テラーノベル
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山道を、緋八マナは必死に走っていた。
息が苦しい。
喉が焼ける。
足も痛い。
それでも止まれなかった。
後ろでは、刀のぶつかる音がまだ聞こえている気がする。
「ロウ……っ」
胸が締めつけられる。
自分のせいだ。
また、自分のせいで誰かが傷ついている。
涙が滲む。
でも今戻れば、ロウの覚悟まで無駄になる。
だから走るしかなかった。
その頃。
山道の入口では、 小柳ロウ が追手たちを相手に刀を振るっていた。
肩から流れる血が地面を濡らす。
「っは……」
息を吐く。
思った以上に面倒だ。
相手は伊波家直属の従者。
ただの護衛ではない。
「その農民を庇ってどうする」
男の一人が低く言う。
ロウは鼻で笑った。
「別に。気に入っただけ」
「くだらん」
「お前らよりはマシだろ」
挑発するように言う。
その間にも、視線は山道の奥を確認していた。
マナは逃げられただろうか。
なら、それでいい。
次の瞬間。
男の刀が振り下ろされる。
ロウは避けきれず、腕を浅く斬られた。
「っ……!」
痛みが走る。
だが、その瞬間。
遠くから馬の音が響いた。
全員の動きが止まる。
激しく土を蹴る音。
そして。
「マナはどこだ!!」
聞こえた声に、ロウが目を見開く。
山道の向こうから現れたのは、 伊波ライ だった。
ライは馬から飛び降りる。
肩で息をしながら、鋭い目で周囲を見渡した。
「若君……!?」
追手たちが青ざめる。
ライは彼らなど見ていなかった。
ロウの血を見た瞬間、表情が変わる。
「マナは」
低い声。
ロウは小さく息を吐いた。
「逃がした」
その瞬間、ライの肩から少し力が抜ける。
安堵したのだと分かった。
ロウはそんなライを見て、苦笑する。
「……ほんとに好きなんだな」
ライは答えなかった。
代わりに、追手たちへ視線を向ける。
その瞳は恐ろしいほど冷えていた。
「誰の命令だ」
従者たちは黙る。
ライは一歩近づいた。
「答えろ」
空気が張り詰める。
やがて一人が口を開いた。
「旦那様のご命令です」
ライの拳が震える。
やはり父だった。
「若君、その農民は――」
「黙れ」
低い声。
従者たちが息を呑む。
「マナに手を出すなと言ったはずだ」
「ですが!」
「聞こえなかったのか」
静かな怒りだった。
それが余計に恐ろしい。
ロウはその様子を見ながら、刀を鞘へ戻した。
「お前ん家、面倒だな」
「……すまない」
ライが掠れた声で言う。
ロウは少し驚いた顔をした。
「お前、ちゃんと謝れる奴なんだ」
「?」
「もっと嫌な貴族かと思ってた」
ライは眉を寄せる。
今はそんな話をしている場合じゃない。
「マナはどこへ行った」
「山の奥」
ロウは答えながら、ライを見る。
「追うなら今しかねぇぞ」
その言葉に、ライの心臓が強く鳴った。
会いたい。
今すぐ。
抱きしめたい。
無事を確かめたい。
その想いだけで、胸がいっぱいになる。
だが。
「若君、お戻りください!」
従者が前へ出る。
「旦那様がお待ちです!」
ライは振り返らない。
「知らない」
「若君!」
「俺は」
ライは静かに言った。
「マナを失うほうが嫌だ」
その言葉に、従者たちは息を呑む。
ロウは小さく笑った。
「……いい顔するじゃん」
ライはそのまま再び馬へ乗る。
そして山道の奥を見つめた。
マナがいる。
それだけで、足が止まらなかった。
コメント
1件
しろまるさん、第17話読みました。山道を走るマナの切実さ、ロウの自己犠牲——どちらも痛いほど伝わってきました。ライが「マナを失うほうが嫌だ」と言い切る場面、すごく良かったです。静かな怒りと覚悟がにじみ出ていて、胸が熱くなりました。次が気になります!