「んで俺がこんな格好…」
普段使わない姿見を引っ張り出してきては自分に着せられた真紅のカラードレスを見詰める。どう考えても可笑しいだろうが…と奥歯を噛み締めるも決まったことなので仕方ないと肩を落とす。
そう、あれは昨日の夜のこと。俺の学友が警察官になったらしく、潜入調査に一般人である俺が協力することになった。そいつはクォーターで俺より背が高いものの俺の背丈で女性の格好をするのは気が引けるし無理だし無理。まぁ、決め手となったのは「お前が欲しがってたゲームカセットやるから」と「アマギフ何円がいい?」だった。金に飢えてる訳では無いが今はもう無いカセットが手に入ることと何円でもアマギフが手に入るのならやるしかないと立ち上がってしまった。女性の立ち振る舞いや歩き方や仕草の何もかもを知らない俺は外見だけしっかりさせて終わっていた。
「…なぁ、やっぱり辞めに__」
「カセット要らねぇの?」
「う───ぁ、」
曖昧な返事が口から漏れては学友はにっこりと口に弧を描いた。
「心配しなくてもいいって。僕がちゃんと女性らしいあれこれを教えるし、キヨは何も考えず僕の後ろににこにこして立っとけばどうにでもするから。」
「とか言っても結局裏切るのがお前だろ… 」
「だからあれこれは教えるって言ってんの。」
「初っ端から見放す気満々じゃねぇかよ。」
相変わらずの友人に重い息を吐き出せばハイヒールでの歩き方や話し方や背筋の伸ばし方、メイクやらなんやらを伝授された。…友人の女友達5人位から。どうも俺は中性的な見た目らしく(別に嬉しくない)メイク無しでもなんとかなると言われたが念の為メイクをお願いしてウィッグを被った。
…で、最後の関門。
「この声どうすんの。」
「ふっ、最近の技術はすげぇんだぜ。」
そう言って友人が取りだした小さな黒い円形の機械。
「何それ。」
「喉、見せて。」
「…?ん。」
上を向いて喉仏を露わにしては友人はぴと、とその機械を付けた。
「喋ってみて。」
「…何も変わっ…え!?!?」
声が高くなってるじゃないか!!
友人曰く、男性特有の喉の震えを抑え強制的に声を高くしているらしい。…すげぇな、現代。
「女性らしくしゃべってみて。」
「…何を喋ればいいの?」
「そうだな、自己紹介と行こうか、君の名前はリリーだ。良いね?」
「…こりゃまたなんで…」
「僕の友人として、だ。」
「はぁ…」
「ほら、喋って」
「私の名前はリリー。お好きに呼んで構わないわよ。」
「ふふっ、サイコーだわ。」
「遊びじゃねぇぞ」
「ほらほら、口調崩れてる」
「あーー…クッソ、ダルい。」
「そこをなんとか頼むよキヨー!!」
「無理なもんは無理!!」
とか話しているうちに潜入調査先のパーティーに来た。潜入調査には約数十人の警察官がいてその誰しもがパートナーを連れて来ていた。圧倒的高身長バディとなった俺たちは様々な色の視線を浴びながら友人と腕を組んでパーティーに入った。
どうやらこのパーティーは違法薬物の取り扱いをしているらしく、前々から目を付けてたらしい。表向きはゲーム関連なのでキヨしか思い浮かばなかったと笑っていた友人を殴ったのは懐かしい。まぁ、現にもう一度殴りたい訳だが…一旦水を飲んで落ち着かせようか。
