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薄暗い私室。
赤いカーテンが閉ざされ、蝋燭の火だけが揺れている。
ノスフェラトゥは壁際に立ったまま、荒い呼吸を整えようとしていた。
……まだ残っている。
口の中。
舌を撫でられた感覚。
思い出すだけで、背筋が熱を持つ。
「最悪だ……」
低く吐き捨てる。
吸血鬼である自分が、
獲物みたいに扱われた。
しかも身体は逆らえなかった。
その時。
カチャ、と扉が開く。
ノスフェラトゥが睨みつける。
「……何だ」
スペクターだった。
赤いシルクハット。
愉快そうな笑み。
そしてその手には――。
黒い首輪。
細い革製。
銀の金具付き。
ノスフェラトゥの目が細まる。
空気がぴん、と張った。
「……冗談だろ」
「まさか」
スペクターは近づいてくる。
ゆっくり。
獲物を追い詰めるみたいに。
「君、噛み癖が悪いからね」
「だからルールを作ろうと思って」
ノスフェラトゥの喉がひくりと動く。
嫌悪感。
屈辱。
なのに視線を逸らせない。
「……私を犬扱いする気か」
「犬はもっと素直だよ」
即答だった。
スペクターは笑いながら、首輪を指先で揺らす。
金具が小さく鳴る。
「これは“許可証”」
「私が許した時だけ噛める」
「許可なく噛もうとしたら?」
スペクターの指が、ノスフェラトゥの唇へ触れる。
「躾け直し」
ぞくり、と震えた。
ノスフェラトゥは自分に腹が立つ。
こんなもの、
普通なら引き裂いて終わりだ。
なのに。
その声を聞くたび、
身体が先に反応する。
スペクターはさらに距離を詰めた。
「口、開けて」
「断る」
「……へぇ」
次の瞬間。
ぐい、と顎を掴まれる。
「ッ」
ゆゆゆゆ
「さっきはあんなに素直だったのに」
「……!」
耳がぺたりと伏せる。
スペクターはそれを見て楽しそうに笑った。
「かわいい」
「黙れ……!」
ノスフェラトゥが牙を剥く。
だが。
スペクターはまるで怖がらない。
むしろ、そのまま指を唇へ押し込んできた。
「ん……ッ」
反射的に肩が跳ねる。
また舌を撫でられる。
ゆっくり。
甘やかすみたいに。
「ほら」
「ちゃんと開けて」
「や、め……」
声に力が入らない。
口内を撫でられるたび、
思考が熱で溶ける。
ノスフェラトゥは悔しそうに眉を寄せた。
なのに。
喉は浅く上下し、
指を拒めない。
スペクターはそのまま、耳元で囁く。
「噛みたい?」
「……ッ」
「許可が欲しい?」
ノスフェラトゥの爪が震える。
完全に遊ばれていた。
本能ごと。
プライドごと。
スペクターは指を抜き、糸を引く唾液を親指で拭った。
その仕草すら妙に色っぽい。
「……いい子なら」
「ご褒美をあげる」
ノスフェラトゥの呼吸が乱れる。
次の瞬間。
スペクターは首輪をそっと喉へ当てた。
冷たい革。
吸血鬼の敏感な首筋へぴたりと沿う。
ノスフェラトゥがびくりと震えた。
「や、めろ……」
拒絶の声。
なのに身体は逃げない。
スペクターは金具を留めながら、満足そうに微笑んだ。
カチ。
小さな音。
その瞬間。
ノスフェラトゥは自分の背骨が甘く痺れるのを感じた。
「……っ」
屈辱だった。
こんなもの。
支配の象徴だ。
かつて最も嫌っていたはずなのに。
スペクターは完成した首輪を指でなぞる。
「似合うよ」
その言葉に。
ノスフェラトゥの耳は、完全に伏せきっていた。