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不在城、令嬢の寝室でメイドのジーナがふと不審なものを見つけた。
「これは、シャツ……男物の?」
皺が寄っていて、脱ぎ散らかされたように見える。
えっ。なぜ、こんなところに?
そこまで考えて、ジーナの顔が赤くなった。
え、まさかそういう関係? アベル様、最低。令嬢はまだ十歳ですよ。
婚約されているとはいえ、いくらなんでも早すぎます。
「ジーナさん、ベッドメイキング終わりましたー?」
間延びしたミレナの声がして反射的に「ひゃん!?」とシャツすジーナ。
ドアを少し開けてこちらを見ている。
「ん? どしたんすか?」
「なんでもありません。もう少しかかるので、ちょっと待ってください」
ミレナは挙動不審なジーナを不思議がったが、そんなこともあるだろうとドアを閉めた。
「た、助かった」
こんなものが見つかっては、アベル様はおしまいだ。
私だけの秘密にして、こっそりアベル様を問い質さなければ……!
翌日、忙しい政務の隙をついて、ジーナはアベルに問い質してみた。
話したところではぐらかされてはたまらない、はしたないが、少し直接的な言葉を使う。
「僕がそんなことするわけないだろ。彼女はまだ十歳だぞ」
それは水が上から下に流れるように当然なことのような口ぶりだった。嘘をついているようには見えない。
え、もしかして私、読みを外しました?
じゃあ、あのシャツは一体。
「なぜ、そんな質問をする? 何があった?」
心配そうに聞き返すアベルに「すみませんでした」と頭を下げて、ジーナは逃げるように立ち去る。
逃げながらジーナは考える。
もし、あのシャツの持ち主がアベルでなかった場合、事態はより深刻だ。
アベル様というものがありがなら、令嬢は他の男と?
本当に大変なことだ。
たぶん、令嬢の意思はそこにない。かわいそうに無理矢理に手籠めにされているのだろう。子供が大人に力で敵うわけもないのだ。いつからなの? 今まで誰にも助けを求めることもできずに、ずっと?
そんなの、かわいそうすぎる。
感極まってジーナは泣いた。カーテンの隅で、こっそり泣いた。
罪人は内々に処理し、フリージアの土になるだろう。
でも、その前に傷ついた令嬢の心をいたわるべきだ。最愛の王子からこの件を追求されたら、いったいどれだけ傷つくか。心が耐えられないかもしれない。
だからこそ、秘密は守られねばならない。
ここは侍女であるこの私がうまく働かなくては。
「お嬢様、いらっしゃいますか!」
「な、何よ急に」
書き取りの練習をしていた令嬢がびくっとした。令嬢は読みは得意だったが、書くのはまだ不得手だったので、最近練習しているのだ。
まだ下手な字を見られたくないのか、紙を抱き寄せて隠している。
いじらしい、こんなにかわいい子を傷つけるようなことをこれからしなければならないなんて。でも、誰かが追求しないと。ずっとお嬢様は……。
「お嬢様、お嬢様のベッドからこれが見つかりまして……」
シャツを見せられた令嬢は、反射的に「あ」と手を伸ばして引き下がる。
この反応は何? まるで大切なものをとられたみたいな。
そんな、まさか。
誰かに手籠めにされているかと思ったけど、恋仲なの? なんてこと、アベル様かわいそう。いえ、まだそうと決まったわけではないわ。
そもそも、令嬢だって政略結婚で無理矢理ここに連れてこられただけ。アベル様は確かに令嬢を愛したけれど、一方的な片思いだったのかもしれない。
令嬢の側からすれば、断ったら戦争が起きる以上。拒否するなんてできない。
本当は別に好きな人がいた。
それは略奪愛だったのかもしれない。でも、今は本当の恋になったんだ。
待って、それは本当に愛なの? 一時的に燃え上がっているだけじゃないの? 目を覚まして!! 本当はどっちが好きなの!?
「あの、ジーナ。それを返しなさい」
思考がオーバーヒートしかけていたジーナが途端冷静になる。
ここで咳払いをひとつ。
「返せません」
「……? なぜですか」
聞きたいことは山ほどある。
できるだけ傷つけずに、でもはぐらかされないような言葉を使わなければ。
「お返しするのは、このシャツが誰の物かお答えいただいてからです」
ぐっと令嬢は言葉に詰まる。
言えるわけないわよね。でも、必要なことなの。
じりじりと焦げる空気に根負けして、令嬢が口を開く。
「アベルのよ……」
すごい演技だ。とジーナは思った。まるで本気で言っているようにしか見えない。そこまでして相手を守ろうというのか。これは本物かもしれない。
でも、ここでごまかされるわけにはいかないのだ。
「冗談はおやめください。アベル様にも聞きましたが、ご存じないようでしたよ」
「ひどい! なんでそんなことするの!」
「必要なことです」
令嬢はわーとなって布団にダイブし、足をばたつかせてしまった。
おいたわしや、お嬢様。
「お嬢様、白状してください。このシャツは誰のものなんですか」
ジーナがそう強く踏み込むと、令嬢のパタパタ足が止まった。長い沈黙が訪れるかと思いきや、返答は早かった。
「……? アベルのに決まってるじゃない」
言いにくい、言いにくいけれど。言わなければならない。
「しかし、アベル様は」
次の沈黙は長かった。しばらくして令嬢が再び口を開く。
「まず、他の男だったらその男はシャツなしで部屋を出ることになるでしょ。アベルであっても同じです。たぶん、はしたない妄想をしているんでしょうけど、そんなことにはなっていません。安心してください」
若干早口での説明にジーナは納得した。
言われてみればそうだ。
そもそもシャツを忘れて帰るというのはずいぶんマヌケな話である。もし、見つかれば今回のように大騒ぎになるのだから。
では、なぜシャツがこんなところに?
「それは……」
令嬢は赤くなって続ける。
「わたしが、盗んだ……から」