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ホテルを出た後雪丸さんの運転する車に乗せられ、着いたのは大きなお屋敷。
立派な門をくぐって敷地内に入ったため、カメラにさらされることもなく車を降りることができた。
「ここは?」
随分敷地の広そうな大豪邸。
でも、どこかのホテルって感じではない。
「実家だ」
「って・・・平石邸?」
「ああ」
「それじゃあ、お父様やお母様がいらっしゃるのよね?」
「まあ、そうなるな」
ゆっくりと進んでいた萌夏の足が止まった。
「今更行かないなんて言うなよ。また抱え上げるぞ」
「そんなあ・・・」
さすがにマンションには行けないと思ったけれど、まさか実家へ連れていかれるとは考えなかった。
そもそも今回の件で遥は相当な痛手を負ったわけで、その原因でもある萌夏の存在をお父様とお母様はどう考えているのか。
以前お母様に会ったときには優しそうな良い方だなあと思っただけだったけれど、状況がこうなってしまったからには気持ちだって変わるかもしれない。
「ほら、行くぞ」
「でも・・・」
チッ。
しびれを切らした遥の舌打ちが聞こえ、グイッと腕をとられた。
「安心しろ。萌夏を家に連れて来いって言ったのは母さん達だ。さあ、行こう。みんな待っているから」
「ぅ、うん」
父さんが亡くなってから誰かに待ってもらうことなんてなかったな。
遥に腕を引かれながら少し歩き、玄関が見えてきたとき、
「萌夏さん」
わざわざ玄関先まで出てきていたお母様が、駆け寄って萌夏を抱きしめた。
「今までどこにいたの、心配したのよ」
え?
「母さん、話は入ってからにしよう」
「ええ、そうね」
こうして、初めて平石低におじゃますることになった萌夏。
緊張しながらお屋敷に足を踏み入れることになった。
***
「おじゃまします」
玄関に入ると男の人が立っていて、とりあえず頭を下げる。
えっと、この方は・・・
「父さんだ」
え、えええー。
平石財閥の総帥。
無意識に萌夏の足が一歩後ろに下がってしまった。
「こら、逃げるな」
遥に腕を引かれる。
いや、でも、だって・・・
目の前にいるお父様は随分怖い表情をしていて、これはきっと怒っていらっしゃるんだと・・・
「萌夏さん、大丈夫よ。主人、ちょっと怒っているだけだから」
お母様が全然大丈夫じゃないことを言ってくださる。
「あの、私、やっぱり」
やはり、ここに来るべきではなかったんだ。
何のとりえもなくて、ましてやトラブルの原因を作った萌夏と、跡取り息子の遥が一緒にいることをお父様が快く思うはずなんてない。ちょっと考えればわかったはずなのに。
「萌夏さん」
「はい」
いきなりお父様に名前を呼ばれ、反射的に気を付けの姿勢になった。
「今までどこにいた?」
「は?」
質問の意図が分からず、間抜けな返事になった。
「今日の朝退院だったんだろ?」
「はい」
「遥が迎えに行くって言ってあったはずだが?」
「ええ」
確かに、今日の9時に遥が迎えに来てくれる約束になっていた。
「遥も、母さんも、礼ちゃんも、お友達の晶さんも、みんなが君の心配をしているって知らないわけじゃないよな?」
「・・・はい」
心配してもらっているからこそ、申し訳なくて逃げだしてしまった。
「もし遥が探しに行かなかったら、このまま逃げるつもりだった?」
え、逃げる?
