テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
kaede🍁
8,845
おその★
23,401
#❤️💙
みら

13,722
「……もう遅い時間だよ。」
ベッドに横になった阿部が時計を見ながら言った。
「めめ、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
目黒は首を横に振る。
「帰らない。」
「でも明日仕事でしょ?」
「午後からだから大丈夫。」
即答だった。
阿部は困ったように笑う。
「でも。」
「この状態のあべちゃん置いて帰れない。」
目黒はそう言ってから、何でもないことのように付け加えた。
「着替えも車にあるし。」
「……なんであるの?」
「ザリガニ釣るかもしれないから。」
阿部は呆れたように目黒を見る。
「準備良すぎない?」
目黒は笑った。
本当は。
ただ、帰りたくなかった。
今日から恋人になった人が熱を出している。
そんな状態で一人にするなんて、目黒にはできなかった。
体調が悪い時にそばにいて。
水を渡して。
薬を用意して。
食べられそうなものを作って。
「大丈夫?」と聞く。
今までは、そこまで踏み込める立場ではなかった。
でも今日からは違う。
「あべちゃん。」
「何?」
「お粥できてるけど、食べられそう?」
阿部は少し驚いた顔をする。
「作ってくれたの?」
「うん。」
「炊飯器が作った。」
阿部が小さく笑う。
「じゃあ、少し食べようかな。」
その言葉だけで嬉しくなった。
___________
お粥を少し食べて。
薬を飲んで。
阿部が眠るまでそばにいた。
何度か夜中に目を覚ましては、熱を確認した。
目黒自身はほとんど眠れなかった。
それでも、全く苦ではなかった。
___________
翌朝。
目黒が目を覚ますと、阿部もすでに起きていた。
「おはよう。」
「おはよう。」
声はまだ少し掠れている。
けれど昨日より明らかに顔色が良かった。
「熱は?」
体温計を渡す。
しばらくして電子音が鳴った。
「下がってる。」
「よかった……。」
目黒は心の底から安堵した。
「まだ本調子じゃないけど。」
阿部は笑う。
「昨日より全然楽。」
「じゃあ今日はちゃんと休んで。」
「分かってる。」
「本当に?」
「分かってるって。」
そんなやり取りすら、目黒には嬉しかった。
___________
昼前。
そろそろ仕事へ向かわなければならない。
目黒は名残惜しく玄関へ向かった。
「何かあったら絶対連絡して。」
「うん。」
「ご飯食べて。」
「うん。」
「薬も。」
「飲む。」
「あと――」
「めめ。」
阿部が笑う。
「大丈夫。」
「……分かった。」
靴を履こうとした時だった。
「あ。」
阿部が何かを思い出したように寝室へ戻っていく。
少しして、二つのものを持って戻ってきた。
「これ。」
目黒の手のひらへ、小さな鍵が置かれる。
「……え?」
見覚えのある形。
昨日使った、この部屋の鍵だった。
「内緒でお付き合いするなら。」
「合鍵くらい必要でしょ。」
そして、もう一つ。
阿部が差し出したものを見て、目黒はさらに目を見開いた。
「……日記。」
昨日。
勝手に読んでしまった日記だった。
「これも。」
「あげる。」
「いやいやいや。」
さすがに目黒も慌てる。
「これは駄目でしょ。」
「俺、昨日勝手に読んじゃっただけでも申し訳ないのに。」
阿部は少し照れくさそうに笑う。
「いいの。」
そして、目黒の手に日記を押し付けた。
目黒は鍵を見る。
それから日記を見る。
最後に阿部を見る。
胸がいっぱいになった。
昨日まで。
この家へ入る理由なんてなかった。
玄関より先へ進むことすら、本来なら許されない関係だった。
それなのに。
今日からは。
ここへ帰ってきてもいいと言ってもらえた気がした。
「……毎日来る。」
目黒が真剣な顔で言う。
阿部はすぐに吹き出した。
「毎日は来ないで。」
「なんで?」
「忙しいでしょ。」
「じゃあ週六。」
「多い。」
「週五。」
「仕事じゃないんだから。」
二人で笑う。
目黒は大切そうに鍵を握った。
「あべちゃん。」
「何?」
「ありがとう。」
阿部は少し照れながら目を逸らす。
「なくさないでね。」
「絶対なくさない。」
「日記も。」
「大切にする。」
そう答えながら。
目黒は日記をちらりと見る。
昨日は途中までしか読めなかった。
自分が加入した頃から。
告白するまで。
そして、告白した後。
あべちゃんは何を考えていたのだろう。
知りたいことが山ほどあった。
目黒は日記を大切に抱える。
「……続き読むの楽しみ。」
阿部の顔が一瞬で赤くなった。
「やっぱり返して。」
「嫌。」
「もう俺のだから。」
「絶対返さない。」
目黒は笑いながら玄関のドアを開ける。
「仕事行ってきます。」
「ちょっと!」
ドアを閉める直前。
目黒はもう一度、阿部を振り返った。
「また来るね。」
阿部は呆れたような顔をして。
それでも最後には、優しく笑った。
「うん。」
「いってらっしゃい、めめ。」
その言葉を胸に。
合鍵と、大好きな人の秘密が詰まった日記を大切に持って。
目黒は、恋人になって初めての仕事へ向かった。
コメント
1件
わああああ〜〜〜!!第7話、読み終えたよ!!😭💕✨ 合鍵と日記、両方渡す阿部ちゃんの「内緒でお付き合いするなら必要でしょ」ってさりげなさ、もう反則級の破壊力じゃない?!?! そしてそれを受け取っためめの「毎日来る」→「週六」→「週五」の詰め寄り、可愛すぎて頭抱えた…🫠💥 「ザリガニ釣るかもしれないから着替えある」って準備良すぎるだろw でも本当は帰りたくないだけっていう不器用な愛情表現、最高すぎた…😭💕 二人の距離がぐっと縮まった感じがして、胸がぎゅーーっとなったよ…! これから毎日のように通うめめの姿が目に浮かぶし、阿部ちゃんの照れ顔も見たいし、続きが待ちきれないよ!!みらさん、尊い作品をありがとうございます…!!🌸