コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ケイトは、体がだるいのを我慢してオフィスの椅子に深く座り直し、パソコンをカタカタと操作し始めた。まだ熱は完全に引ききっていないが、昨夜から何も食べていないことに気づく。思えば、整備士になってからというもの、ろくにまともな食事を取れていない日が続いていた。無性に腹が減り、温かいものが恋しくなった。
「…よし、今日は贅沢しちゃおうかな」
そう呟くと、彼女は迷わずピザ店のオンライン注文画面を開いた。出前ドローンで届けられるピザは、このスクラップ街のガレージでも手軽に温かい食事ができる選択肢だった。普段は節約のために自炊するケイトも、今日は特別だ。疲労と空腹で、思考能力も鈍っている。
種類を選ぶ指に力が入る。結局、定番のマルゲリータと、ペパロニピザの2枚を注文した。決済を済ませ、あとはドローンが届けてくれるのを待つばかりだ。ケイトは椅子の背にもたれかかり、大きく息を吐いた。クーパーがまだ枕元で丸まって寝ているのが見えた。
注文を終えたケイトは、もはや待っていられなかった。オフィスから出てガレージのシャッターを開け、外の敷地に出る。まだ肌寒い風が吹くが、温かいピザへの期待が彼女の体を突き動かした。
クーパーも、ケイトの行動に気づいたのか、彼女の傍らにちょこんと座った。そのモノアイは、空を見上げ、何事かというようにケイトを見つめる。まるで、「何か面白いことが始まるのか?」と問いかけているかのようだ。ケイトはクーパーの頭を優しく撫でた。
「もう少しで、美味そうな匂いがしてくるはずだ」
そう言い聞かせるように呟くと、クーパーは小さく鼻を鳴らし、再び空を見上げた。広大なスクラップ街の空は、今日ものっぺりとした灰色だ。遠くには、廃棄された大型機械のシルエットが霞んで見える。この静かなガレージに、まもなく温かいピザの香りが漂うだろう。ケイトは、早くもその瞬間が待ち遠しかった。
空を見上げていたケイトとクーパーの耳に、微かなモーター音が届いた。遠くの空に、小さな黒い点が現れ、みるみるうちに大きくなっていく。間違いなく、ピザの出前ドローンだ。
ドローンは、ケイトたちの真上までゆっくりと降りてくると、床のすぐ側に、熱気を帯びたピザの箱を2枚、そっと置いた。任務を終え、上昇しようとしたその瞬間、クーパーが豹変した。
「ワンッ!ワンワンッ!」
けたたましい吠え声を上げ、クーパーは興奮したようにドローンを追いかけ始めた。その動きは俊敏で、まるで獲物を狩る猛獣のようだ。ドローンは、クーパーを挑発するかのように、ふわりと上昇し、クーパーの届かない高さでくるりと旋回する。クーパーはそれに合わせて飛び跳ね、吠え続ける。追いかけるクーパーと、それを避けるように逃げ回るドローン。
その微笑ましい光景を、ケイトは優しい眼差しで見つめていた。熱でぼんやりしていた心に、温かい感情がじんわりと広がる。ドローンは、しばらくクーパーと戯れるように飛び回った後、最後に一回転し、遠くの空へと飛び去っていった。クーパーは、残念そうに、しかしどこか満足げに、その姿が見えなくなるまで見送っていた。