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◻︎夫なりの理由
今日もしっかり働いたなぁと、凝った肩を揉みながら家に帰った。
「ただいま!あれ?」
玄関の鍵はかかっていなかった。
「ちょっと、物騒だから玄関の鍵は締めておいてって言ったのに」
リビングに入っても人の気配がない。
「あれ?あなた!光太郎さん、どこにいるの?」
庭にもトイレにもいない。嫌な予感が頭をかすめる。
___まさか!?
どこかで倒れたり事故に遭ったりしてないだろうか?サンダルをひっかけて慌てて外へ出た。
「わっ!」
「おっ!」
その瞬間誰かにぶつかり、思い切り尻餅をついた。
「いったぁー、もうっ!なんでそんなとこにいるのよ」
「いてててて…なんだよ、急に飛び出してきたのはそっちじゃないか!怪我するだろ?」
ぶつかったのは、夫の光太郎だった。お互いに怪我がないことを確かめると、パンパンと落ち葉や砂を払う。
「鍵もかけないで、どこへ行ってたのよ?」
「どこって、飯を食いに行ってたんだよ、そこの角曲がった定食屋に」
「ご飯を食べに行くなら、きちんと戸締りはして行って」
「そうか、忘れてたか。まぁいいじゃないか、盗まれて困るような高価なものもないし」
カチンときた。
「そうね、うちにある高価なものって、あの有名な人が作った釣竿くらいのものよね?あんなもの何本盗られたとしても、私には関係ないからいいか」
「そ、それは困る、あー、これからはちゃんと鍵をかけておかないと」
家の前で、ごちゃごちゃやっていたら、近所の人が通りがかった。
「あら、ご夫婦一緒にお出かけですか?いつも仲が良くていいですね」
「え、はぁ、まあ……、いいお天気ですね」
などと誤魔化しつつ、家に入る。こんなところで夫婦で正面衝突をしたなんて、話せない。手を洗っていたら、手首の辺りがキュッと沁みた。よく見たら擦り傷ができていた。
___何で私が痛い目に遭うかなぁ?
オキシドールで消毒して、冷蔵庫から晩ご飯の材料を取り出す。今夜は煮魚と豚汁にしようか。
「おい、コレ」
ダイニングテーブルに夫が出してきたのは、定食屋のレシートだった。トンカツ定食850円とある。
「へぇ、トンカツ定食なんて食べたんだ。美味しかったでしょ?」
「まぁな。そうじゃなくて、代金くれよ」
「はぁ?!あなたが食べたのに?簡単に作れる材料も昨晩の残り物もあったのにわざわざ外に食べに行ったのは、あなたよね?」
私はこれまでだって、残り物やインスタントで済ませてきた。たまに友達とランチするくらいしか、外で食べたことはない。
「だってさ、材料も光熱費も手間も全部込みでこの値段なら、かえって安いだろ?」
それが夫が外食をした理由らしい。
「あのね、たまになら外食もいいわよ。でもね、これを毎日続けたとして計算してみて。食費だけでいくら必要になると思ってるの?食べるものがないとか、何かの理由で作れないとか、そんな時くらいしか贅沢できないわよ、これからは」
テーブルの上に置かれたレシートを、指先でトントントントンしてしまう。苛立ちが隠せない。
「たかが850円のトンカツ定食を食っただけでそんなに言われるとは思わなかったよ」
「ちょい、待て!たかが?たかがと言うならそれくらいの金額、自分で出せばいいでしょ?だいたい私が買い物に行って作ったとしても、あなたは私には何も支払わないよね?」
「だってそれは夫婦っていうか、家族だから……」
「わかった。これからは2人分の食費を予算として現金にしてココに入れておく。そこから必要な買い物をしてくればいいし。まぁ、外食したらその分もここから取ればいい。でもね、予算がなくなったら買い物も行けないから、常備しているインスタントや、冷凍庫の中のものを消費していくしかないわよ」
「それは涼子に任せるよ」
「は?何言ってるの?任せるってなに?一緒にやるってこの前言ったでしょ?」
「……あ、まぁ、うん」
「いきなり料理って無理だから、まだいいけど、少しずつおぼえてね。さしあたって、今夜からご飯の後片付けをしてね」
「それくらい、簡単なもんだよ、まかせとけ」
なんだか偉そうに胸をどん!と叩く夫。
その夜、我が家のお皿が2枚、お亡くなりになった。
「僕がやるほうが、お金がかかるよ、やめようよ」
「何言ってるのよ、簡単なもんなんでしょ?しっかりしてよ。私はお風呂に入ってくるから」
「えーっ!」
「最後はテーブルも台拭きで綺麗に拭いておいてね。こっちはお茶碗を拭くやつだから、こっちを使ってよ」
「もう、めんどくさいな」
なんだかブツブツ言ってるのが聞こえてきたけど、聞こえないフリでお風呂に入った。