テラーノベル
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セレノの懇願するような声音に、ランディリックが「是非お聞かせください」と言うのを、ランディリックの横へ座るウィリアムが、どこか気まずそうな表情で見つめる。
ウィリアムは、セレノが言った通り、状況的に彼に不利な要素がそろい過ぎていると思っていたからだ。
それでもセレノ自身の弁明もしっかり聴いたうえで判断したい。ランディリック同様ウィリアムが小さく頷いたのを確認したセレノは、意を決したように話し始めた。
「屋敷の皆が寝静まった頃、僕は窓辺で故郷を想い、北の空を見上げていた。単身異国の地へ来たわけだからね。ちょっとだけ感慨にふけっていたんだ。外にはペイン公が付けてくれた護衛が寝ずの番をしてくれているのは知っていたから気を抜いていた部分もあると思う。視線を上にばかりやっていて気付かなかったが、窓に小石か何かが当たる小さな音で、僕は窓外……茂みの影から女性が現れたことに気が付いたんだ」
〝女性〟という言葉にランディリックがわずかに眉を動かす。
「最初は、何かの錯覚だと思った。だって有り得ないだろう? 夜更けに窓の外へ女性が立つだなんて」
もし実際にいたとすれば、かなり怪しい人物ということになる。
少なくとも正規のルート……扉側からセレノを訪う資格のない者だ。
もちろん、お忍びで敵国へ乗り込んでいるという自覚もある。
窓辺へ近付いてくる人影に警戒したセレノだったけれど、顔が認識できる距離まで寄ってきた彼女を見れば、それは昼間ちょっとだけ会話をしたこの屋敷の侍女――ダフネ・エレノア・ウールウォードだった。
「どうしてその時点で外の衛兵に声を掛けなかったんですか?」
ランディリックの問いに、セレノは小さく肩をすくめて「わからない……」と言った。
恐らくそれは彼の本心だ。衛兵を呼ぶべきなのは分かっていても尚、そう出来ない儚さや弱々しさみたいなものを、ダフネが演出していたのだろう。
「……ただ、理由があるとすれば……恐らくはダフネ嬢が、リリアンナ嬢と同じ家名を持った女性だったからだと思う」
要するに、〝ウールウォード〟という名を持つダフネに、少なからずセレノ自身が興味を抱いていたということだ。
「そんな女性が薄い夜着一枚で、上着も羽織らず外にいた――。寒そうに身を縮こまらせる彼女を、僕は放っておけなかった」
それで結局部屋の中へ引き入れてしまったのだという。
「愚かな……」
ランディリックがポツンとつぶやいた言葉は余りにも辛辣だった。けれど同時に正鵠を射ていたので、セレノは何も言い返せず静かに吐息を落とす。
「今になって思えば、ライオール卿の言う通りだと僕も思う。だけど……その時はそう思い至れなかったんだ」
セレノはバカな男ではない。だが、優しすぎるのだろう。ダフネの心根を知らないこともあって、彼はまんまとダフネの思うつぼにハマったのだ。
ランディリックは小さく吐息を落とすと、年若い異国の皇太子をじっと見つめた。ウィリアムが何も言わずに押し黙っているのは気になったが、ランディリックはもとより、ここへ出向いた時点で自らの判断で今回の件を見極めたいと思っていたから、ひとまず親友の態度には目をつぶることにする。
「――あの女は殿下に何の用があると言いましたか?」
ランディリックの問いに、セレノが申し訳なさそうにうなだれた。
「すまないがライオール卿。ダフネ嬢の要件を話す前に……ペイン公が僕を庇えない理由を話しておかないといけないと思うんだが……いいかな?」
セレノの問いに、ウィリアムがグッと拳を握るのが見えて……ランディリックはそこを飛ばしてはいけないと判断した。
「お願いします」
ランディリックの返答に、セレノが「ありがとう」と淡く微笑んだ。
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