、ふと脳裏に浮かんだ昔の光景。
「……昔さ、アイス落として、それ拾おうとして顔からいったやつおったよな」
ゾムは、パンをちぎったままの手を止めずにそう言った。
ロボロが「え、何それ!アホすぎるやろ!」と笑う。
「誰やねんそれ、やばない?笑」
ゾムは、静かに言った。
「……お前や」
ロボロの笑いが、ふと止まった。
一瞬の間。音のない時間が教室の中でだけ流れたような錯覚。
「……え? 俺?」
「うん、お前。夏で、アイス溶けててな。お前、それ拾おうとして滑って、腕擦りむいて泣いてたやん」
ゾムの声は、落ち着いていた。冗談みたいな語り口で、でも、どこか苦さが滲んでいた。
ロボロは一瞬考える素振りをしたけど、笑って首を振った。
「うわ、マジか。それ覚えてへんわ。でも、それ絶対痛いやつやん!」
「……うん、痛そうやった」
この空気。
ゾムの声にだけ、重さがあって。ロボロだけが、それに気づいてへん。
俺は知ってる。
“思い出せ”って叫ばれへんぶん、ゾムはこうやって笑いながら、記憶に触れてくるんや。
苦しんでるの、わかってても。
俺には、やっぱり何もできひん。
ゾムはまた笑って、パンを口に入れた。
何もなかったように ゾムは振る舞っていた。 でも目はどこか遠くて、寂しそうで。
その空気を、シャオロンだけが正確に感じ取っていた。
何気ない笑い話に見せかけた、その言葉のひとつひとつの裏にある想いを、
ちゃんとわかってしまっていた。
“思い出してくれ”なんて言わへん。
“なんで忘れたんや”とも言わへん。
ただ、「お前や」って、静かに伝えるだけ。
それがゾムの、今できる精一杯なんやって、シャオロンにはわかってしまった。
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