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「いっ、ててて……。お前、よりによって右腕に、腕ひしぎ十字固め決めるかよ!?」
「可愛い妹を、いつまでもおちょくるのが悪いのですよ。お兄様?」
思わぬ妹からの反撃をうけ、俺は道化師にやられた右腕を押える。
「全く、この兄妹は……。ヤヒロさん、ヒナをからかうのも程々にしてください。怪我してからでは、遅いんですよ?」
額に手を当てながら、伊織が呆れ混じりにため息をつく。
「いやいや、ぶっちゃけ。もう、怪我はしてるんだけどな〜」
「えっ……、怪我してるんですか……!?」
伊織の反応に、俺は口を滑らせた事に対し「あっ、やっべぇっ!」と、内心焦る。
「どこですか!? 見せてください!!」
「いや……た、大した怪我じゃねーよ」
「右腕らしいですよ?」
「ちょっ、ばっ……! セージ!!」
伊織を心配させまいと黙っていたのを、あっさりとセージに暴露される。一方セージは、まさかわざと黙っていたとは露知らず、俺の反応に首を傾げる仕草をする。
「ホント、大したことな……っ、いっ……いぃいだだだだだっ!!」
確認するように、伊織は直ぐに俺の右腕を掴むと、上着を剥ぎ取っては『グイッ!』と袖をまくる。すると、巻かれた布からは、赤いシミがじんわりと滲んでいた。
ここに来る前に、一応ロキに応急で処置してもらっていた。……とはいってもだ。先程の十字固めによる圧迫によって、開いたのであろう。傷口からは、再び出血していたのだ。
「……っ! どうして黙っていたんですか!?」
「いや、それは……」
『伊織を、心配させたくなかったから』と言いかけるのを、俺は無意識に飲み込んでしまう。
伊織の本気の心配と焦りの入り交じった顔を見て、初めて自分の考えが軽率で愚かだったこと……。そしてこれらは俺のエゴであって、伊織に黙ってていい理由にはならなかったからだ。
「……悪い、伊織に変な心配をかけたくなかったんだ」
「……いえ、ロキさんがやたら優しかったところで、私も気づくべきでした……」
俺の気持ちも、察しのいい伊織は分からなくもないのだろう。伊織はそれ以上、俺を責めたてることはしなかった。
そして再び額に手を当て、眉間に深いシワを作りながら、伊織は深いため息をついた。
「……他に、怪我とか。何か、隠してることはありませんか?」
伊織は確認するように、俺たち一人一人を見る。
(どうする? 正直に言うべきか、言わぬべきか……)
この中で、伊織が最も心配……いや、下手したら卒倒するであろう事案……。
(本人が一番、ケロッとしてるからな……)
言わなきゃバレない……だが、今言わなきゃ絶対に後で伊織からのお怒りが、凄まじいものに変化する。
だからこそだ。どのタイミングで言うか。そう、いつ言うか? 今でしょう。
――――――……し。もし、も……し。もしもーし? テス、テース!――――――
はいきた、はいでた。予想通りだなぁ! お前って奴はよォ!!
俺は渋い顔で、こめかみの辺りに軽く手を添える。そして脳内に、直接声を送ってきたであろう人物……もとい、我が妹を見ながら、俺はなんとも言えない複雑な表情をする。
――――――わーたーしーのーコーエーがー、聞ーコーエーマースーカー!?――――――
まるで脳内に、直接拡声器で叫ばれるような大音量の声が響き渡り、正直耳を塞ぎたくなる。が、俺はしない。だってそんなことをしたって、直接脳内に語りかけられてるんだ。つまり、その行動はもはや無意味だからな!!
