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全身の打撲も、精神の疲労も完全に限界だったが、その胸の奥には、魂の交わりが遺した確かな温もりが、灯火のように消えずに残っていた。
「う、ううっ……うああああんっ!」
静寂を引き裂いたのは、燕花の派手な泣き声だった。
燕花はボロールと大粒の涙を流しながら、煌の元へと駆け寄ってくる。その顔は、安堵と怒りがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
「な、何考えてるんですか童殿のバカァッ! 暴走した朱雀様に突っ込んでいくなんて、正気の沙汰じゃありません! もしものことがあったらどうするつもりだったんですか、この大馬鹿者――っ!」
「わ、わかった、悪かったから耳元で叫ぶな……頭に響く……」
ほっとして泣き怒る燕花の剣幕に、煌は朱雀を抱えたままタジタジになる。そんな二人の様子を見て、白虎が「ガハハ!」と豪快に笑った。
「たく、とんでもねぇ無茶をするヤツだぜ」
白虎はニカッと白い牙を見せると、感心したように目を細める。
「……でもよ、最高にいかしてんなぁ、異界の巫女!」
「ぐふっ!?」
褒めてくれるのは嬉しいが、白虎の太い手で背中をバンバンと力任せに叩かれ、煌は衝撃で口から魂が出そうになった。ただでさえ全身打撲なのだ。加減してほしい。
煌はなんとか呼吸を整えると、ぎゅっと唇を噛み締め、悔しそうに夜空を睨みつけた。
「……でも、アイツを逃がした」
氷嵐。あの狡猾な男の顔が脳裏に焼き付いて離れない。結局、一番の元凶を仕留め損ねてしまった。
煌は鋭い眼光のまま、白虎に組み伏せられている静遠へと向き直り、その足元へガツガツと怒りをぶつけるように歩み寄った。
「おい、静遠! アイツ――氷嵐の居場所を教えろ!」
胸ぐらを引き剥がさんばかりに食ってかかる煌に、静遠はガタガタと震えながら、完全に怯えきった声で首を横に振った。
「し、知らない……っ! 私は本当に、氷嵐殿の居場所など知らぬのだ! 普段の連絡も、向こうから突然現れるだけで……!」
その見苦しい姿に、煌は冷ややかに鼻で笑った。そして、腕の中の眠る朱雀を見せつけるように、皮肉たっぷりに言い放つ。
「残念だったな。お前の思惑通りに行かなくて。――朱雀は無事だ。お前みたいなエセ神官に、殺させやしねぇよ」
「わ、私は……っ!」
屈辱と焦燥に顔を真っ赤にしながら、それでも大真面目な声で叫び返した。
「私は朱雀様を殺したかったわけではない! ほんの少し、お灸を据えたかっただけだ! 氷嵐殿が……氷嵐殿が、今の朱雀様には悪霊が憑りついておいでだから、仙煙草の煙を浴びせれば悪霊が逃げていくと言ったのだ! 苦しんでおられるのは好転反応だから、決して邪魔をしてはいけないと……!」
「…………は?」
静遠の口から飛び出したあまりにも突拍子もない、そしてあまりにも純粋な「騙され文句」に、庭園の空気が一瞬で凍りついた。
燕花は涙を引っ込めて口元を押さえ、しばらくの間、信じられないものを見るような目で静遠を凝視した。
「……悪霊が、逃げていく」
「そ、そうだ! 氷嵐殿は仙術の大家で、その方がそうおっしゃったのだから……!」
「…………」
燕花の口から言葉が消えた。
百三十年生きてきて、これほど返す言葉に困ったことはなかったかもしれない。
白虎にいたっては、もはや哀れみ以外の何物でもない目を静遠に向けて、静かに首を振っていた。
「……神官長さんよ」
「な、何だ」
「お前、どれだけあの爺さんに入れ込んでたんだよ」
「……っ、うるさい!」
煌は額に青筋を浮かべ、心の底から冷めきった目で静遠を見下ろす。
そして、朱雀を片腕でしっかりと抱えたまま、もう片方の拳を固め、静遠の脳天に思い切り拳骨をゴツンッ!! とかました。
「あうっ!?」
「お前、どうしようもない阿呆だろ! ちょっと考えればわかんだろうが! 簡単に詐欺られやがって! 好転反応で人が死にかけてたまるか! お前、危うく殺人犯になるところだったんだぞ!?」
バトルの緊迫感はどこへやら、煌の怒号が深夜の庭園にキレキレに響き渡る。
神官長ともあろう男が、怪しすぎる老人の詐欺に引っかかって大事件を起こしていた事実に、煌の行き場のない怒りは、もはや笑えてくるほどの呆れへと変わっていくのだった。
コメント
1件
いやー、今回も熱かった……! 朱雀を守り抜いた煌の覚悟、めちゃくちゃかっこよかったです🔥 戦闘後の燕花の大泣きと白虎の豪快な笑い声で、緊張と緩和のバランスが絶妙でした。そして何より、静遠がまさかあんなチョロい詐欺に引っかかってたとは……「好転反応」って、お前な…! 煌のツッコミ拳骨、笑ったけどめっちゃスッキリしました(笑)氷嵐は逃がしたけど、次は絶対仕留めてほしいですね!