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「芍薬の花が綺麗に咲いておったものですから」
芍薬が咲いている庭園に、簡易的な椅子と卓を持ってきて絵を描いていた姜弘の前には、描き散らかした花の絵が何枚もある。
こうやって気ままに描いた絵だって姜弘が作画したとなれば、一枚売っただけでも庶民が一年暮らせてしまうほどの金額になるだろう。
「確かに見事な花姿ですね」
「何十年もの間に毎年見ておりますが、咲いているところを見るとつい、描き収めておきたくなるんですよ」
姜弘と話しながら近付いてきた煜峰は、一瞬だけ麗霞を見ると、またすぐに芍薬の花の方へと目線を向けた。
あれ以降、煜峰から関係を迫られたり、言い寄りたりしたことは一切ない。いつも通り。平常運転。
つまり、麗霞に特別な感情を抱いてした行為ではないという事。
こんなに掻き乱されて、大好きな妄想の時間まで侵されているというのに。悔しいやら憎たらしいやらで、張り手でもかましてやりたいくらいの気持ちではあるが、麗霞も負けじとつい、平静を装ってしまう。
あの時のことなんて、なんとも思ってませんけど? なんてすまし顔で、話している二人の後ろに控えて立っている。
「それで、何か御用ですかな?」
「ええ、今度の狩猟大会についてご相談が」
皇室で構えている狩猟用の山野で開かれる、大規模な狩猟大会の事だろう。誰が一番多く捕ったか、誰が一番立派な獲物を仕留めたか、お偉い方達が集まって楽しむアレだ。
麗霞も以前、記録画を描く為に同行したことがある。
煜峰が相談内容を話すより先に、姜弘はキッパリと言った。
「わしゃ、行かん」
「ご回答が早いですね」
「馬車での長距離移動はキツいキツい。腰が痛くて敵わんです。それに記録画なら雲嵐で十分じゃろう」
画院に勤めてすぐ分かったのだが、姜弘は雲嵐をよく思っていないらしい。つまらん絵ばかり描いて、これなら子供の落書きの方がマシとまで言って貶していた。
絵の良し悪しは、最終的には上手いかどうかではないと、姜弘は言う。
麗霞も姜弘が言わんとしていることは分かる気がする。
雲嵐の絵は画院の画人達に引けを取らないくらい上手いのに、心を掴まれないのだ。
以前皇太子妃殿下への贈答用として描かれていた虎の絵もそう。躍動感に溢れ今にも飛びかかってきそうなほど見事な絵なのに、それだけで終わってしまう。
姜弘が手掛けていた後宮の壁画が完成した時、麗霞を含め、何人もの宮女たちが涙を流しながら見入るほどだったあの、心揺さぶられる何かがない。
だから芸術性よりも、事実を伝えるための記録画は雲嵐でいいと言っているのだろう。
「姜弘殿はそう仰るだろうと皇帝陛下には伝えたのですが、どうしてもと仰せです。記録画ではなく飾って楽しみたいから、既に飾る場所は用意してあるとの事でした」
「陛下はよく分かっておりますなぁ。まったく。そこまでされて、どう断れと言うんじゃ?」
ブツブツ不満を吐いていた姜弘が、ふっと後ろを振り向いた。
「麗霞は行くのか?」
「いいえ。彼女は画院に残ってもらう予定です」
「そうか、そうか。麗霞も行ってくれるじゃろ?」
「わ、私ですか?」
何でそうなるの?!
「姜弘殿、今回麗霞はメンバーに入っておりませ……」
「誰が儂の茶を入れると言うんじゃ! 画材の準備や片付けは? 肩揉みと着替えは?! 麗霞を連れていかんのなら、儂も行かん」
「そういう事でしたら他の官女に任せて……」
「いーや!! 麗霞にしてもらう」
また始まった。姜弘のワガママが。自分も折れたのだから、煜峰にも何か折れてもらわないと気が済まないのだ。
「私は構いませんが」
狩猟大会について行くのが嫌という訳でもないし、拒む理由もない。メンバーに足して貰うか、多すぎるのなら他の官女と交代してくれたらいいだけの話なのに、煜峰は悩んでいる。
「麗霞には残ってもらい、皇太子妃殿下のお子様方に書画を教える予定なのです」
「そんなのは別の日でも良かろう。皇太子殿下と仲の良い煜峰殿下なら出来ますじゃろ?」
煜峰がグッと奥歯を噛み締めたのが分かった。
何で私をそんなに連れて行きたくないんだろう?
ずっと平常運転な煜峰を困らせてやりたいという気持ちが、湧いてきてしまった。
だって、自分だけ乱されているなんて不公平じゃない?
「妃殿下に私の方から日程を変えてもらうよう話してみます。日頃から画院の仕事を優先するよう言われておりますので、お許し頂けるかと思います」
余計な事を言うなとばかりに、煜峰に睨み付けられた。
本気で怒ってる?
ただついて行くだけのことで?
他の画院の官女は良くて、何で私だけダメなのよ!
麗霞と煜峰の間に流れる空気など気にする様子もなく、姜弘は明るい声で「決まりじゃな!」と勝手に決定している。
「煜峰殿下、よろしく頼みましたぞ!」
煜峰は返事をする代わりに、大きくため息をついていた。
コメント
1件
第31話、読み終えたわ! 姜弘先生のわがままっぷりが相変わらず可愛くて憎めないな〜。「麗霞を連れて行かんのなら儂も行かん」って駄々こねるところ、思わず笑っちゃった(笑) それにしても煜峰、なんで麗霞だけそんなに連れて行きたくないんだろう?あの日のことからずっと平常運転装ってるけど、絶対何かあるよね。麗霞が「自分だけ乱されてるなんて不公平」って思ってわざと困らせる発言するところ、わかるわかる〜ってなった! 芍薬の絵の話や雲嵐の芸術性の対比も深くて、この世界観の空気感が好き。次が気になる!
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