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ー注意事項ー
・1話参照
◇◇◇
ciが一人になるのは、ほんの一瞬のはずだった。
tnが電話に出るために席を外し、utがgrに別室へ呼ばれ、いつもは賑やかなリビングにciだけが残った。
なんとなく広いリビングに一人でいるのが寂しくて、外へ出たくなった。
外にはtnの部下が大勢いる。
ここには入らないようにと強く言われているため、リビングまでは来ない。
が、2回ほど会ったことはあった。
1回目は、怪我の手当のためにutに頼まれて包帯などを持ってきてくれた時である。
怖い顔だったが、優しく笑ってもう大丈夫だぞと言ってくれるような、優しいオジサンであった。
2回目は、留守番をしている時である。
お昼ご飯のお皿をうっかり落としてしまったのだが、その音に駆けつけて来てくれた。
怒られると思って、ciはtnが帰ってくるまでソファの裏に隠れていたのだが、オジサンたちは優しく、談笑をしながら割れた破片を集めていた。
その間、ciの大好きなネコやイヌの話題が出たので、たまに顔を隙間から出したりもしていた。
とにかく、そのオジサンたちが優しい人であることはとうに知っている。
ciは静かに扉を開けた。
音を立てないように歩く癖がついていた。
怒られたくないからでも、迷惑をかけたくないからでもない。
気づかれずにいた方が安全だと、身体が覚えてしまっている。
そのため、静かにオジサンたちを探した。
呼べば良いのに、声が出るはずもない。
裏口の近く、少し冷たい風が吹いた。
ciは、立ち止まった。
こんな暗いところにオジサンたちはいないだろうと思って、別の場所を探そうとした時のことである。
背後で、空気が変わった。
足音が真後ろに感じられた。
振り返ろうとした時には、もう遅かった。
口を、ガムテープで塞がれる。
「ッ!!」
叫ぼうとした。
でも、声が出ない。出るはずがなかった。
今まで自分で閉じ込めてきた声が、こんな時に出てきてくれるなんてことがあるはずなかった。
喉が反射的に固まる。
知らない匂いに、強い腕。
頬の裏にある骨がきゅうと泣く。
地面から足が離れ、宙に浮かんだ。
「黙れ」
低く、冷たい声。
その言葉の意味は、幼いながらにも理解できた。
昔から言われてきたその言葉。
どういう意味かなんて、体が覚えている。
けれど、ciは必死に暴れた。
腕を振り、足をばたつかせる。
tnが、愛してくれる自分を捨てたくなかった。
そんな思いは無駄であろうに。
相手は大人だった。
簡単に、押さえ込まれる。
喉を捕まれ、ガムテープをさらに強く押さえつけられる。
「…ッ、っ!!!」
息が苦しい。
口を塞がれて息ができない。
ciは、目を見開いた。
ここで、声を出さなきゃと。
でも、喉が動かない。
声を出そうとすればするほど、喉がきゅうと締まる。
ああ、ああ。
出せ出すんだ。出せてたんだ。
泣き声なんて、うるさいって言われるくらいには出せたんだ。
あんなに出せてたのに。
どうして今は出ないのか。
ciは必死に抵抗した。
その厚い手の甲を短い爪で引っ掻く。
「…チッ、鬱陶しいな」
細い腕は簡単に折れる。
ガッと掴まれた腕が悲鳴をあげた。
引きずられる。
大きくて黒い車の扉が静かに閉まる。
外の音が、遠くなる。
ciの頭の中に、tnの顔が浮かんだ。
低い声。けれど、誰よりも柔らかいのだ。
大丈夫だと言う声。
tnが言う大丈夫は、なによりも安心するのである。
だから、そのことを考えれば冷静になれると思った。
たすけて。
音になるはずはなかった。
◇◇◇
車が走り出して、揺れが続く。
ciは必死に、出るはずもない声を出さないようにしていた。
今はダメだ。
今声が出てしまえば、もっと酷いことをされる気がした。
ただ、涙だけが止まらず、頬を伝っていく。
ガムテープで遮られた口は細かく震え、荒い息を鼻へと流す。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
車が止まり、また引きずり出される。