「父さん、話は中に入ってからにしようよ」
「そうよ、萌夏さんも退院したばかりなんだから」
下を向いてしまった萌夏を見かねたのか、お母様と遥が仲裁に入ってくれた。
「わかった、まずは荷物を置いて着替えてきなさい」
「はい」
遥のお父様は、どことなく父さんに似ていた。
叱られて怖いとは思ったけれど、嫌いではない。
***
「いきなり怒るからびっくりしただろ?」
案内された部屋に荷物を置き、ベットに腰かけると遥が話し出した。
「うん、びっくりした」
「だよな」
「一体どういうこと?」
多少の説明を受けないとどう反応していいのかわからない。
「実は、今回の事件が起きるまで萌夏と同居していることは父さんに言ってなかったんだ」
「へえー」
まあわざわざ言うことでもないし、未成年でもないんだから問題ないでしょう。
それにお母様は知っていたわけだし。
「うちって子供は息子二人だから、父さんも母さんも娘に対する免疫がなくてさ、女の子って言うだけで少し過剰な反応をするんだよ」
「それは、どういう?」
よく意味が分からなくて、首をかしげた。
「結婚前の女の子の外泊は絶対ダメで、同棲なんて論外。昔、礼がこの家に住んでいた時なんて、どんなに遅くなっても父さんと爺さんが二人で玄関に椅子を並べて帰りを待っていたくらいだ」
「うわ、スゴッ」
でも、父さんが生きていれば同じことをしそう。
父さんもすごく心配性だったから。
「だから、萌夏と同居しているって知れた時には俺も叱られた。まだ半人前の癖に無責任だって」
「そんな」
私は自分の意志で遥のマンションに住んだわけで、遥が責められる必要はないと思う。
「そのうえ、今回の件で萌夏はケガをしただろ。だから余計に父さんも責任を感じているんだ」
「違うよ、勝手に乗り込んだのは私で」
「それでも、守り切れなかったのは俺の責任だ」
「遥」
「遠慮する萌夏の気持ちもわからなくはないけれど、父さんも、母さんも、萌夏の退院を待っていたんだ。だから、今朝萌夏が黙っていなくなったって聞いて、怒っているんだよ」
そうか、そういうことなのね。
こうやって説明を聞けば、お父様の怒りもわからなくはない。
「心配させて、ごめんね」
きっと遥も心配したんだよね。
「もう二度と、俺の前から消えてくれるな」
「はい」
***
荷物を片付け、部屋着に着替え、遥と共にリビングに行くとみんな勢揃いで萌夏を待っていた。
「どう、落ち着いた?」
いつもとは違うジーンズ姿の礼さん。
美人は何を着てもキレイだななんて、見とれてしまった。
「心配かけて、すみません」
「いいのよ。一番心配していたのは遥だから」
「そう、ですね」
「ほらもうすぐご飯だから、礼ちゃんも手伝って」
「はーい」
お母様に声をかけられ、まるでこの家の娘のように礼さんはキッチンへと向かう。
「あの、私も」
何か手伝いましょうかと腰を上げた萌夏。
「萌夏さんは座っていなさい。退院したばかりでしょ?」
「ええ、でも、」
痛むのは腕だけで、体は元気そのもの。
礼さんが働いているのに、自分だけ何もしないのは心苦しい。
「いいから、今日はゆっくりしていなさい」
小さな男の子を抱いてリビングに入ってきたお父様が、ソファーに腰を下ろした。
ん?
遥には中学生の弟がいるけれど、その他に兄弟はいないはずだし。
お父様もひとりっ子だから、遥にいとこはいないって聞いたことがある。
じゃあ、この子は一体・・・
「おじちゃま、大地ね、駆けっこで一番になったんだよ」
「そうか、大地は足が速いんだな」
「うん、縄跳びも大地が一番上手なの」
「そうかそうか」
大地はすごいなあと、お父様は嬉しそうに男の子の頭をなでている。
「もう、大地。そんなこと言ってまたおじさまにおもちゃをおねだりするつもりでしょう」
キッチンから料理を運んできた礼さんが、ちょっとだけ渋い顔。
えっと、あの・・・
萌夏はキョトンと見つめてしまった。
***
「ああ、この子は私の子なの。川田大地、8歳」
「えええ、礼さんの子供?」
それも8歳って、結構大きい。
礼さんは今27歳だから、10代で産んだ子ってことになる。
それに、礼さんって独身のはず。
「こんにちは、川田大地です」
「こ、こんにちわ」
元気に挨拶をされ、萌夏の方が戸惑ってしまった。
「大地、もうすぐご飯だから手を洗っていらっしゃい」
「はーい」
大地君は礼さんに言われるとすぐに部屋を出て行った。
「驚かせてごめんね。あとで説明するから」
萌夏の前まで来てささやく礼さん。
「あ、はい」
とりあえず今は黙っていよう。
***
リビングから続くダイニングスペースに置かれた大きなテーブル。
その上に並んだのは、萌夏の実家では見たことのないような豪華な食事。
「さあ、萌夏さんたくさん食べてね」
お母様は嬉しそうにお料理を運んでいる。
「礼ちゃんも大地も、いっぱいあるからね」
「はぁーい」
右手を上げて返事をする大地君がとってもかわいい。
平石家の豪華な食卓にそろったのは、お父様とお母様と礼さんと大地君。あとは、遥と萌夏も入れて6人。
弟の奏多君は海外留学中で不在。
本当はおじいさまとおばあさまも隣接する離れに同居らしいけれど、今はハワイの別荘で静養中と聞かされた。。
「萌夏さん」
「はい」