ウェイトレスからグラスを渡されるも「水は無いかしら?」と聞く。その後すぐさま準備された水をくいっと呷った。
「どうも、指揮官。」
「あぁ、どうも。」
「…隣の方は?」
「この子は私の古くからの友人でね。リリーと言うんだ。」
「へぇ、初めましてMs.リリー。」
「初めまして」
握手のためか差し出された手を優しく握ってはニコリと微笑みかけた。内向的に振り切った訳では無いのでその辺はいつも通りで何とかなる。
…それよりも………
「お前指揮官なの?」
「まぁな、そこそこの地位には居させてもらってる。」
「気付かぬ間にすげぇやつじゃん。」
「…あのなぁ、リリー。お前は今キヨじゃねぇんだぞ?」
「…失礼、」
「いつどこから誰に聞かれてるかわかんないんだからちゃんとしとけって。」
「……リョーカイ。」
半眼になりつつも最後まで遂行させるべく俺は背筋を伸ばした。すると学友も気を入れ直したのか俺と絡めた腕をキュッと寄せて俺たちはさらに密着した。
「すみません、ミスター。」
聞き慣れた大人びた声が耳孔を駆け抜けた。思わず肩が跳ねる。
「…どうされましたか?ミスター。」
「いやはや、少し迷ってしまいまして…、グラスは何方に? 」
「グラスですか、私もちょうど取りに行くところだったので貴方の分も取ってきますね。リリー、少し彼と待っていなさい。」
「…ええ、分かったわ、」
友人がパチンっとウインクを飛ばせば俺はあからさまに気持ち悪いと言った表情をしたが隣に立つ見覚えしかない男にすぐさま表情を取り直せばちら、と隣に視線を向けた。
「こんにちわ、ミス。」
「……こんにちわ。ミスター。」
「私の呼び方はガッチマンで構いません。」
「ガッチ…マン…」
聞き覚えしかねぇなぁ……………。
天を仰ぎそうになる感情を押さえ込んでは大きく息を吸った。
「呼びずらいなら適当にあだ名でもつけてもらって構いませんよミス。」
「あぁっ、と……それなら、ガッチさん…とお呼びしても? 」
「えぇ、構いません。大体の人はそう呼びますので。」
「私はリリーです、お好きに呼んでもらって構いません。」
「ならリリー、と呼ばせて頂きます。」
「どうぞ。」
バレてはならない、気付かれちゃダメ、表情を保て、息詰めろ、しっぽ出すな…!!!
俺の頭の中はひっちゃかめっちゃかでたぶん唇は震えていた。早く帰ってこいと心の中で唱えながらクラクラする視界を必死に保ち続けた。
遠くから友人の姿が見える。その友人は俺と目が合えばジェスチャーを送ってきた。
『犯人 見つけた 捕まえて 来る』
…は?????
俺は思わず声を上げかけたがガッチさんがいることを肝に銘じては冷静さを保つ代わりに乱暴に水を喉に流し込んだ。
「……リリー?大丈夫ですか?」
「え、えぇ…少し人に酔って……」
「それなら一旦外に出ましょうか。」
「……すみません。」
「大丈夫ですよ、お手を……」
スっ、と出された手に思わずドキリと心臓が跳ねた。もう俺はこの気持ちの名前を知っているし自覚している。だからこそ苦しかった、会いたくなかった。
……でも、”この姿”の時くらい甘えてもいいよね…?
