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1945年8月6日、月曜日の朝。
広島の街には、いつもと変わらない蝉の声が響いていた。
こはるは今日も、ひとりで街に出た。
兄・拓也はまだ帰ってこない。
母は静かに朝食を準備していたが、その表情はどこか落ち着かない。
「こはる、おつかいお願いね」
母は小さな風呂敷に包んだ少しの食料を手渡した。
街に一歩足を踏み入れると、いつも通りの商店街が広がっていた。
しかし、今日はどこか違う。空が高く、青すぎるほどに澄んでいる。
子どもたちの笑い声も、遠くのラジオから流れる軍歌も、
どこか遠い出来事のように感じられた。
「おばちゃん、おはよう!」
元気よく挨拶をして、いつもの八百屋に向かう。
おばちゃんがにこりと笑って野菜を手渡してくれた。
こはるはほっとしたように風呂敷に包み、歩き続けた。
橋の上から見下ろす川の水面は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「今日も暑くなりそうだな」そう呟いて、こはるは足早に歩いた。
道端では、竹槍訓練を終えた女学生たちが汗を拭きながら話していた。
「来週の空襲に備えないとね」
こはるはその言葉に少しだけ胸が締めつけられたが、顔には出さなかった。
商店街を抜けると、兄がよく連れて行ってくれた小さな神社が見えた。
静かな場所で、こはるは少しだけ立ち止まった。
「拓也兄ちゃん、今日も帰ってきてね」
そう心の中で祈りながら、再び歩き出した。