テラーノベル
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考えることすら避けてきた悪夢の内容や、ベルトランの話から、引っ掛かる点がいくつも出てきた。だてに、異世界ファンタジーを読みまくっていた訳じゃない。
まあ、さすがに自分の身に起こるとは思いもしなかったが。
ベルトラン自身も毒の効果が消えたせいか、使用人たちの様子がおかしかったと気付いた様だ。まるで、何かに操られていたみたいだったと。
取り敢えず、事実を確かめる為に強硬手段を取ることにした。
私が計画を話し出すと、ベルトランは予想外にも心配そうな表情をする。
さっきまでの、私を無理矢理連れて来た強気な態度はどこへ行ったのか。
「大丈夫です! どうにかなります。いざとなったら助けくれるのですよね?」
私を守ると言質は取ってあるのだから。
「わかった」とベルトランはしぶしぶ頷く。
「その代わり、離宮から出るのは俺が完全に回復してからにしてくれ。このままでは、動くにしても限界がある」
「そうですね……。あ、でしたら」
今のベルトランは風が吹いても倒れそうなくらい弱々しい。だからこそ、それを利用すべきだと思った。
解毒できたベルトランの体調は良くなったとはいえ、体力も無く、見た目も変わっていない。油断させるにはもってこいだ。
手始めに、具合の悪化を装って呼び鈴を鳴らし、使用人をこの部屋に呼んでもらうことにした。
ここは療養の為という名目だけの離宮で、実際はベルトラン付きの使用人は交代制で一人しかいない。
ベルトランは、使用人が互いに呪いを怖がって最小限の人数になったと考えていたらしいが……。それすらも怪しく思えてくる。
私はベッドの下に隠れ、息を殺しその時を待った。
やって来た使用人が、無表情のままベルトランを覗き込む。
もしも、死が間近であるなら報告をしなければいけないから、確認のための行動だろう。
タイミングを見計らい、ベルトランの手刀が使用人の首に命中する。気絶し、バタンと床に転がったところで、私は這い出るとそのまま浄化した。
本当は、私が使用人の背後から気絶させるつもりだったが、ベルトランが自分でやると譲らなかったのだ。
こんな細く弱々しい見た目で、俊敏に動けるとは驚きしかない。
不思議そうに見た私に、どうだと言わんばかり表情でベルトランは口角を上げる。
……あ、笑った。
なんだか不意打ちの笑顔に戸惑ってしまう。
すると、使用人が「ぅう……ん」と唸った。
――いけない、気を引き締めなきゃ。
軽く拘束され意識が戻った使用人は、何が起こったのかといった感じで、ベルトランの状態に驚いていた。
彼の記憶では、ベルトランはまだ子供だった様だ。
混乱する使用人を落ち着かせ、それまでの記憶を問い質すが、まるでモヤがかかったかの様に何も覚えていないらしい。
「これはもしや…… 」
「何ですか?」
「子供の頃に読んだ、本の知識でしかないのだが」
ベルトランは記憶を探るように話し出した。
使用人の様子から、ベルトランはこの国では禁忌とされる黒魔術――魅了を使ったのではないかと言った。
「魅了……ね」
異世界ファンタジー定番のやつだ。
「けれど、その黒魔術を私が浄化できるなら……」
「急いだ方が良さそうだ」
ベルトランの状態の悪化が仕組まれていたものならば、生きていること自体が向こうの不信を招く。
対策を練り、慎重に動きつつもスピーディーに事を進める。
この離宮の使用人は、ベルトランに悪感情は持っていなかった。
術が解けた使用人はベルトランの手足となり、信頼できる者から順に寝室へ引き入れ、片っ端から同じように浄化して行く。
当然、アヴェリーノやエステルに悟られないように。
幸い、今この離宮で働く使用人は亡き王妃に仕えていた、ベルトランに優しかった者ばかりだった様だ。だからこそ、魅了をかけられベルトランと一緒に離宮へ放り込まれた。
優しかった人々から疎まれ、冷たくされたベルトランはどれほど辛かっただろうか。
ツキリと胸が痛くなった。
◇
味方が増えた離宮で、先ずは食事を改善した。
もちろんメニューは、病院での知識を生かして私が考え、食材は使用人が外部から調達して来てくれた。
そして軽い運動から始め、プラスアルファで癒しの力を使い、短期集中で鍛えまくったのだ。癒しの使い方は、たまに饒舌になる指輪が教えてくれた。
離宮の使用人全員の浄化が終わる頃には、ベルトランの体つきは年相応に――いや、立派過ぎるほどの肉体美に変わっていた。
正直、目のやり場に困るほど……。
私はメイド服に身を包み、『コトネ』の名で使用人として働いてるフリをした。処刑された前世の名前はもちろん使えないからだ。
偽名を使おうかとも思ったが、ベルトランはそのままでいいと言った。
「コトネの方が呼びやすいからな」
「はあ、まあ何でもいいですけど」
なぜか、やたら名前を連呼されるのはよく分からないが。
さすがに髪色は目立つので、仲良くなったメイド仲間に染めてもらうことにした。
離宮では、ベルトランの姿に慣れているせいか、黒髪でも嫌な顔はされなかったが、他では違う。無難な色にし、純日本人で地味な私は、自由に動いても誰にも気にされないスペックを向上させた。
おかげで、この離宮がメインの宮殿から遠かったことと、アヴェリーノが王太子として宣誓する日が迫っていた為、一介の使用人を気にする者など居なかった。
そして、ついに好機はやってきたのだ――。
忙しなく働く本宮の使用人の目を掻い潜り、エステルの部屋に潜り込む。
宮殿にある隠し扉の位置は、ベルトランから叩き込まれた。ベルトラン自身、幼い頃に王妃からしっかり覚えさせられたのだとか。
豪華絢爛で、物がたくさん置かれたエステルの広い部屋。
探すのは大変かと思ったが、目的の物は簡単に見つけられた。
まるで、クリスティナの力が共鳴するかのように、私を引き寄せたのだ。最も強く感じた、クローゼットの底は二重底になっていて、結晶石はそこに隠されていた。
「すご……。よくもまあ、こんなに沢山の結晶石を用意できたわね」
クリスティナは毎回、空っぽの結晶石を渡されていた。エステルと継母は空になったと嘘をつき、新しい結晶石を私に渡していたのだ。
「神聖力は、民の為に使われていなかったのね」
二人は私を騙し、神聖力が込められた結晶石をため込んでいたのだ。
呆れると同時に、クリスティナであった自分の愚かさに胸が締め付けられる。
「今は……感傷に浸る時じゃないわ」
気持ちを奮い立たせると、大量の結晶石に手を置いて目を瞑り祈る。結晶石に入った神聖力がブワリと自分に入ってきた。
それから、上の方の数個の表面に輝きが残る程度だけ、微々たる力を振りかけておく。
そして、結晶石を元あった場所にしまい、何事も無かったかのように離宮へ帰った。
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