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◻︎閃いた!
私の仕事は、駅ビルの清掃員。最初は、不特定多数の人が通る場所だからあんまり気が進まなかったんだけど、やってみたらこれが意外と面白い。知り合いに会うのは避けたいから、メガネとマスク着用という仕事スタイルも気に入っている。
「こんにちは。今日もご苦労様です」
顔見知りの駅員さんが話しかけてくれる。何かのポスターを貼りに来たようだ。
「こんにちは。それ、なんですか?」
いかにも手描き風のそのポスターは、懐かしいクレヨンと水彩絵の具を使ってあるようだ。小学生が描いたのだろうか。仲良くみんなでお弁当のようなものを食べている絵だ。
「これね、こども食堂への寄付を募るポスターなんだよ」
「こども食堂って、よくテレビでやってる?」
「そう、いろんな事情でまともにご飯を食べられない子って、けっこういるみたいでね。でも、そういう場所を運営するにはたくさんのお金も必要になってくるんだよ。だから少しでも足しになればと、寄付を集めることにしたんだ」
「へぇ。じゃあ、私も少しばかり寄付しますね」
「ありがとう、助かります」
「あれ、その下の方にある、何かの募集というのは?」
「これ?お金もだけど人手も不足してるんだ。だからボランティアで何か手伝ってくれる人はいないかって募集をかけてる。でもいまどき、ただでやってくれる人って、なかなかいないんだよね」
「まぁ確かに。私だって多少は賃金が欲しいですから」
「だよね。どこかに暇とお金がある人、いないもんかね?」
そんなことを言いながら、行き交う人々を眺めてみる。
___そんな人なんて、いないよなぁ
「あーっ!ねえ、それって何か資格とか必要ですか?年齢制限とかは?」
「いや、どちらも必要ないはず。健康な人であればいくつでもいいんじゃないかな?あと子どもが好きな人っていうか、慣れてる人かな」
私は今朝やってきた八重のことを思い出した。暇もお金もある、年齢のわりには元気だし。それになにより、フードロスを出さずに済むのではないか?
「料理を作るだけ、という仕事でもいいですかね?」
「もちろん!」
「実は、もうかなりの高齢なんですが……」
と八重のことを話した。せめて一品ずつでも作って届けてはどうだろうかと。お金もわりとあるはずだし、暇もあるし、料理は好き。そして何より世話好きな性格なのだ。
「料理は、そこで作ってもいいんですよね?」
「もちろん」
「今度、連れて行ってみてもいいですか?」
「わかりました、連絡しておきますね」
八重の料理好きで世話好きな性格と、あの大量の料理を消費してくれる子どもたちならば需要と供給がピタリと合う。
その夜、早速私は八重に話した。はじめは謙遜していたが、“お義母さんの料理をたくさんの子どもたちにも食べさせてあげたい”と熱く語ったら、あっさりと承知してくれた。
これであの大量の煮物から離れることができる、そう確信した。
「これなら子どもたちも食べてくれるかしら?」
そう言って特大タッパーに二つ持ってきたのは、牛肉が入ったきんぴらごぼうだった。白胡麻もふりかけてあって、いつもうちに持ってくるものより、格段上等な出来上がりだ。
「さすが、お義母さん!きっと子どもたちも喜びますよ。さぁ、行きましょう」
私は、その特大タッパーと八重を乗せて、隣町の子ども食堂まで出かけた。
「なんだか、緊張してしまうわ」
何かのイベントにでも出かけるような八重の顔は、恥ずかしいようなうれしいような、そんな感情が赤く上気した頬から見てとれる。
「料理を渡すだけでもいいんですよ、お義母さん」
「それだと、感想がわからないから、見てみたいわ、みんなが食べるところを」
「それもそうですね。喜んでくれるといいですね」
結果!
お義母さんのきんぴらごぼうは、大好評だった。これからも暇があれば作って持っていくと言っていた。
___やれやれ!これでフードロスをしなくて済む
もったいないことをしなくても済むという安堵より、お義母さんがとても元気になったことに驚いた。いくつになっても、誰かに必要とされることは、大事なことなんだと気づく。その時ふと思いあたるのは、夫のことだ。
これまでは、会社でも家でも少なからず必要とされていたのに、定年退職をしてしまうと一気に“邪魔者”に見えてしまうという現実。これまで一生懸命に家族のために働いてくれた夫のことを、“邪魔者”扱いにしないためにも、しっかりできるようになってもらわないと!と思った。