テーブルに着きしばらくたって、お父様に呼ばれた。
「実家には連絡をしたのかね?」
「いいえ」
父さんが亡くなってから父さんの弟であるおじさんがお寺を継いで、萌夏はすぐに家を出た。
それっきり、音信不通になっている。
「どこか他に行く当てがあるのかね?」
「いいえ」
今の萌夏には住む家も、頼る親戚もいない。
「今回のことで、遥のことを恨んでいるかい?」
「いいえ」
つい、声が大きくなった。
恨むなんてとんでもない。
申し訳ないと思うことはあっても、恨む気持ちは微塵もない。
「じゃあ、しばらくここにいなさい」
「え?」
つかみかけていたトマトが、箸の先からポロンと落ちた。
「遥もマンションを引き払って戻ってこさせるつもりだから、萌夏さんも家に来なさい」
いや、でも、それはあんまり図々しい。
「父さん、できればあのマンションはそのまま」
「駄目だ。よそ様の大事なお嬢さんと勝手に同棲して、ケガまでさせることになって、このままじゃけじめがつかない。マンションは引き払って、遥も一旦帰ってきなさい」
「そんな、」
何か言いたそうに遥は身を乗り出したけれど、何も言わなかった。
***
「驚かせたわよね?」
「ええ」
夕食の片づけも終わり、部屋に戻った萌夏を礼が訪ねてきた。
結局、萌夏は平石家に居候することになった。
「本当にいいんでしょうか?」
それが正直な気持ち。
萌夏からすれば今回の騒動の元凶は自分だと思うし、迷惑をかけたのは萌夏の方なのに。
これ以上迷惑をかけてもいいんだろうかと、戸惑いの方が強い。
「いいのよ。おじさまも、おばさまも、すでに萌夏ちゃんのことを家族だと思っているわ」
「そんなあ・・・」
「あのね」
少しだけ真剣な顔をした礼さんが萌夏の顔を覗き込む。
「はい」
何を言われるんだろうかとドキドキしながら、萌夏は顔を上げた。
「私の昔話を、聞いてくれる?」
「ぇ、ええ」
***
「私の両親は仲が悪くてね、小学校へ上がる前に離婚したの。母は私を置いて出て行って、私は父と暮らしたんだけれど、中学の時には父も病気で亡くなったの。その後は親せきの家を転々としながら、高校に入ると一人暮らしを始めたわ」
「へえー」
随分苦労をしたんだ。
「昼間は高校に行って夜は働いて、必死で生きていた。それでも何とか高校を卒業してさあ就職って時に、私妊娠したの」
想像していた内容とはいえ、萌夏は言葉に詰まった。。
「もちろん生まない選択もあったわ。当時の彼には結婚の意志がなかったし。それでも、私は生みたかった。だから、彼とは別れて一人で産む決心をしたのよ」
「迷いはなかったんですか?」
10代の女の子が一人で親になるって、簡単なことではないはず。
いい加減な気持ちで決められることではない。
「当時雪丸と一緒に遥と仲良くしていておじさまやおばさまとも面識があってね、2人ともすぐに私の妊娠に気づいたの。もちろん、すごく怒られた。子供のくせにって叱られて、でも生むなら手助けするから家においでって呼んでくれたの」
「じゃあ、この家で」
「そう、産前産後の2年間をこの家でお世話になったのよ」
だから、以前この家に住んだことがあるって言っていたんだ。
ちょっとづつ話が見えてきた。
「萌夏ちゃんは遥のことが好きなんでしょ?」
「え、ぇぇ」
今更否定もできず素直にうなずいた。
「じゃあ、ここにいればいいじゃない」
「それは・・・」
簡単にハイとは言えない。
「遥もおじさまも、もちろんおばさまだって今更萌夏ちゃんを手放す気はないわよ。また姿を消したってすぐに見つかるはずだし、怒らせると怖いんだから」
「ええ」
なんとなく想像できる。
礼さんに説得されたつもりはないけれど、行く当てのない萌夏としてはしばらくここでお世話になるしかないのかもと思い始めていた。
***
ウワァーン。
廊下から聞こえてきた大地君の泣き声。
何事かと思って出てみると、お母様に抱っこされた大地君が泣きじゃくっている。
「すみませんおばさま、また何かしました?」
礼さんは慌てる様子もなく大地君を受け取った。
「キッチンに置いてあったフランスパンでチャンバラごっこを始めてしまって、お父さんに怒られちゃったのよね」
涙をこすりながらコクンと頷く大地君。
「もー大地、食べ物で遊んじゃダメでしょ」
「ぅん」
「お父さんに叱られて反省したから。ねえ大地?」
「はい、ごめんなさい」
かわいいな。
きっと遥もこんな子供だったんだろうかと、萌夏は微笑んでしまった。
「そうだ萌夏さん、当分一人での外出は禁止ですからね」
「はあ?」
「外にはまだ報道陣も多いし。通院や買い物は私か遥が付き添うから」
「いえ、大丈夫です」
お母様だって遥だって忙しいのに。
「ダメ。また今日みたいに姿が見えなくなったら大変だもの」
これはきっと、今日一日姿を消してみんなに心配をかけたことへの罰なんだ。
であるなら、素直に従うしかない。
「大地―、お風呂に入るぞ」
遠くの方からお父様の声がした。
「はーい」
叱られて泣いていたはずの大地君が嬉しそうに返事をしている。
世の中にはいろんな家族がいるんだと思う。
遥も、礼さんも、大地君もみんな血がつながっているわけではないのに、ちゃんと平石家の家族になっている。
そのことがとても不思議で、その中に自分がいることが萌夏はうれしかった。