腕を乱暴に掴まれ、肩に強い痛みが走った。
「…ッ」
思わず息が漏れた。
肩が変な方向に引っ張られた気がして、力が入らなくなる。
ジンジンと傷むとこが、ワッと泣いているようだった。
痛くて怖くて、足に力が入らずその場に崩れ落ちた。
男は腕を掴んだまま振り向いた。
「面倒だな」
冷たい声。
次の瞬間、無理矢理腕を引っ張り上げられるようにして身体を起こされて壁に叩きつけられた。
背中が固いコンクリートの壁とぶつかって、息が詰まった。
腕は離されたが、掴まれていたところは真っ赤に腫れてまだジワジワと熱く感じる。
ciは、必死に口を開こうとした。
助けて、と言いたかった。
今だったら声を出せば、何か変わるかもしれない。
今は外にいる。
もしかしたらこの建物の裏に人がいるかもしれなかった。
怖くても痛くても、今はやるしかなかった。
喉に力を入れる。
息を集める。
胸が苦しくなって、視界が滲む。
「ッ、ほ"…けほ、」
掠れた空気が、ポッポッと零れた。
けれど、合っている。
声を出すということに近づけている。
そうに違いない。
咳き込みながら、息の出し方を把握する。
「……ッ、っ…ッ"、…ぁ”…」
掠れた音はほとんど息だけである。
でも、確かに声だった。
ciは自身の喉を摩る。
tnが乱れた自分を落ち着かせるときに何度もしてくれたように。
「…ッぉ、と"…」
喉が焼けるみたいに痛い。
咳き込みそうになるのを堪えて、最後に力を振り絞った。
「…と”ぉ、んッ、とん…っ」
音にならないくらい、小さな声。
それでも、ciは出し切った。
全身から力が抜けて、そのまま床に倒れようとした。
「…てめェ”、ワシ黙れって言ったよなァ”??」
男の目が赤く光る。
ああ。
身体が震えた。
肩が痛かった。
喉が痛かった。
頭がぼんやりした。
もう、だめかもしれない。
重い衝撃が腹部に落ちてくる。
せめてtnに届けたかった。
そう思いながら、ciは意識を手放した。
◇◇◇
無駄話だけの電話に、30分を捨てられたtnは、ようやく事務所へ戻ってきた。
そこで違和感を覚えた。
不気味な程に静かすぎる。
付けられたままの電気と、暖房だけが残っているように感じた。
「…ci?」
返事がない。
もしかしたら、また何か怖い思いをして隠れてしまっているのではないか。
そうも思った。
だが、それとは比べ物にならない嫌な感覚が、背中を走る。
「ut、ciを見たか」
事務所の1番上の階になる部屋へ行き、grとutを見つけた。
やはりそこにもciはいない。
「ci?こっちには来てないけどお…?」
その一言で、tnの顔色が変わった。
「…アイツらには部屋に入るなと行ってある。ciを怖がらせるなと」
「ちゃう、アイツらじゃない…」
階段を駆け下りて、裏へ回る。
裏口は小さく開いていた。
冷たい風がその隙間から入り込んでいる。
「…ッくそが」
声が、低く震えた。
「全員集まれッ!!!!!!」
◇◇◇
tnは、完全に冷静さを失っていた。
裏口の扉を蹴り飛ばして、向かいの建物の壁を思い切り殴った。
grがその様子を見て、頬を叩く。
「裏口から数人が出た痕跡がある」
grの声が、低く響く。
utもジッと話を聞いていた。
「足跡の大きさから見て、ciちゃうね」
「複数。大人だ」
tnは、歯を食いしばった。
地面に付けられた大きな足跡をダンッと踏み潰す。
「ciは連れてかれたで間違いないのか、」
「……そうだな」
その一言で、胸の奥がぐしゃっと潰れた。
怒りと焦りと、それよりも大きな恐怖。
あの小さな身体が、今どこにいるのか。
1人で寂しくなっているに違いない。
「ut」
「なあに」
「ciは声、出せへん」
utは、言葉を失った。
tnは、拳を強く握る。
分かりきっているのに、言葉にすると悲劇的なことであった。
「…俺が傍にいてやらないとあかんかった、」
自分に言い聞かせるように、低く呟いた。
それからgrに叩かれた頬とは逆の頬を叩く。
真っ赤に腫れた頬のまま、俯いた。
「…諦めるつもりか」
grが、静かに言う。
「……取り返す」
その声には、迷いがなかった。
