星崎視点
翌朝いつも通りけたたましいアラーム音で目を覚ます。
嗅ぎ慣れない匂いが充満した知らない部屋、
僕の隣で爆睡する大森さん、
え?
大森さん!?
思わず二度見して思い出した。
泣いていた僕を慰めて、
キスとセットで好きだと言われて、
あの後帰ろうとしたら引き止められたっけな。
そういえば何でキスされたんだろう。
あの時は泣き止ませるためにした感じだったな。
親が子供にキスするみたいな感覚が近いのかな。
もしそうだとしたら、
あの「好き」ってどう言う意味?
キスの意味が分からなくて、
僕はアラームを止めながらベッドから出る。
寝室から離れると、
僕はすぐにスマホで検索をかけることにした。
とりあえず適当に「キス相手 条件」で調べて出てきたものをスクロールしていく。
その中の一つの記事に指先が止まった。
「キスで遊びか本命か見抜く方法」という題名で、
はっきりと心がざわつく気配を僕は感じつつ、
震える指でタップする。
キスが下手だと本命に失望されたくないため、
練習として友人関係を維持させながら、
本命以外の人にもキスをすることがあり、
その練習の相手をキスフレと呼ぶらしいことが書かれていた。
つまり他に本命がいる?
まあ、
そうだよな。
だってあの顔面と高身長だ。
大森さんが興味なくとも、
周りが放っておく方がありえない。
本命がいるから今まで特に浮いた話を聞かないのではないか?
と考えれば寧ろ納得すらできた。
じゃあ⋯あの好きは?
意味なんてないのかな。
僕が彼に憧れの情を抱いているのと同じように、
恋愛感情ではないのだろう。
ただ人柄が好きとか、
ミュージシャンとしてとか、
後輩として好きとか、
そう言う意味で、
深い意味なんてそこに存在しない。
きっとそうだ。
勘違いしちゃだめ。
期待しちゃだめ。
泣いちゃだめ。
全部⋯我慢しなきゃ。
困らせるだけだ。
もういっそのこと、
深瀬さんの告白を受け入れてしまえば楽になれるのだろうか?
だなんて狡いことを考えて逃げようとする自分が嫌い。
友人と恋人の違いって何?
もう何も分からない。
大森さんの気持ちはどこにあるのだろう。
今彼の気持ちはどこに向いている?
僕にそれを知る術はあるのだろうか。
それによく考えれば「好き」とは言われたが、
具体的に「付き合おう」などとと直接的なことは何も言われていない。
言うわけないか。
本命じゃない、
ただの「練習相手」でしかないんだからな。
心が凍てつくように冷めていく。
「え⋯TASUKUさん?」
その声で顔を上げると驚いた表情の若井さんがいた。
え?
何でいるんだろう。
ここは大森さんの家じゃないのか?
ルームシェアでもしているのか?
「あ⋯おはようございます」
とりあえず挨拶したが、
若井さんは僕の挨拶に対して、
無言で警戒するような視線を向けてきたために、
正直かなり居た堪れない。
僕はすぐに出ていこうと思い、
戸締りだけ頼んですぐに部屋を出た。
「はぁ⋯⋯」
マンションのロビーで一つ溜め息を吐く。
ついに堪えていた涙が溢れてしまう。
僕は彼の「特別」にはなれない。
それならもうーーーーー結論を出してしまおう。
「もしもし⋯ふーさんですか?
今日って同じ現場でしたよね。
お話ししたいことがあります」
朝早い時間だということもあり、
本人には繋がらなかったので、
僕は留守電にメッセージを残した。
また溜め息をつきそうになるのを我慢して、
アプリでタクシーをひろう。
こんな状態で歩く気になんてなれなかったからだ。
運転手に住所を伝えるとものの数分でついた。
え?
もしかして生活圏が被っているのか?
驚くほど近い距離に戸惑う。
「お客さん。
お会計⋯お願いできますか?」
そう催促されてハッと我に帰り、
すぐに財布を用意した。
運転手が金額を確認してドアが開く。
「ありがとうございました」
「いえ、
こちらこそ助かりました」
タクシーから降りて、
ぼんやりと走り去っていく姿を眺め、
僕はようやくアパートに入っていく。
部屋に戻ると簡単な朝食を胃に流し込み、
支度をして家を出て、
現場に着くといつも通りまずは全体をみてまわる。
「えっと衣装部屋はこの位置で⋯⋯それからーーー」
メモ帳に簡単な地図を書き込んでいきながら、
場所を把握していく。
一通り見終わると、
備品確認だ。
単純な抜けがありきちんと用意していても、
小鳥遊元社長による妨害行為で必要なものがなかったり、
再度確認することをやめられず、
自分でも見たものしか信じられない、
その癖がいまだに僕は抜けなかった。
現在は午前5時56分。
正直眠い。
でもその眠気に耐えなければ、
仕事に大穴を開けてしまう。
それだけは避けたい。
自分のミスとして責任を背負いきれればいいが、
深瀬さんを巻き込んで彼にとばっちりがいくのは嫌だった。
「うん⋯⋯よし!