俺は静かに手を取った。
「…星が輝いてますね」
「……本当ですね」
ほぅ、と息を吐けばただただ夜空を眺めた。
ガッチさんは痛いほど柔らかく優しく俺を扱うものだから心の底から泣きそうだった。”この姿”で甘えたのは俺なのに”この姿”に嫉妬してしまうなんて本当にどうかしてた。
「リリー。」
ガッチさんが真面目な声色で俺を呼んだ。夜空から視線を落とし、横を見ては会場からの灯りに顔の半分を照らされてパーツの凹凸によって出来た影でより一層扇情的な雰囲気を醸し出すガッチさんがいた。
深い目の色に吸い込まれそうになる。俺は思わず空になったグラスに目線を落とした。するとあろう事かガッチさんは俺の顎を掬い上げて目線を合わせに来たのだ。
「貴方ほど魅力的な人に出会えたのはきっと運命だ。敬語…外してもいいかい?」
その声色は驚く程優しくて甘かった。
「……はい、どうぞ…」
そんな声、そんな顔……”俺”には向けてくれないのに……。
潜入調査は上手くいったらしく俺は約束通りゲームカセットと5万円のアマギフを手に入れた。……が、あの日から気分は優れて居なかった。個人実況は撮るもののTOP4にはあまり顔を出さなくなった。
理由は明白だ。俺がただただ俺に嫉妬しているから。
あの日から送られてくるようになった手紙には俺の名前が書かれていないのだ。手紙と言うのは、LINEだとバレてしまいかねないので断れば手紙だけでもと縋られたので友人の家の住所を勝手に教えたら本当に届くようになったのだ。
親愛なるリリーへ
昨日の夜、貴女と出会えて良かった。
あの会場にいたと言うことは貴女もゲームが好きなのですよね?良ければお話しませんか?返事だけでも待っています。
心を込めて。
ガッチマン
「リリー、ねぇ……」
友人から手紙について呼び出されたので大人しく家に行けば軽く怒られた後に手紙を差し出された。それを読んだ俺が吐き出した言葉はそれっきり何もなかった。
「…お前の友人はすっかりお前の虜だな。」
「……そうみたいだな」
「たしかお前、彼のこと好きなんだろ?」
「……うん」
「なら1回行ってみたらどうだ?」
「……服ないし無理。」
「買ってやるよ、ほらおいで」
「……なんでお前が乗り気なんだか…」
「お前の女装、中々にイケてたからな。」
「馬鹿にしてる?」
「おぉっと、とんでもない。」
慌てた様子で胸の前で手を振り否定する友人に深くため息を吐けば女性物の服を調達するため街へ出向いた。メイクやスキンケアに関しては全然分からないので友人の女友達5人に協力を仰げばノリノリで出向いて行った。
「……さて、これで全部かな」
「買いすぎだって…」
「返事はちゃんと出したんだろうな?」
「出した出した。」
「よし、予定はいつだ?」
「3日後。」
「なら3日後まで猛練習だな。」
「猛…特…訓…?」
そこから友人の言う通りマジの猛特訓が始まった。普段から女性の服を着てハイヒールを履いてメイクをしてウィッグを整えて街を歩く。女性らしい歩き方を慣らして行っては食事の取り方を学ぶ。お手洗いは人気の少ないところか男女兼用の変わった場所を調べまくった。有難いことにいくつかあったしパブとなれば大体が男女兼用なので安心して練習をした。
「うん、随分と女性らしくなったな。」
「どうも。」
「僕なら彼女にする。」
「冗談キツイ。」
「本気本気。」
「…俺はガッチさん一筋だから。」
「ふ、負けちゃったか~」
「五月蝿い。…でも、お前はずっと俺の友達で居ろよ。」
「……あいあいさー。」
友だちが にへら、と笑ったのにその顔には寂しさが滲んでいて胸が傷んだ。
デート当日……、と言ってもデートなのかもわからない曖昧な逢瀬。
俺は少しだけ遅刻してしまった。まぁ、普通に寝坊だ。
「ごめんなさい、!待ちましたか?」
「大丈夫だよ、待ってる時間も楽しかった。」
甘い笑顔を俺に向けてはあの時のように手を差し出した。つきり、と胸が痛む。その手を眺めて居ては、
「あぁ、ごめん、パーティーじゃないもんね、気にしちゃうか…」
なんて慌てて手を引こうとするから俺はその手を掴んだ。
