ゾムが学校を休んで、一週間が経とうとしていた。
連絡は取れなかった。LINEは既読すらつかない。電話をかけても、ワンコールだけ鳴って切られる。
シャオロンは初めのうちは様子を見ていたが、五日目を越えたあたりで限界がきた。
ロボロも同じだった。
あの日、アイスの話をしたあと――
あの「お前や」の一言が、ずっと頭から離れなかった。
ゾムの家の場所は、どこかで聞いたことがあるような気もした。でも、はっきりとは思い出せなかった。
「どこに住んでんの?」
シャオロンに問われても、ロボロは首を横に振った。
「……知らん。……まぁ、勘で動けば大抵何とかなるから適当に歩こう」
半ば冗談で言ったその言葉を、シャオロンは黙って受け入れた。
ふたりでなんとなく街を歩いた。放課後、夕方の風が冷たくて、蝉の声が聞こえるにはまだ早い。
ロボロの足がふと止まったのは、交差点の手前だった。
視界の端にある表札が目に入る。
「鳥井」――
その瞬間、胸の奥がざわっとした。
「ここや……」
ロボロは、確信もないまま呟いた。けど、体はすでに門の前に立っていた。
「……知ってたん?」
隣でシャオロンが聞いた。ロボロは一言だけ返す。
「知らんかった」
けど、“足”が覚えていた。
インターホンを押すと、しばらくしてゾムが顔を出した。
やつれてるわけでもない、けど目の下の隈と、口元の硬さが彼の中の“今”を物語っていた。
ゾムはロボロを見て、一瞬だけ目を見開く。けど、すぐに無表情に戻った。
「……なんで、来たん」
その言葉に答えず、ロボロはただ黙ってゾムの目を見つめた。
そのまま数分、立ち話をしてゾムの部屋に行こうとした時、ガチャリと玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま~……って、あら!?」
ゾムの母さんが帰ってきた。
「――あっ、ロボロくんやん!いらっしゃい!ひさしぶりやねぇ!」
その声に、シャオロンとゾムの背筋がぴしっと伸びる。
まるで氷水を背中に流し込まれたみたいに、動きが止まった。
ロボロが、目を見開いたまま小さく呟く。
「……え……?」
瞬間、シャオロンがゾムの肩を小突いた。
「お前、ちょっと来い」
そう言ってロボロの腕を軽く引っ張り、無理やりゾムの部屋へと押し込んだ。
ゾムは黙ってその後ろ姿を見送り、深く息をついてから、お母さんの方へ向き直る。
「……なあ、かあさん。ちょっと、話あんねんけど」
ソファに腰を下ろした母に、ゾムはゆっくりと口を開いた。
ロボロが記憶をなくしていること。
自分のことを、何も覚えていないこと。
そして中学のある夜、突然「どなたですか」と言われたあの日のこと――
泣きはしなかった。でも、言葉を紡ぎながら、手はずっと膝の上で震えていた。
話し終えると、ゾムは母の顔を見て、静かに言った。
「これ……ロボロのかあさんにも、本人にも、言わんといて。お願いやから」
母は少し目を細めて、息を吐いてから優しく頷いた。
「わかった。……あんたがそう言うなら、絶対誰にも言わんよ」
「……ありがとう」
ゾムは深く頭を下げた。
その日、久しぶりに自分の部屋からロボロの笑い声が聞こえた。
でも、それは“今のロボロ”の声であって、“あの頃のロボロ”の声じゃなかった。
その差が、どれだけ自分の胸をえぐるかは――
きっと、誰にも伝えられへんかった。
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