こんなもんだね」
特になくなっているものや抜けもなさそうだ。
問題がなかったことで一安心する。
どんな妨害を受けるか予測ができない緊張感がまだ纏わりついていた。
一度負わされたトラウマは事務所がホワイトになっても消えてくれない。
あらゆる可能性を示唆して、
対応しなければならないような、
そんな強迫観念に囚われていたため、
余計な手間がかかっていた。
(単に心配しすぎにしてはどこかおかしい。
やっぱり何かの病気なのかな?)
その後も動きやすい動線の確保や、
最短ルートの計算など事細かな確認を済ませた。
あとはスタッフが到着したら打ち合わせを済ませ、
深瀬さんに今日の仕事の段取りを説明する。
それから新曲のCDジャケット撮影に入る手筈だ。
しばらくするとスタッフが現場入りしてきた。
「TASUKUさん!
もう来てるんですか?」
「ん?
まあね」
さすがに数時間前に来てるとは言えずに、
適当に誤魔化す。
あとは彼を待つばかりだ。
しかし、
一向に来る気配がない。
最初は渋滞にでも引っかかったか?と思ったが、
あまりにも不自然だ。
いつも30分前行動を心がけている彼にしてはあり得ない。
やっぱり何かあったのだろうと思い、
スマホに手を伸ばしかけた時、
通知が来た。
ピコンッ
『ごめん。
違う現場と間違えてた!
すぐそっち行くから』
とLINEにメッセージが来ていた。
珍しいことだ。
彼の現場入りが遅れるというトラブル以外は、
特に問題なかった。
「すいません!!」
「ちょっ⋯走ったんですか?
汗だくじゃないですか!」
僕は慌てて鞄からジョギング用のタオルを出して、
深瀬さんの汗を拭う。
その後を焦ったように他のメンバーが追いかけてきた。
さおりさんも肩で息をしていて、
かなり辛そうだった。
簡単な対応だが、
メンバー全員にペットボトル飲料を渡して、
水分補給を促した。
その間に段取りの説明をなるべく手ばやく簡潔に伝える。
撮影がおしていることもあり、
そのまますぐ撮影になった。
どのポージングも深瀬さんの良さが引き出されていて、
甲乙つけ難いほどどれも格好良かった。
僕とカメラマンで一番いいものを選ぶが、
別々のもの選んだために、
スタッフで多数決を取った。
その結果は五分五分という、
何とも微妙な感じだ。
どうしたものか。
頭を抱えそうになりながら、
どうにか結論を出そうとした。
「何か問題あった?」
「問題はありません。
ただ少し⋯⋯」
仕方がないので事情を説明すると、
彼が真剣な表情で画像を確認する。
少し考えた後に、
僕が選んだ方を指さして答えた。
「たっくんの『感覚』に外れはないから、
こっちにして」
僕の意見を受け入れてくれたことが、
少しだけ誇らしい気持ちになる。
ちょっとした些細なことでも、
認めてもらえている実感があり、
そのことがとても嬉しかった。
「じゃあ⋯またあとでね」
深瀬さんが僕にコソッと耳打ちする。
僕と深瀬さんは午前中の仕事のみなので、
あとで楽屋に来て欲しいという意味だと分かり、
僕は「はい」と短く答える。
そのあと撮影後の撤収作業に追われ、
バタバタと走り回っていた。
あらかた終わると一息つく。
さらに雑誌のインタビューを受けて、
ようやく午前の仕事が終わった。
深瀬さんの楽屋に行く前にまず、
自分の楽屋に戻ろうとした時に、
予想外の人物に遭遇した。
「え⋯星崎?」
「なんで」
そこにいたのは大森さんだった。
え?
どうして?
今日は違う現場じゃないのか?
(まさか⋯「抜け」があったのか?)
「確保してたはずのところが本当は出来てなくて、
急に変更になったんだよ」
と柔らかい口調で藤澤さんが事情を説明してくれた。
自分の失態ではないことが分かり、
僕は心底ホッとする。
「そうですか。
それは大変でしたね」
「それより何で起こさないで先に行っちゃうの?」
若井さんと藤澤さんのいる目の前で、
そうコソッと不満気に文句を言う大森さん。
僕から言わせてみれば、
あれだけのけたたましいアラームでさえ、
起きないのが不思議だった。
朝に弱いのだろうか。
気持ちよさそうに爆睡していた大森さんを思い出して、
正直あれで叩き起こすとか無理だろと反論したくなる。
今や音楽・ラジオ番組だけにとどまらず、
映画主題歌の書き下ろしや、
映画・ドラマ撮影、
ロケ番組など、
あちこちで引っ張りダコ状態であまり休めてなさそうなのに、
休める時に休んでほしいと気を遣ったのが、
どうにも気に入らなかったらしい。
「あ⋯いたいた!
