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夕暮れの校舎。湿った風が廊下を抜け、遠くからは部活のかけ声がうっすらと響いていた。
遥は教室を出て、静かな廊下を歩いていた。まるで何かを振り切るように、速すぎず遅すぎず、ただ淡々と。
ふと、足が止まる。曲がり角の向こうから誰かが来る気配。
──日下部だった。
すれ違いざま、目が合う。瞬間、遥の胸に走った何か。けれど、日下部は視線をそらし、何も言わずにそのまま通り過ぎていった。
遥は立ち尽くす。鼓動が一つ、音を外したような感覚。微かに開いた口から、湿った息が漏れた。
“……なんで、目を逸らすんだよ”
問いは声にならないまま、喉の奥で消える。
昨日、蓮司が囁いた言葉がふいに甦る。
「おまえさ、日下部が近づくと吐き気がするって、言ってたよな? ちゃんと伝えておいたから」
──そんなこと、言ってない。
けれど、言いそうだった。思ってしまったのは、事実だった。自分が欲しがってしまったせいで、何もかもが崩れたと信じていた。
“俺が望んだのが、悪いんだろ?”
遥は拳を握る。爪が掌に食い込む感触。自分がどれほど醜いか、どれほど不潔かを、自分自身に刻みつけるように。
──そうすれば、誰かを責める資格を持たなくてすむ。
遠ざかる日下部の背中を見つめながら、遥は唇をかすかに震わせた。
「……おれなんかに、近づくから」
それだけが、すべての答えだった。
曲がり角の向こう。影に溶け込むようにして、蓮司がその光景を見ていた。
目を細める。
“やっぱ、いい顔するじゃん。そう、それでいい。壊れる寸前の顔、ほんと綺麗”
そして蓮司は、携帯を取り出す。数日前にこっそり撮っておいた、遥が泣きながら何かを吐き出すようにしていた動画を再生する。
その表情。震える声。蓮司はそれを日下部の携帯にこっそり送信する手配をした。あとは、彼がどう動くか。
“どっちが先に、ぶっ壊れるか──楽しみだな”
静かに微笑みながら、蓮司は背を向け、また次の仕掛けの準備に入った。