テラーノベル
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セレノは一度まぶたを閉じ、何故か苦く感じる息を吸った。
「……まず、〝静寂のヴェール〟の件だが……僕は自衛のためではなく、ダフネ嬢のために張ったんだ」
ランディリックとウィリアムの視線が揃って動く。特にランディリックの視線は鋭く、一瞬セレノを怯ませそうになったくらいだ。それでもセレノだって一国の皇太子。そのくらいで言いたいことが言えなくなるような柔なメンタルではいられない。
「彼女は……ひどく震えていた。もちろん、薄着のまま夜気にさらされていたこともあっただろう。――だが、僕には何かを恐れているように見えた。なのに……それでもその恐怖を押してでも僕に伝えたいことがあってこんなことをした。そう感じたから、外に声が漏れないようにしてやれば落ち着くと思ったんだ。『今から話す声は誰にも聞こえないから安心していい』と……」
ランディリックの眉が、わずかに動いた。
「殿下は優しすぎるのです。――きっとそれが仇になったのですね?」
ランディリックの苦々し気な表情に頷くと、セレノが続ける。
「……ライオール卿、先程あなたはダフネ嬢が何をしに来たのか? と問うてきたね?」
「はい」
「彼女の目的はね……〝確かめること〟 だったんだよ」
つい流れで「何を?」と口にしてしまったランディリックだったけれど、大体察しは付いていた。それは恐らく――。
「――僕が知ると告げた〝ウールウォードという女性〟が……リリアンナ嬢ではないかと」
予想通りの答えに、ランディリックの気配が刺すように鋭くなる。
「やはり……。リリアンナと殿下に繋がりがあるのかを確認しにきたということですね」
「その通りだ。ダフネ嬢は……必死だった。もし僕の告げた女性がリリアンナ嬢であったならば、〝彼女とどれほど親しいのか〟〝どんな関係なのか〟 と……まるで取り憑かれたように」
黙って聞いているだけのウィリアムが、顔をしかめる。
「もし僕が告げたウールウォードという女性がリリアンナ嬢であったなら、自分は彼女の従妹だから……と……。リリアンナ嬢のことを〝お義姉さま〟と呼ぶ彼女を見て……僕は……嘘はつけなかった」
セレノは苦し気に拳を握りしめた。
「確かに僕が告げたウールウォードはリリアンナ嬢だよ、と答えた瞬間……彼女は、表情を変えた」
「どう変えたんですか?」
冷ややかなランディリックの問い掛けに、セレノがどこか泣きそうな表情をする。
「……嫉妬と怨念が混ざったような……あれは、僕には理解出来ない変化だった」
セレノはゆっくりと視線を落として嘆息した。
「そのあとだ。ダフネ嬢は僕に縋りつき、泣き、掴みかかるように近付いて。……彼女は、〝リリアンナ嬢の代わりになれる〟と……。そう言わんばかりの言動で、僕に迫ってきた」
「具体的にはどのように?」
「リリアンナお姉さまの代わりに私を抱いて欲しい、と……」
ランディリックの目が細くなる。そこに宿った色は、嫉妬ではない。〝守るべき者を侮辱された怒り〟だけが、静かに燃えていた。
「殿下は……もちろん拒まれたのですよね?」
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