「あの子は俺ンや」
空気がtnの殺気で凍ったようだった。
utはふう、と息をつきスマホを取り出した。
それからなにやらカタカタと打ち込む。
長く伸びた爪は、画面とぶつかって音を立てていた。
grが不思議そうに覗き込む。
それから、にやりと笑った。
「…xx市xx通りx番地」
「…?なんや急に」
「今すぐ車を出そっか」
ウッス!と暑苦しい声が響いて、バタバタと動き出した。
ポカンとするtnにスマホを投げる。
優れた反射神経を持つ彼は動揺もせずにそれを受け取った。
静かに画面を見ると、地図に赤色の丸が光っていた。
「ciの服にはGPSがついてる」
「……はァ!?」
「まってまって、怒らんといてえ!ちゃうねん、だってこういうことがあるかもと思って!」
「ああ、まあ…現にこうなったしな」
tnはスマホを投げ返す。
それにutは反応できず、頭にガンッとぶつけた。
「ひぇぇ…お前とちゃうんやから、優しく渡してよお」
「GPSについては帰ったらたっぷり説明してもらおう」
「え、ちょ…なんでぇ!?役に立ったやん!」
「これはこれ、それはそれ。ciのプライベート侵害やぞ」
「えぇぇ…」
急ブレーキで前に止まった黒い外車に乗り込み、grとutを引っ張った。
「お前らも来てくれ。俺一人じゃ、取り乱してまう」
「勿論だ」
「もー、仕方ないなあ」
◇◇◇
少し前に意識を戻したciは部屋に一人残されていた。
壁にもたれて、必死に息を整える。
意識を失っている間にも、どうやら乱雑に扱われたらしい。
肩が痛い。喉が痛い。怖い。全部怖い。
一番怖いのは、誰にも気づいてもらえないことだった。
また、いらないって思われたらどうしよう。
いや、気が付かないのならそう思われているのかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった。
ciは、小さく蚯蚓脹れのできた手を胸の前で握りしめた。
震えが止まらない。
ギュウと締め付けられるように痛む腹を、摩ると破裂するように胃液が逆流する。
グルルと、喉から音がして嘔吐を繰り返す。
喉の奥が熱を持つのを感じる度に、涙が溢れそうになった。
痛いのは慣れていたと思っていた。
1度、tnという優しい人を知ってしまったものだから、痛いという感覚なんて忘れていた。
耐えれていたはずの痛みが、耐え難い痛みになっているのが辛かった。
ciはひたすらに声を殺した。
口の中は血の味でいっぱいで、鼻から垂れた鼻血を見て見ぬふりをする。
その時だった。
なんとなくこの部屋から出なくてはと思った。
阿呆だとは思うが、tnの気配を感じたのだ。
ciは真っ赤に腫れた足をなんとか床につける。
動こうとして、全身に走る激痛に息が詰まった。
「…ッ、っ”!!」
声にならない悲鳴が喉の奥で弾ける。
支えようとした腕でさえ、ガクンッと折れた。
肩がうまく動かない。
引っ張られたところが、ジンジンして、少し動かしただけで涙が滲んだ。
ciは無意識に、その肩を庇うように身体を丸めた。
手首には、まだ掴まれた感触が残っている。
腹部はまだ熱を持っているし、足首は真っ赤に腫れて感覚を失った。
そして、ここに一人きりだと思うと、胸がぎゅっと縮まる。
「……んと"、」
また、声を出そうとしてしまった。
さっきは出たのに、名前を呼べたのにと喉に力が入る。
でも、空気が引っかかるだけで、音にならない。
苦しくなって、ciは何度も咳き込むように息を吐いた。
なぜ出せなくなっているのか。
さっき怒鳴られたのを恐れているのか。
呼ばないとtnは気づいてくれないのではないのか。
グルグルと思考を巡らしていると、扉の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「…くそッ、くそが」
低い声が静かだった部屋に響く。
ciは反射的に、壁の方へ下がろうとした。
でも、全身が痛くてうまく動けず、ただ小さく縮こまるしかなかった。
「ガキ、次喋ったらその命は助からないと思え」
駆け足で、近寄ってきてciを縛る。
ciは必死に首を振った。
