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16
春が散るまでの距離
06.桜が散る前に
桜は、目に見えて減っていた。
風が吹くたびに、
ひとつ、またひとつと落ちていく。
その様子を見ていると、
時間が削られていくみたいで、
少しだけ息が詰まる。
「ねえ悠真くん!」
昼休み、春が勢いよくこっちに来る。
その顔は、いつもより少しだけ明るかった。
「今日さ、行きたいとこあるんだけど!」
「……急だな」
「いいじゃん。時間もったいないし」
その一言に、引っかかる。
——時間が、もったいない。
前なら気にしなかったはずなのに、
今はどうしても意味を考えてしまう。
「どこ行くんだよ」
「内緒。放課後のお楽しみ」
そう言って、春は楽しそうに笑う。
放課後。
連れてこられたのは、小さな雑貨屋だった。
ガラス張りの店内に、光が差し込んでいる。
「こういうとこ、来たことある?」
「いや、あんまり」
「でしょ。だから来たかったの」
そ う言って、店の中に入っていく。
棚には、いろんな小物が並んでいた。
アクセサリー、キーホルダー、ガラス細工。
どれも小さくて、繊細で、壊れそうで。
なんとなく、春に似ていると思った。
「ね、これ見て」
呼ばれて振り向く。
春が手に持っていたのは、
小さなフォトフレームだった。
「写真、入れられるやつ」
「……見りゃわかる」
「これさ、いいと思わない?」
少しだけ真剣な顔で言う。
「……まあ、いいんじゃね」
「でしょ」
春は嬉しそうに笑う。
そのままレジに向かおうとするから、
「買うのか?」
と聞くと、
「うん。だって——」
一瞬だけ言葉を止めて、
「残したいから」
そう言った。
その言葉に、何も返せなかった。
帰り道。
袋の中のフォトフレームが、
カサ、と小さく鳴る。
「どの写真入れる?」
春が楽しそうに聞いてくる。
「この前のやつとか、今日のやつとか、いっぱいあるじゃん」
「……好きなのにすればいいだろ」
「えー、一緒に決めよ?」
そう言って、少しだけ近づいてくる。
その距離の近さに、少しだけ息が詰まる。
でも、嫌じゃなかった。
「……じゃあ、これ」
ス マホの画面を見せる。
あの公園で撮ったツーショット。
少しだけぎこちない俺と、
隣で笑っている春。
「……うん、これがいい」
春は、少しだけ優しくそう言った。
「なんか、ちゃんと“今”って感じする」
“今”。
その言葉が、やけに重く響く。
「ねえ」
歩きながら、春が言う。
「“リスト”、あとどれくらい残ってると思う?」
「……さあ」
「半分くらいかな」
指を折りながら数えている。
「じゃあさ、もっとやろうよ」
顔を上げて、まっすぐこっちを見る。
「桜、もうあんまり残ってないし」
その一言で、全部伝わってしまう。
——やっぱり、わかってるんだ。
自分の時間が、どれくらいなのか。
それでも。
それを口にしないでいる。
俺と同じで。
「……そうだな」
短く答える。
「全部、やるか」
一瞬、春が驚いた顔をして。
それから、ふっと笑った。
「うん。全部やろうね」
その笑顔は、いつもと同じはずなのに。
どこか、少しだけ泣きそうに見えた。
風が吹く。
花びらが舞う。
でももう、それは“綺麗”だけじゃなかった。
減っていく数を、
どうしても数えてしまうから。
「明日も、どっか行こ」
春が言う。
「……ああ」
「もっといっぱい、やろうね」
その言葉の意味を、
もう、間違えることはなかった。
時間は、確実に足りていない。
それでも俺たちは、
笑って、歩いて、
写真を撮って。
終わりに向かっていることを知りながら、
それでも“今”を重ねていく。
__桜が散る、その日まで。
コメント
5件
桜の木によじ登って花びら1枚1枚に接着剤つけて回ろうかしら((