「…少し間を置いたらすぐ逃げちゃうんですね?」
悪戯な笑みを浮かべてはガッチさんの手を包み込んだ。
「連れて行ってくれないんですか?貴方のお勧めの場所に。 」
呆気にとられたままのガッチさんに目を細めてはそう追い打ちを掛けた。するとガッチさんは俺の手をグンッと引っ張って抱き締めた。少し前屈みになった俺はガッチさんの胸に顔を埋めた。
ドッドッドッ……
心臓の音が嫌にうるさい。息を吸えば香るガッチさんの匂いに頭がクラクラする。心臓が今にも飛び出しそうで収めるためにごくっ、と唾を飲んだ。ガッチさんの香りを何度か吸い込んで落ち着かせた後に気付く。
この音…俺じゃない。
ガッチさんの胸元から確かに聞こえる心臓の激しい音に俺を目を見開いた。思わずガッチさんの胸元を押して体を引き離す。
「…ごめん、思わず……」
「大丈夫、です…、それより早く行きませんか?」
俺はガッチさんから目を逸らせば賑わう通路の方を見つめた。早く行こう、と促すように見えるかもしれないがその実、腹の奥に渦巻く昏い想いを沈めるためにガッチさんを見なかった。
「そうだね、早く行こうか。」
「えぇ、」
腹の虫が鳴き始める時間帯だった。何処がいいかと聞かれたので男女兼用のお手洗いがある場所をしれっと言ってはそこに決定した。と言っても無法地帯のようなパブではなく洒落たカフェのような、そんな場所だった。
俺はメロンソーダを頼むとガッチさんはコーヒーを頼んだ。そしてサンドウィッチとドーナツも。
他愛もない会話をしながら時間を潰して居ればガッチさんはふと話題を持ち込んだ。
「そういえば、リリーはどんなゲームが好きなの?」
「…えぇっと……私が好きなのは…」
女性が好きなゲームって何!?わがままファッションガールズモード??それともクッキングママ??それとも学園ハンサム?????もう何が何かわからんぞ俺は!!!えっと、えっとーー……、
「…Detroit Become Humanです…」
「あぁ、あのゲーム!俺も好き。」
「ふふ、あのゲームで人生変えられるかと思いました。」
「かなり此方側のSAN値削ってくるよね…」
「確かに、私も削られました。」
「でも、俺の友達のキヨは初見でいいエンドに行けてたんだから凄いよなぁ…」
「…え?」
俺は思わず聞き返した。キヨ、って…言った?唐突に出てきた俺の”本当の名前”に目を見開く。
「あっ…と、ごめん、、気を抜いたらコレで…参っちゃうよ……」
あはは、と肩を竦めて笑うガッチさんになんとも言えない感情になった。
「さて…お腹は落ち着いた?」
「…は、はい……落ち着きました。」
「それなら次の場所に行こうか。」
「……えぇ、そうですね。」
そこからはほぼ上の空でそのまま別れる流れになっていた。そこでガッチさんが優しく名前を呼んだ。
「…リリー。」
「……はい。」
「俺からのプレゼント、受け取ってくれる?」
「…わぁ、リップ…ですか?」
「そう、気に入ってくれるかな?」
「えぇ、すごく気に入りました。」
精一杯の笑顔をガッチさんに向けた。…が、これが誤算だった。ガッチさんは俺の身体を引き寄せて唇を重ねた。あまつさえ舌を差し込んで来ては俺の舌を捉え絡め、歯列をなぞり、上顎を擽る。ガクンっ、と力が抜け脚から崩れ落ちかけた俺を支えたガッチさんは漸く顔を離した。
「…あれ?リリーは知らなかった…?」
「…へ、?」
プレゼントにリップを送るのは「キスがしたい」とか、そういう意味らしく全然知らなかった俺はまんまと嵌められた訳だ。
「は、初めて…知りました……」
「ふふ、それなら次からはこの意味を知った上で俺のキス、受けてくれる?」
「……」
未だ混乱していた頭は少しの沈黙の後Yesを示した。
友人から送られてきたガッチさんの手紙を開けた。
親愛なるリリーへ
昨日のデート、すごく楽しかったよ。
もっと君と話したい。もっと君と触れ合いたい。1週間後、またデートをしたい。どうかな?返事を待っているよ。
愛をこめて
ガッチマン
俺はその手紙をグシャッと握り締めた。
誰に……その愛を向けているの?