――――――……あ~、ハイハイ。どうしたよ、我が妹よ?――――――
俺は渋々、妹へ返答のテレパシーを送り返す。
――――――単刀直入に申し上げる。あの変な人に刺された事は、イオに正直に言うべきか! それとも、言わぬべきか!?――――――
予想内の質問に、俺は速攻で答える。
――――――妹よ、答えは……『YES』、だ!!――――――
俺の返答に、妹は雷にでも打たれたかのような、あからさまに『マジかよ!?』と、衝撃を受けたような表情をする。
――――――えぇ!? イオ、絶対に心配するよ!?――――――
――――――ここで黙ってても、後でバレたら即座に説教確定コースだぞ?――――――
――――――それはそれでいやだぁぁぁあ!!――――――
苦悩する我々兄妹のことはよそに、伊織はセージを心配する。
「セージさんは、どこかお怪我は?」
「そうですね……自分で転んだ事と、突然現れた謎の方に、横っ腹を蹴られて軽く飛ばされたくらいで……。他は、特に問題は無いですね」
本当に何事も無かったかのように笑うセージに対し、伊織は眉間に寄ったシワを掴みながら、渋い顔をする。
「前者は自業自得として……。蹴り飛ばされたというのは、深刻な問題なのでは!?」
心配する伊織に、セージは「大丈夫ですよぉ~、普段ロキにたくさん殴られたり蹴られたり飛ばされてますから♪」と、サラッと笑顔で答える。
そんなセージに、根が真面目な伊織が(別の意味で)心配しないはずもなく……伊織は真剣な表情でセージの肩を掴む。
「あの、部外者の私が言うのもなんですけど……イジメやDV被害などは、しっかりと相談できる相手の確保。また、自分から周りに助けを求める勇気も、時には大切ですからね?」
「イジメ……? や、でぃーぶい……? は、よく分かりませんが……ロキは素直じゃないだけで、とても優しい子ですよ♪」
(あー、ダメだあれ。完全に話が噛み合ってねーわ)
真剣な顔付きの伊織と、ニコニコ笑顔のセージとの対比といったら……見てる分には面白いが、確かにロキはやり過ぎな面もなくもない。
「まーあれだ、セージ。何か相談や、辛くなったら俺たちを頼るといい。いいな?」
「……? はい!」
意味は理解していないだろうが、セージは元気よく返事をする。しかし、まぁ……本当に、返事だけはいいな君は!!
……と、セージについて心配していた俺たちだが。一番厄介なことになっていたヤツを、俺は忘れてはいない。
一番厄介なことになっていたヤツ……もとい我が妹は、まるで覚悟を決めたかのように、静かに瞼を伏せていた。
そんな妹の不審な行動に対し、特に気づかない伊織は……妹を見ては、安心したように息を吐く。
「ヒナは……ザッと見た感じでは、特に怪我とかはなさそう……」
「……いいかね、伊織くん。今から私が言うことに、決して動揺してはいけないのだよ」
妹の口調に「誰やねん、お前」と、内心ツッコミつつも。……俺は妹がこれから口にする言葉に、伊織がどう反応するのかを静かに伺う。
妹は、深く息を吐き出しては吸い込む。そして『キッ!』と目を開けては、伊織を睨みつけるように見る。
そんな妹の行動に、伊織は『ゴクリ』と喉を鳴らしては、思わず身構える。
察しのいい、真面目な伊織のことだ……。妹の謎の圧と共に、何か大切なことを言い出すのだろうと勘づいたのだろう。先程まで安心していた表情とはうってかわり、今度は真剣な顔に戻る。
俺自身も、妹がどう出るのかを無言で見守る。もし伊織が心配のし過ぎで卒倒した日には……今後、俺たちがこの世界で生きていく方向性が決まる。
(頼んだぞ妹よ……上手く伊織を心配させ過ぎずに、真実を告げるんだ……!)
「実はね……」
妹の静かな声色に、伊織は不安そうな表情を浮かべる。
「ヒナ……アナタ、まさか……!?」
そう、その『まさか』である。故に俺は、二人の様子を静かに見守る。
そんな中、妹は静かに片手を上げる。
そして己の額にゆっくりと近づけ、人差し指と中指をピンと伸ばし――――。
「変な格好の人に、胸元を剣で『グッサーッ!』と刺されたぉ☆」
片目を閉じ……というか、ウインクになりきれていない引きつった笑顔で、額横にピースサインをする。
妹は、それはそれは今にも『テヘペロ☆』と、効果音が聞こえてきそうなほどの、なんとも軽い口調で言い切ったのだ。
それによって、この場を重苦しい沈黙の空気が支配することなど、俺がわざわざ説明せずとも容易に想像がつくことだろう。故に、俺はこの場の状況を深く説明することなどしない。ましてや、する気などさらさらない。
とりあえず俺は、内心ではそれはそれは深ーいため息をついたのだった。