テラーノベル
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いい顔だった──と、蓮司は思った。
壊れる直前の遥の目。
濁った瞳がわずかに見せた、剥き出しの感情。
それは痛みか、怒りか、絶望か……たぶん全部。
だがそれでも、まだ足りない。
……芯が残っていた。
自分がどれだけ剥いでも、遥の奥にはまだ「黙って耐える」という層が、しぶとく居座っている。
それが、蓮司には少しだけ癪だった。
「もっとひび割れて、もっと見苦しくあがいてくれよ」 小さく、口の中だけで呟いた。誰に聞かせるでもなく。
飽きたわけじゃない。
遥はまだ、面白い。
そして──まだ、使える。
自己嫌悪と自己愛の境界で揺れて、
日下部に触れたいと願いながら、それを「罪」だと断じて閉じこもる。
……その歪みが、いちばん綺麗だ。
蓮司は携帯を取り出した。
メッセージ画面を開き、しばらく指を止める。
『なあ、日下部。おまえさ──』
そこで一拍、笑った。
何を仕掛けようかは、まだ決めていない。
が、日下部の”正しさ”を利用するのは簡単だ。
あいつは、遥を救いたがってる。
……自分が「遥を壊した一人」である自覚もろくに持たないままに。
その無垢さが、何よりタチが悪い。
ゆえに、崩れるときの音は、きっと綺麗だ。
「次は──そうだな。触れさせてみるか。望ませて、突き放すのもいい」
頭の中で、幾通りもの演出が展開する。
舞台は整っている。遥は既に限界。日下部は焦りの中にある。
その焦りを、もっと煽れ。
遥の言葉を一つ、歪めて伝えるだけでいい。
「おまえが近づくとあいつ壊れるって言ってたよ」
それだけで、日下部はまた後退する。
遥は自分をますます汚物だと思い込む。
「いいね、ほんと。最高の舞台だよ」
暗い部屋の中。カーテンの隙間から差す街灯の光が、彼の顔の半分を斜めに照らしていた。
微笑みは、優雅で、ひどく冷たい。