俺?リリー?リリーは俺だよ?でもガッチさんはリリーと俺は別だと思ってる。なんて皮肉な話だ。そろそろ終わりを告げなくてはならないのに……。そう思いながらもあと1回…を引き伸ばして「Yes」と綴った手紙を送り返した。
ぴんぽーん、
機械音が静かな部屋に響いた。インターホンを見て俺は驚いた。
「…ガッチさん…?」
「やぁ、キヨ。」
「なんで…」
「キヨと話したくてね」
「話したいこと…?」
「そう。最近キヨTOP4に顔だしてくれないから直接話しに来ちゃった。」
「アー…忙しくて……」
「今も忙しい?」
「えっと……」
俺は口篭った。ガッチさんを忘れないといけないのに実際に会うと忘れられなくてただただ目の前の彼を求めてしまう正直な気持ちに息を吐いては口を開いた。
「…今は暇。」
結局家にガッチさんを上げてしまった俺は軽いお菓子とお茶を用意した。ガッチさんはニコニコと機嫌良さげにお茶を飲む。
「…で?話したいことって?」
「ふふ、俺ねぇ、好きな人が出来たの。」
お茶を飲もうと傾けたコップが静止した。カチッと止まってガッチさんの口から出た言葉を反芻した。
「……へぇ、良かったね。名前は?」
聞いちゃダメなのに、聞いてしまう。何を求めてるの?俺は誰の名前を聞きたくて聞いたの?
「名前はリリーっていうの。」
ほら見ろ。俺の名前は出てきやしない。
リリーは俺であり俺じゃない。
「きっとキヨと合うと思うんだよねぇ~」
だって俺だし。「…俺とぉ?」
「そう、だって彼女Detroitが好きだって!」
それは俺だもん。「……そう、」
「それに北海道出身!」
俺だからね。「へぇ…」
そこからガッチさんが夢見心地で話すことは何一つ面白くなかった。リリーが、リリーは、リリーに……そんなに好きならとっとと告ってよ。リリーに…俺に……!!
「またデートをするんだ。次はどんなプレゼントがいいかなぁ~」
「プレゼントなんかなくても彼女もガッチさんに会えるだけで嬉しいんじゃない?」
「そうかなぁ、でも何か持って行ってあげないと。」
「ガッチさんの好きなコロンでもあげたら?」
「あ、それいいね、俺と同じ匂いにしちゃおっか」
「……うん」
俺はガッチさんの顔を見ることなく生半可な返事をした。もうそれ以上聞きたくなかった。リリーの話なんて忘れたかった。
1週間後、デートの日を迎えた。
俺はいつも通り支度を済ませれば待ち合わせ場所に向かった。ガッチさんの姿はまだなくてボーッと待っていた。
「ねぇ、お姉さん。」
「……」
「お姉さーん?」
「……ん、あ、私?」
「そうそう、君!何してんの?1人?」
「いえ、待ち合わせを……」
「じゃあその待ってる間の時間、俺と潰さない?」
「や、大丈夫…です……」
ナンパかぁ…面倒だな。なんて思いながら適当に返事していると男は俺の腕を掴んだ。必死に抵抗するがハイヒールでは上手いこと体重操作が効かずズルズルと路地裏に引き摺り込まれる。壁に押し付けられては体をベタベタと触られて首筋を舐め上げられる。身体がゾワゾワっと粟立つと同時に恐怖から涙を流し身体の力が抜け落ちる。するとそれを支えるでもなく下半身を擦り付け既に熱の持ったソレを主張していやらしく耳に囁きかけた。
「なぁ、これ、欲しいだろ?」
「いらっ…いらないっ……」
必死に首を振って居れば横から誰かに引っ張られた。
「ッ、何すんだてめ「私の彼女に何か用かな?」」
「彼女とか「何か用かな??」」
わざと被せて話すその声はガッチさんそのもの、ただ俺は今腰を抜かせて立つのも一苦労でただただガッチさんにしがみついて顔なんて見れなかった。
「何も無いならとっとと立ち去ってください。」
「そいつは俺が「早く去れ。」」
「クソ「消えろ」」
相手が口を開くのも許さなかったガッチさんは圧だけ掛けて撃退した。
「リリー、大丈夫??」
「…だい、じょ……ぶ…」
未だ力の入らない身体を無理やり起こそうとするも起きる訳もなくガッチさんの身体にへたり込む。するとガッチさんは何一つ迷うことなく俺を横抱きして何処かに向かって足を運び始めた。
