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八尋が盛大な勘違いをして暴走している頃、ロキは教会が配布している薬とは別に、露店商から調合薬などの薬類を見ていた。
「…………!」
一瞬、何かを感じとったロキは、眉間に皺を寄せて反射的に振り返る。
「どうした? なんかあったか?」
立派な髭を生やした中年男性の店主は、ロキの行動に疑問を抱いて首を傾げる。
「……いや、なんでもねぇ。親父、薬類はこれで全部か?」
「あぁ。魔獣から逃げる際に、咄嗟に持ってきたのはこれで全部だ。どうだ、買わねぇのか?」
「急かすな。ウチはタダでさえ、馬鹿どもが多いんだ。今も僕が目を離してる隙に、何かやらかしてるに決まってる。全く……たまったもんじゃねぇ」
「アンタ……若いのに苦労してるな」
ロキはジッと見ながら、薬を吟味する。
「まぁ、今に始まったことじゃねぇからな」
「そんな苦労人なアンタに、今回は特別にまけてやろうか?」
店主の言葉に、ロキは驚く。
「オッサン、随分と気前がいいな」
「なーに。ワシの気まぐれと、魔獣で苦労したモノ同士のよしみさ。助け合うのが、人間の売りみたいなもんさ」
その言葉に、ロキはニヤリと笑う。
「いいぜ、ノった!」
店主は口角を上げると、髭をとかしながらいくらまけるかを考える。
「そうだな、今なら三割の値引きで……」
ロキの言葉に、店主は両目を大きく見開く。
「なっ、馬鹿なこと言うな! それじゃ、ウチが損し……」
「そもそもこの薬は、元はこんな高価なもんじゃねぇはずだぜ? 魔獣騒動で薬類が不足してるってことを考えても、この値段設定はあまりにもぼったくりだ。そりゃ何も知らねぇ、ド素人なヤツらからしたら、こんな高価に設定した薬を『まけてやる』なんて言われたら、すぐに食いつくだろうな。それに僕が半分の値で買ったとしても、オッサンには一つも損なんてねーと思うぜ?」
「アンタ、そこまで分かってて……!」
「『助け合うのが、人間の売りみたいなもん』……だろ?」
店主は苦虫を噛み潰したよう顔をすると、考え込むように瞼を閉じる。
「……アンタの言う通りだ。分かった、半分の値で売ってやろう」
ロキは薬を受け取ると、金を渡す。
「じゃーな、オッサン。次は何も知らないお人好しないいカモでも見つけて、上手くぼったくれよ」
片手を上げながらそう言って、ロキは露店商をあとにした。
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「いや、悪かったな……。疲れてたせいもあって、正直思考がまともに働いてなかったんだ……」
「いえ、僕も軽率でした……。普段慣れない冗談を考えなしについたのも、悪かったですから……」
それぞれの誤解……と言うか、主に俺の誤解が解けた事で和解した俺とセージは、互いの非を認め謝罪し合ってた。
「真面目な話をすると、『未だによく分からない世界で、妹を嫁に出すくらいなら。セージを殺して、俺も死ぬ』って、思っちまったから……」
「僕も正直、『ヤヒロさんを完膚なきまでに殴り倒してでも、正気に戻そう』と思ったので……お互い様ですね」
セージは首を少し傾け、苦笑混じりに笑う。
(俺は本気で『セージを殺そう』とまで思っていたのに、そんな俺をセージは止めようとしてくれていたのか……!)
そんなセージの優しさに、俺は涙が出そうだった。
「本当に、すまなかったセージ……って、ん? 『完膚なきまでに殴り倒す』……?」
セージの何か引っかかるような言葉に、多少疑問を抱きかけたが。それを遮ったのは、俺の暴走した原因である我が妹だった。
「全く、ヒロくんもとんだ勘違いをするよね」
「いやぁ〜、ごもっともですわ〜……」
俺は仁王立ちする妹の前に正座して、反省させられる。
「そもそも何で、ヒナちゃんが結婚する話になるのさ!」
「何でだろうなぁ〜。いまいち思考が働いてなかったせいで、俺にもよく分からん」
もし仮に、この世界で妹を嫁に出そうものなら……。俺は親父に顔向けできないどころか、親父に殺される。確実に、親父の手で殺される。
「それにね、ヒロくん。ヒロくんはまさに、大きな勘違いをしてるよ」
「『勘違い』……?」
妹は目線に合わせるようにしゃがむと、俺の肩に手を『ポンッ』と置く。
一切の曇りのない眼で、妹はそう言いきった。
(あぁ……、妹がオタクで良かった……)
その時の俺は、心からそう思った。
親やごく一般的な家庭からすれば、将来が心配になる発言だが……今はそれでいい。変な男に現をぬかしたり、騙されたりするくらいなら……今は本当に、それでいいと思う。
「……そうだな。オタクにとって『推しは恋人であって、推しは嫁』だもんな……お前が言うと、本当に痛々しいが……」
「ちょっと、お兄様? 色々と物申したいんですけど?」
「オタクと言う生き物は、それが現実だもんな」
「何シミジミと語ってるのかな!? それに『痛々しい』って、どういう意味だコラ!?」
俺は妹に胸ぐらを掴まれるが、妹のヒョロい腕で何ができようか?
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八尋と陽菜子の不毛なる兄妹喧嘩を、伊織とセージは少し離れた場所から見ていた。
「あの、イオリ様。お二人は先程、一体どのようなお話をされていたのですか? 不束ながら、僕にはよく分からなくて……」
「大丈夫ですよ、セージさん。我々一般人には、分かりかねない内容なので……というか、知らなくていいと思います」
「は、はぁ……?」
セージは首を傾げながら返事をすると、伊織の言葉を素直に聞き入れる。
「さて、そろそろ二人を止めましょうか。じゃないと、ヒナがへそを曲げてしまいます」
「そうですね。せっかくヒナコ様が元気になられたのに、しょんぼりしてしまっては悲しいですからね。ヤヒロさんも、それにイオリ様も」
セージの言葉に、伊織は驚きと共に顔を赤くさせる。
「わ、私は別にっ! ……それより、ヤヒロさんは少々ヒナに対して、時折過保護になりすぎるところもありますから。ヒナが口を聞かなくなってしまっては、ヤヒロさんがまたどうなるか分かりません」
「そうですね。過保護なところは、少しロキと似ているように思います」
「私が言うのもなんですが、それロキさんに言ったら怒りませんか?」
「多分、怒りますね。なんせ、ロキは素直じゃないですから♪」
惚気るようにそう言って、セージは微笑む。若干話が噛み合っていないことを察した伊織は、思わず苦笑いする。
そんな二人が、そろそろ神崎兄妹の喧嘩を仲裁しようと、振り返った時――――。二人の表情が、一瞬にして真っ青になる。
何があったのだろうか……視線の先では今まさに。