たっくんが遅いから探しに来たよ」
「ふーさんを待たせてすいません。
じゃあ、
僕はこれで⋯」
ガッ
え?
何故か大森さんが僕の腕を掴む。
チラッと顔色を伺うと、
焦ったような余裕のない表情だった。
それは大森さんが滅多にしない顔だ。
離してもらおうと彼の手に触れるが、
その力は弱まらなかった。
「二人で何するの?」
まるで問い詰めるように、
大森さんが普段よりキツい言い方になる。
何をそんなに焦っているのだろうか。
「新しいギターコードの練習を⋯」
正直に説明するが、
大森さんが遮った。
「俺が教えるから!」
これも珍しいことだった。
話を途中で遮るだなんて、
全く大森さんらしくない。
やっぱり疲れているのだろうか?
しっかりとした休息が足りれていないから、
焦っているのかもしれない。
「歌の指導も⋯」
「それくらい俺もできるから!!」
大森さんが興奮気味になり、
段々と声が大きくなる。
いやいや、
冗談でしょ?
いくら先輩だからといっても、
ここまで必死に食い下がるか?
もしかして何かある?
深瀬さんは友人だから指導を頼みやすい。
でも大森さんは10年以上もこの世界にいる大ベテランだ。
そんな人から直に教わるだなんて、
恐れ多すぎて気安く頼めることではなかった。
彼とは友人と呼べるほどの親密さはなく、
付き合っているわけでもないので恋人でもない。
つまり簡単に頼み事をできる関係性ではないのだ。
雫騎の雑談コーナー
はい!
まあ今回は踏ん張って、
ない知恵を引き出しの奥から捻り出して、
まあまあ長め(?)といえるのか、
それなりの文量にしました。
というのものね、
しばらく冬眠するのさ。
だからのその前に頑張ったんだよ。
ほら今日って4月26日でしょ?
今日のけたらあと4日で4月が終わるの。
そしたらどうなるかっていうと、
GWなるものがあるわけですよ!
その期間に書き溜められるだけ書き溜めて、
じわじわと更新日に公開していく予定であります。
なので引き続き小説は書きますが、
内容の公開は5月に入ってからになります。
何卒ご理解ご了承下さいまし。
話は変わりまして本編について語らせていただきます。
前回に引き続き大森さんからのキスを拒みはしなかったものの、
星崎はその意味を汲み取れずに勘違いしてしまうんです。
確かに深瀬さんは星崎の鈍さ加減を知っていますから、
ちゃんと「恋愛の意味で、
恋人になりたいくらい好き」とかなり具体的に告白しているんです。
それに引きかえ大森さんは「好きだよ」としか言わなかった。
だから星崎はそもそも大森さんの「好き」を告白だとすら認識してないんですよ。
恥じらいからはっきりと言わなかったこともあり、
星崎はストレートに告白した深瀬さんへ気持ちが傾き始めているという状況です。
それは現場に遅刻するというトラブルがありつつも、
撮影したCDジャケットに使用する画像からも見えると思います。
深瀬さんは星崎の直感めいたものを信じていて、
彼が選んだものなら外れがないと断言してます。
つまり大森さんより深瀬さんとの信頼関係の方が厚いとここで分かりますね。
さらに頼み事に関してもそう。
気心の知れた友人だから深瀬さんには言いやすい。
でも大森さんとは圧倒的な「格差」があるために、
その存在が偉大すぎて「恐れ多い」と遠巻きにしか関わりをもっていないため、
頼み事ができるほど気安い距離感ではないんです。
でも大森さんからしたら「好き」だと告白したと思っているから、
星崎の返事次第では恋人になれると解釈してますし、
深瀬さんよりも自分を頼ってくれないのはどうしてだと納得できないんですよね。
でもその信頼関係の弱さからくる焦りさえ、
星崎にかかればただの疲れだと受け流されてしまう。
大森さんからすればガッツリ深瀬さんに嫉妬しているのに気づかないんです。
だから結局は告白してもこの二人はすれ違ったまま。
次回はどうしよう?
大森さん視点で書いてみましょうかね。
ではでは〜
コメント
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星崎さん…重要な所で鈍感ですね…嫉妬丸出しな大森さん可愛すぎ…