「…」
見覚えしかない此処は絶対にガッチさんの家。俺は思わず白い天井を眺めた。
すると普段着に戻ったガッチさんが俺の前に跪いた。
「何された?」
「えっ……」
「何された??」
「えっと…舐められて、触られて、下半身を押し付けられて……」
「…」
黙り込んだガッチさんを伺うように目線をあげれば怒りに滲んだ顔が目に入って思わずまた目線を逸らした。
「…リリー、ごめん」
一言謝るとガッチさんは噛み付くように唇を重ねた。舌を無理やり捩じ込んで唾液を流し込み愛撫する。どちらのか分からない唾液が零れ出した頃、漸く体を離した。零れた唾液を袖で拭っては身体を優しく撫で回す。
駄目、駄目だ、バレちゃ…ダメだ。
俺は咄嗟にガッチさんを突き飛ばした。目を丸くするガッチさんをそっちのけに荷物を引っ掴んでは慌ててガッチさんの家を飛び出し自分の家まで走った。ハイヒールがもどかしくて途中で脱いでは手に持ち走る。喉が渇いて引っ付いても血の味がしてもただひたすらに走った。
ハイヒールを靴棚に直せば汚れた靴下を脱ぎ捨て裸足のままぺたぺたとリビングへ入りバッグをソファへ投げた。すると小さな箱がコロリと転がりでる。なんだこれはと開けてみると青色の小瓶が。キャップを開けて少し鼻を近づけると大好きなあの人の香りがした。シュッ、と部屋に振り掛けてみればガッチさんの匂いがそこら中に広がって抱きしめられてる感覚になった…ところで今回の異常事態を思い出す。あの先まで求められればバレる。確実に。何より俺にはアレが付いてるわけだし。俺だとバレなくても男だと言うのはバレる。アウト。もう辞めよう。
ガッチさんが愛したあの人は死んだ。あんな獰猛な目を向けて彼女を求めた時点で死んだんだ。
ガッチさんが愛したのは俺じゃなくてリリー。リリーは俺であり俺じゃない。もう死んだ。俺じゃない自分は死んだ。殺した。今ここで殺した。
手紙の数が多いと友人が俺を呼び出したので仕方なく家に出向けば確かに沢山の手紙があった。中身も開けずに回収しては友人に一通の手紙を渡した。
「次届いたらコレ出して。」
それだけ言い残せば未開封の手紙をカバンに詰め込んで友人の家を後にした。
ぴんぽーん
無機質な音を聞いてはふとインターホンに目を向けた。そこには少し窶れたガッチさんの姿があった。俺は恐る恐るドアを開ければ
「やぁ、キヨ、」
無理やり貼り付けたのがバレバレな笑顔で挨拶をされた。
「何があったの。」
何も知らない素振りでガッチさんにお茶を挿れればガッチさんはため息をついてお茶に目線を落としたまま口を開いた。
「フられちゃったみたい。」
消え入りそうな声はあまりにも痛々しくてガッチさんを捉えた視界がグラッと揺れた。
「……へぇ」
俺は同情する訳もなく冷たくそう言い放った。
「何がダメだったのかな」
「……グイグイ行き過ぎたとか?」
「……」
「…ガッチさんらしくない失敗だね」
「……やり直せるかな」
「無理じゃない?」
「…え?」
「1回目のデートでディープキスして2回目のデートでセックスしようとした。その時点でダメでしょ。」
「……」
ガッチさんとリリーしか知らないことを何食わぬ顔で話して見せた。
「まぁ?確かにガッチさんのエスコートは素晴らしかったし女性も卒倒するだろうね。でも良くなかったのは自分の欲望に甘すぎること。もっと自制出来なかったの?そんなんだから逃げられちゃったんじゃない?」
相も変わらず呆気にとられた様子のガッチさんに止めと言わんばかりに言い放った。
「もう彼女はガッチさんに会いたくないって。」
ガッチさんは机を叩いて立ち上がれば俺の腕を掴んでソファに突き飛ばした。そのまま乱暴に俺の頬を掴んでは目線を合わせる。
「彼女を何処にやった……」
「さぁ、何処だろう」
俺は精一杯惚けて見せた。するとガッチさんは鬼の形相で俺の家を探し始めた。服やメイク用品、靴は全て捨てるか譲るかしたしもうこの家には何も無い……否、ガッチさんから貰ったリップとコロンがまだある、まずい、寝室を見られたら……!!
