テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
10,618
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
薄暗い私室。
赤いカーテンが閉ざされ、蝋燭の火だけが揺れている。
ノスフェラトゥは壁際に立ったまま、荒い呼吸を整えようとしていた。
……まだ残っている。
口の中。
舌を撫でられた感覚。
思い出すだけで、背筋が熱を持つ。
「最悪だ……」
低く吐き捨てる。
吸血鬼である自分が、
獲物みたいに扱われた。
しかも身体は逆らえなかった。
その時。
カチャ、と扉が開く。
ノスフェラトゥが睨みつける。
「……何だ」
スペクターだった。
赤いシルクハット。
愉快そうな笑み。
そしてその手には――。
黒い首輪。
細い革製。
銀の金具付き。
ノスフェラトゥの目が細まる。
空気がぴん、と張った。
「……冗談だろ」
「まさか」
スペクターは近づいてくる。
ゆっくり。
獲物を追い詰めるみたいに。
「君、噛み癖が悪いからね」
「だからルールを作ろうと思って」
ノスフェラトゥの喉がひくりと動く。
嫌悪感。
屈辱。
なのに視線を逸らせない。
「……私を犬扱いする気か」
「犬はもっと素直だよ」
即答だった。
スペクターは笑いながら、首輪を指先で揺らす。
金具が小さく鳴る。
「これは“許可証”」
「私が許した時だけ噛める」
「許可なく噛もうとしたら?」
スペクターの指が、ノスフェラトゥの唇へ触れる。
「躾け直し」
ぞくり、と震えた。
ノスフェラトゥは自分に腹が立つ。
こんなもの、
普通なら引き裂いて終わりだ。
なのに。
その声を聞くたび、
身体が先に反応する。
スペクターはさらに距離を詰めた。
「口、開けて」
「断る」
「……へぇ」
次の瞬間。
ぐい、と顎を掴まれる。
「ッ」
「さっきはあんなに素直だったのに」
「……!」
耳がぺたりと伏せる。
スペクターはそれを見て楽しそうに笑った。
「かわいい」
「黙れ……!」
ノスフェラトゥが牙を剥く。
だが。
スペクターはまるで怖がらない。
むしろ、そのまま指を唇へ押し込んできた。
「ん……ッ」
反射的に肩が跳ねる。
また舌を撫でられる。
ゆっくり。
甘やかすみたいに。
「ほら」
「ちゃんと開けて」
「や、め……」
声に力が入らない。
口内を撫でられるたび、
思考が熱で溶ける。
ノスフェラトゥは悔しそうに眉を寄せた。
なのに。
喉は浅く上下し、
指を拒めない。
スペクターはそのまま、耳元で囁く。
「噛みたい?」
「……ッ」
「許可が欲しい?」
ノスフェラトゥの爪が震える。
完全に遊ばれていた。
本能ごと。
プライドごと。
スペクターは指を抜き、糸を引く唾液を親指で拭った。
その仕草すら妙に色っぽい。
「……いい子なら」
「ご褒美をあげる」
ノスフェラトゥの呼吸が乱れる。
次の瞬間。
スペクターは首輪をそっと喉へ当てた。
冷たい革。
吸血鬼の敏感な首筋へぴたりと沿う。
ノスフェラトゥがびくりと震えた。
「や、めろ……」
拒絶の声。
なのに身体は逃げない。
スペクターは金具を留めながら、満足そうに微笑んだ。
カチ。
小さな音。
その瞬間。
ノスフェラトゥは自分の背骨が甘く痺れるのを感じた。
「……っ」
屈辱だった。
こんなもの。
支配の象徴だ。
かつて最も嫌っていたはずなのに。
スペクターは完成した首輪を指でなぞる。
「似合うよ」
その言葉に。
ノスフェラトゥの耳は、完全に伏せきっていた。