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「彼女の旦那さんは確かにうちで働いてました。この現場ではないですが、違う現場で……」
真奈と2人で、現場監督さんに話しを聞いた。
「……何か、あったんですか?」
「1年前になります。奥さんは、たまたま近くだった現場に、お弁当を毎日毎日届けていたんです。作り立てを食べてもらいたいからって。彼もそれをすごく楽しみにしていて……」
つらそうな顔を見ていると、この続きを聞きたくないような気もした。
「その日も奥さんがきて、作業中だった彼に手を振ったんです。そして、彼も手を振り返して……。でも、その瞬間、バランスを崩してしまい……。転倒した彼は、たまたまそこにあった鉄骨に頭を打ち付けて……」
「そんな……」
「意識を失ったまま、彼は二度と起き上がることはありませんでした。もう不運としか言いようがなかったんです。誰も悪くないんです。でも、目の前でそれを見てしまった奥さんは……もう、正気を失って泣き叫びました。自分のせいだと言って。お葬式が終わり、しばらくしてからです。彼女は毎日現場に来て……お弁当を置いていくようになりました。誰も止めることはできなくて……」
「そうだったんですか……。奥さん、つらかったですよね。そんなことが目の前で起こったら耐えられないですよ……」
「私がその人の立場でも、おかしくなってしまうかも知れない……」
真奈が言った。
「そうですか……。今はあなたのところに行ってるんですね。しばらくして来なくなったんで、気にはなってたんです。実はあなた、彼に顔が良く似てます」
「だから、良介のところに……」
「彼は、奥さんを愛してました。もちろん奥さんも。本当に……可哀想なことをしました」
俺達は、重い心を引きづり、お礼を言ってそこをあとにした。
「真奈……。しばらく、あの人の気持ちが治まるまで、俺、旦那さんの代わりになってあげてもいいかな?」
真奈はうなづいた。
それから俺は、毎日、お弁当を受け取っている。
ただ、嬉しそうに笑う彼女の後ろ姿を見送るだけ……
だけど、そのうち、彼女は……来なくなった。
店長の知り合いに聞いたら、あの人は遠い田舎に住む両親の元に帰り、一緒に暮らし始めたということだった。
ホッとしたって言うのかな?
俺から離れたことにではなく、彼女が身内のそばで暮らせることに。
これからゆっくり、ほんの少しずつでも心を取り戻していけたら……
そして、いつかきっと、旦那さんとの幸せな日々を胸に、誰よりも幸せになれる日が来ることを心から信じたかった。
それから時は過ぎ、俺は、ようやく真奈にプロポーズする決心が固まった。
正直、お金はそんなに無い。だけど、愛情は誰よりも持ってるつもりだ。
あのことがあって、俺の中に、真奈を守るための強い責任感が芽生えた気がする。
大切にしたい人がいる――
それだけで、人は幸せになれるんだ。
でも、一緒にいることが当たり前になって、相手を思いやれなくてケンカしたり、優しくできなくなることもあるかも知れない。
目の前にある幸せに気づけなくなる時があったとしても、この日常は……
絶対に当たり前なんかじゃない――
一緒にいられるこの時間が、何よりも大切で、宝物みたいな時間なんだ。
「真奈、大丈夫?」
「大丈夫! 陽介も元気になって良かった」
今日は、俺と真奈の……可愛い息子、陽介の2歳の誕生日。
陽介の風邪が治って、今から3人で旅行に出かける。
相変わらず真奈は、時々偉そうだし、口が悪い。
でも……それでも、ずっと……
俺には真奈しかいないって思ってる。
美人で料理も上手くて、子育ても一生懸命だ。
こんな良い女、どこにもいない。
真奈は……どうかな?
俺は、真奈や陽介にとって、良い夫、良い父でいられてるだろうか?
本当に、人生は難しい。
でも、だからこそ面白いんだ。
毎日毎日、俺は、 家族のために懸命に生きる。
いつまでもずっと、3人で笑っていられるように……