無自覚
静かな図書館。ペンの走る音と、ページをめくる音だけが響く。
そらとはノートに視線を落としながらも、隣のまなみの様子をちらちらと盗み見ていた。
今日のまなみは、ゆるっとした白いカーディガンに、ポニーテール。
うなじが見えてるのが、やたらと気になって仕方ない。
「なぁ、そこの数式わからんちゃろ?教えたろか」
「んー、ここ?ありがと、そらと」
まなみは身を乗り出して、そらとの肩にぴとっと腕が当たる。
その瞬間、そらとのペンがぴたりと止まった。
「……近い」
「え?」
「いや、なんでもなか」
低く言いながらも、そらとの耳は赤い。
そんなことには気づかず、まなみはさらりと甘い声で続ける。
「そらと、今日いい匂いするね」
「は?」
「なんか、落ち着く匂いするんよ」
まなみは頬をぺたりとそらとの肩にくっつけて、くんと小さく息を吸う。
そらとの脳内が真っ白になる。
「……お前な、図書館でなにしよるん」
「え?なんもしてないよ?」
「いや、“なんも”やないやろが」
声をひそめても、そらとの低音はいつもよりずっと険しい。
まなみはきょとんとした顔で、今度はノートをそらとの膝の上に置いて覗き込んだ。
その拍子に、柔らかい髪がそらとの腕をかすめる。
「ねぇ、ここってさ……」
「……っ、まなみ」
「ん?」
「……もうちょっと距離とれ」
珍しく真剣な声に、まなみはぱちぱちと瞬きをする。
でもすぐに、ふわっと微笑んで小声で囁いた。
「そらと、顔赤いよ?」
──爆発寸前。
そらとはぐっと椅子の背にのけぞり、深く息をついた。
「お前さ……自分がどんだけあざといことしよるか、自覚あるんか?」
「えぇ?うち、普通やのに~」
「普通じゃなかっちゃろ。こっちはもう、めっちゃ我慢しとるんぞ」
低い声で囁かれて、まなみの胸がどくんと跳ねる。
頬が一気に熱くなり、慌てて視線を逸らした。
「……そらとが勝手に意識しとるだけやもん」
「……お前、ほんとにそう思っとるん?」
「……え?」
そらとはゆっくりとまなみに顔を近づけ、耳元で低く囁いた。
「……今ここが図書館やなかったら、もうとっくに抱きしめとるっちゃ」
吐息がかかる距離で言われて、まなみは硬直したまま言葉を失う。
図書館の静寂の中、心臓の音だけがやけに大きく響いていた。