テラーノベル
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本日「I love youの日」だそうですよ。糖度高くて砂吐きそう。
コピー機が唸り、隣の部署からのコール音が鳴り響く。
朝のオフィスはいつも通りのざわめきに包まれていた。
デスクの群れをお目当ての頭を求めて彷徨っていると、聞き慣れた声がした。
「おや日本さん。さっきぶりですね。」
「あ、イギリスさん!」
ファイルと液晶をみつめていたエメラルドがこちらを向く。
「これ、玄関にお忘れでしたよ。」
そう告げて、大きな手のひらに手袋を載せる。
革で出来た上等そうなグローブが彼の指をすっぽり覆った。
綺麗な指が隠れてしまうのは残念だが大人っぽい彼にはよく映える。
イギリスさんは満足そうに指を動かすと、にこりと微笑んで言った。
「Thank you. I love you.」
人目をはばかってか、ほんの少し低い声で落とされた呟き。
思わず顔を下へ向けてしまった。
周囲の人影が遠い。
今なら返せるかも、といつもの自分から抜け出すチャンスに拳を握る。
「あ、あの………僕……も……」
「すまん、日本!」
尻すぼみになっていく言葉があっけなく終わりを迎える。
焦ったような同僚の声に呼ばれ、すみません後で、とだけ残してその場を去った。
「すみませんドイツさん。」
「いや、俺の方こそ。それでこの資料……」
プレゼン用の資料の端に指を置いた姿勢のまま、ドイツさんが不思議そうな顔で固まった。
「どうされました?」
「いや……熱でもあるのか?」
「へ?」
おでこに手を当ててみる。
熱い。
顔どころか、視界に映った手まで真っ赤だった。
***
昼食後の昼下がり。
イギリスさんと一緒に、今度の社内会議で使うスライドをチェックする。
今朝のこともあって、触れそうな距離にある手ばかり気にしてしまう。
「日本さん。この数値、少し古いものかもしれませんね。」
「あっ、ほんとだ……。ちょっと待ってくださいね……。」
確かこのデータならファイルに保存してあったはず。
私物のパソコンをいじって、データをイギリスさんの元に飛ばす。
イギリスさんは添付された数値を見ると、頷いて微かに笑った。
「Good job. I love you.」
何気ない呟き。
ありがとうの延長のような調子の声、ふたりきりの空間。
これだけ条件が揃っているのだ。
それに、自国の言葉でなければできるかもしれない。
「I……I……」
しかし灰緑色の瞳にじっとみつめられていることに気付いた瞬間、言葉が舌ごともつれてしまう。
「……I leave these slides to you.」
気付けば、全く別の文章を生成していた。
「……珍しい。英語のお勉強ですか?」
「たまにはあなたの言葉を、と……。」
暴れ回る鼓動の中、どうにか息を繋ぐ。
「それは嬉しいですね。」
そう返してくれたイギリスさんの、どこか寂しげな瞳が胸に残る。
自分のことがまた一段、嫌いになった。
***
残業を終え誰もいない道を手を繋いで同じ家に帰る。
ご飯とシャワーをこなしながら、寝るまでには絶対伝えよう、と決心を固めた。
少し先に寝室へ向かった彼を追いかけて汗ばんだ手でドアを開ける。
ラフな格好に着替えたイギリスさんは、昼間とは少し違う魅力を纏っていた。
「おいで、日本さん。」
トン、とシーツを叩いてみせられる。
彼の隣に収まると、長い腕を肩に回された。
イギリスさんは半身を起こすと、僕を見下ろした。
やわらかな光を灯した宝玉と目が合う。
「I love you.」
昼間の失敗が頭をよぎり、緊張で肩が震える。
今度こそ。
そう思ったのに、おでこに落とされたキスと頬を撫でる指先の温もりに、微かな紅茶の香り。
たったそれだけのことに、またしても声を奪われた。
「ふふ、まだ慣れないんですか?」
瞳をくるくる回すことしかできない僕に、イギリスさんは揶揄うような笑みを向けた。
「おやすみなさい、日本さん。」
「……おやすみなさい………。」
布団を目元まで引きずり上げて、どうにかそう返した。
***
そろそろ寝たかな、と布団から顔を出す。
「イギリスさん……。」
いつもならすぐこちらを向く瞳は静かに閉じられ、端正な顔立ちに長いまつ毛の影が落ちている。
しばらく安らかな寝顔をみつめていると、罪悪感が湧き上がっていきた。
職場でも家でも、いつも変わらず自分に向けられる言葉。
嫌なわけでもないのに、顔を背けたくなってしまう言葉。
その全てに返事をしないまま日々が過ぎていくことが、どうにも申し訳ない。
せめて、ほんの少し夢に届けばいい。
そんなことを願いながら、ほんの少しの勇気を奮う。
「あなたの最後が、僕でありますように。」
軽く身を起こして、彼がしてくれたようにそっとキスを落とした。
明日も彼が、僕を好きでいてくれますように。
**
「……。」
寝たか、と恐る恐る隣をみやる。
無防備な寝顔に、寄せられた身体。
日本の自分より二回りも華奢な肩がゆっくり上下していた。
ぎゅ、と背に回された腕のせいで寝息が近くに聞こえる。
「全く。ずるい人ですねぇ……。そういうことは直接言わないと。」
彼からの言葉が欲しいのに、いつもあの奮闘を見るだけで許してしまうのだから。
愛は罪だという言葉は悲劇のものだったか、喜劇のものだったか。
頭とシーツの隙間に腕を差し込んで、やわらかな温度を両腕で抱きしめる。
「I love you,bae.」
強情な唇にキスを落として、彼の寝息に呼吸を重ねた。
コメント
4件
Twitterで仰っていたこの日を待っておりました…!! ILoveYouを言えない日さん可愛すぎです...💘 誤魔化し方もにわかさんの知性が溢れ出てて流石です✨
あぁぁあ!!!もう言葉選びが最高です🫠🫠🫠🫠🫠