「待って!寝室はダメ!!」
そんな俺の叫びも虚しくガッチさんは寝室へ入っていってはリップとコロンを持って俺の前に現れた。
「……キヨ…」
「…」
「なんでこれ持ってんの?」
「……ば…」
「ば、?」
「馬鹿だね、ガッチさんは。リリーが本当にいると思った?残念ながらリリーは俺だよ。どう?絶望でしょ?リリーは死んだ。ガッチさんがあれ以上を求めようとしたから俺が殺したんだ!!もうこの世にリリーはいない。ガッチさんが求めた彼女はもういない!残念だったね、ガッチさん。もっとまともな人を引っ掛けれるように頑張って。ほら、どう?引いたでしょ?俺が、仲良くしてくれてると思った友人が女装してたなんて引いたでしょう?ねぇ、俺を嫌って。今ここで大嫌いだと言って!俺の事を突き放して!!」
俺は涙を流しながらそう言った。可笑しな呼吸を繰り返しながら嗚咽を漏らして泣き喚いた。いい大人が、恋に迷わされて、ただただ泣いた。
ガッチさんの息を飲む音が聞こえた。泣いてるのは俺なのに、なんでガッチさんがそんな音を漏らすの。
「キヨ…」
ガッチさんは手に握ったままだったリップとコロンを机に置いては俺を抱き締めた。優しく、暖かく。
「やだっ、きらってよ、きらいっ、ていってっ……!」
「嫌いじゃない」
「おれはっ、!おれはきらい!がっちさんなんてっ、!」
「……うん、うん…」
「りりーにむけた、あのえがおだって、おれはっ、みたことなかった!」
「うん…」
「あんなにっ、だれかを求める眼なんてっ、観たこと、なかったっ!」
「…うん」
「そんなに、ぐいぐい来る人だと…おもわなかった……」
「……うん」
一頻り泣いた俺はガッチさんの肩口に頭を預けた。ガッチさんはゆっくりと俺の背中を撫でて囁くように俺の耳元に口を寄せる。
「俺は…彼女をキヨと重ねてた」
「……」
「俺はキヨが好きなの。それで彼女と出会った時真っ先に”あぁ、キヨだ”って思った。彼女の笑顔も行動も小さな癖もキヨにそっくりで…彼女なら合法的に付き合えるし……俺は彼女しかないと思った。」
「…嘘だ……」
「ほんとだよ。疑わないで。」
「……」
「それでそんな愛しの彼女からフられちゃったと思ったら正体がキヨだったなんてどれだけ嬉しかったか。それに…キヨと両思いだったなんて……」
「…ねぇ、ガッチさん」
「…なぁに?」
「ガッチさんの甘い言葉はリリーがたくさん聞いたからさ…」
「……うん?」
俺は抱き締めたガッチさんの腰に足を絡めて艶やかに笑う。
「これから先で愛を教えて…?」
「…何処でそんな誘い方を学んだんだか…」
ガッチさんはニヤリと笑うと俺を押し倒した。
あぁ、その理性を失った顔が、獰猛な眼が…
「ずっと欲しかった。」
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なんでそんなに語彙力が高いんですか…小説家なんですか?!ほんとにあなたの作る全てのお話が大好きです😿💓文字だけなのに情景が浮かんでくるのが流石すぎます…
へへ、、