喋らない。だから、何もしないで。
そう伝えたかった。
ただ、目を大きく開いて相手を見るしかなかった。
その視線が逆に相手の癇に障ったのか、男はギッとciを睨んだ。
「…ああもう"ッ!!お前のせいで!!!」
ダンッと思い切りに蹴り飛ばされ、また強い痛みが走る。
涙が一気に溢れた。
呼吸が乱れ、息を吸うことしかできない。
ciは完全にパニックになった。
一方的に流れ込む酸素をどう吐き出せばいいのかが分からなかった。
意識が朦朧とし始めた、その瞬間である。
扉の向こうでまた別の足音がした。
ciの身体が、びくっと跳ねる。
男とは違う、なにやら重い空気を漂わせている落ち着いた足音である。
ciはハッと顔を上げた。
胸が、大きく跳ねた。
期待してはいけない。
そう思っても、心が勝手に動く。
足音が近づいてくるのに、耳を澄ませる。
扉の向こうで、誰かが叫んだ。
「ci!!!!!」
嗚呼、と思った。
男が顔を青くして扉の方を向く。
やはりあの人は、と思った。
慌てて男が扉の鍵を閉めようと走っていく。
帰りたいと思った。
「た、すェ"てッ…!」
扉が勢いよく開いて、逆光の中に人影が立った。
男は開けられた扉でバンッと跳ねられ、床に倒れ込んだ。
そこには血の気を失った顔のtnが立っていた。
「ci、」
名前を呼ばれた瞬間、ciの身体から、全部の力が抜けた。
涙が溢れて、止まらなくなる。
怖かったこと痛かったこと、全部が溢れ出してくる。
tnは迷わず駆け寄りソッとciを抱き上げた。
「…よく頑張った、えらい。えらかったよ」
過呼吸気味のciをポンと撫でて落ち着かせる。
男が逃げようとしたところをgrが捕まえた。
扉の外へ引き摺るように連れていくと、静かにその扉を閉めた。
「…、と"、んと、」
「嗚呼、大丈夫。大丈夫」
ciの耳がtnの両手で塞がれた。
耳から全身に、ふわっとtnの体温が広がる。
ciは、自分からtnの服を掴んだ。
小さな手で、ぎゅうと掴んだ。
声が出なくてもtnには仕草だけで、全部伝わることは知っていた。
◇◇◇
帰る道中はひどく静かだった。
車のエンジン音だけが低く響いていて、ciはtnの腕の中で、ずっと小さく震えていた。
安心したはずなのに、身体が言うことをきかない。
痛みが遅れて主張してきて、息を吸うたびに胸の奥が痛んだ。
けれどそれよりも、声を出せれるようになったのだから、とciはtnに何度も何度も話しかけようとしていた。
そうしては、身体が傷んで咳き込む、と数回繰り返した辺りの時である。
「無理に喋らなくていい」
tnは、前を見たまま言った。
声は低く、いつもより少しだけ柔らかい。
「帰ったらたくさん話そう」
ciは、こくんと小さく頷いた。
後ろの座席から、utが顔を出す。
「ci、ci。帰ったらビーフシチューかグラタンかポトフ…何食べたい?」
ビーフシチューから順番に123、指で出して?と、utはニコニコ笑いながら言った。
「フレンチかよ。昨日も一昨日もそうじゃなかったか。」
grが前の座席から愚痴を吐く。
いいじゃんいいじゃん!とutは唇をとんがらせた。
ciはtnを見上げる。
楽しそうに微笑むtnは、その視線に気が付き頭を撫でた。
「何が食べたいん、ci」
「……、」
ciはくふくふと笑った。
「ぜんぶ!」
終わり方が分からなくなりました😐
部活と勉強の両立が難しくて、その間で小説を打ち込むのがほんっっとうに厳しくて
めちゃくちゃに遅れましたごめんなさい🙏
コメント
6件
ここあちゃんの小説はいつみてもほんとにすごい かいとだよ!!垢.変えて迎えに来たよ
お久しぶりです!遅れました💦 「ぜんぶ!」はらしさが出ててめっちゃ好きです! ciさん可愛いすぎます⋯。 勉強と部活は両立ムズイのに小説まで書く時間作れるの凄すぎます!
遅れた〜!ごめん!部活も勉強も頑張ってて小説書いてくれるなんて好き〜♡最初の頃とかciさん声出すのも怖がってたのに最後に「全部」って欲張って言うの可愛いし、涙が止まんない😭声が出ないところ想像しやすくて読んでるとき緊張しちゃった!続きの小説ありがとう!