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「あれっ? 彼女消えたよ」
と雅道に言われ、なにっ? と有生は辺りを探す。
夏菜はデザートに誘われたのか。
小さなケーキなどが並ぶ庭のテーブルの前にいつの間にか移動していた。
だが、皿とフォークを手にしたまま、夏菜は妙な笑顔を顔に張り付かせ、固まっているようだった。
どうやら、英国人の招待客に話しかけられて、答えられないでいるらしい。
あいつ、英語しゃべれないのか。
仕方のない奴だ、と思いながら、溜息をついて行こうとすると、さっき少し話した中国のIT企業の社長とかいう男が、夏菜に助け舟を出していた。
颯爽とした感じの若いイケメンだ。
「ほら、早く行かないから、別の男がいいとこ見せてるじゃないか」
と横から雅道が言ってくる。
「お前のせいだろうが」
と睨みながら、庭に出た。
その中国のイケメンを介して、三人で歓談していたようだが、やがて、英国人紳士はいなくなり、イケメンと夏菜の二人になっていた。
夏菜め。
ちょっと目を離した途端にこれだ。
中国のイケメン社長、そいつは大和なでしことかじゃないぞ。
そんなもの、とっくの昔に絶滅してるし、と思いながら近づくと、夏菜とイケメン社長は広東語で話していた。
「待て」
と挨拶もそこそこに有生は割って入る。
「お前、英語話せないのに、何故、広東語が話せる」
「いや、うちの道場、カンフー好きの人も多くて。
昔のカンフー映画とか、広東語でみんな見てるんで。
うちの兄も好きだったし」
「兄、いたのか。
何故、お前が七代目だ」
「あ、社長にはお話してませんでしたっけ?
おにいちゃん、七代目が嫌で何処かに逃亡しちゃって」
「呪われるからか」
「道場継ぐのがですよ」
と夏菜が言ったので、
「貴女、道場の人なんですか?」
と日本語でイケメン社長が話し出し、武道の話になり、観光の話になり、和やかに笑って別れた。
その間に、雅道はデザートを見に来た美人の客と話して盛り上がり、付き合おうかという話になり、珈琲を飲む頃には別れていたらしい。
意味がわからない……。
「で、カンフー映画で広東語を覚えたのか」
と有生は夏菜を問いただす。
「いや、それもなんですけど。
貴方が祟ってきたら、海外に逃げようかなとか思って」
「海外に逃げて祟りがどうにかなるのか」
「っていうか、広東語しか話せなかったら、香港、マカオくらいにしか逃げられないよね」
と珈琲を飲みながら、雅道が口を挟んできた。
「そうか。
お前にも彼女ができたか。
なら、もうお前の名前は使わないようにするよ」
別れ際、雅道はそう有生に言っていた。
「いや、そもそも使うな」
と有生が言うと、
「いやいや。
お前に騙された、と思って訪ねていった女と恋が始まるかもしれんだろ?」
と雅道は言う。
「そんな始まり方はごめんだ……」
そう言う有生にも雅道は、
「なんでだ。
俺が付き合ってた女は、いい女ぞろいだぞ」
と言って笑っていたが。
「何処か美味いものでも食べに行くか。
雪丸も」
と帰りの車で有生は言ったが、雪丸は、
「いやいや、遠慮しときます。
あなた方、庶民は気疲れしそうな店に行きそうなので」
と言って笑っている。
「私も結構食べちゃったので、デザート」
もういいです、と夏菜が言うと、有生は困った顔をした。
「お前と少し出かけてみようと思ったのに。
食事に行かないのなら、何処に行っていいかわからないだろ」
と言う。
「……まあ、そうですよね」
と思わず言うと、ははは、と雪丸が前を見たまま笑って言った。
「おふたりともデートとか慣れてないんですね」
その言葉に、有生が、
「お前は慣れてんのか」
と雪丸に訊く。
「慣れてはないですけど。
カップルでなくとも、それっぽい感じで男女で出かけたりするでしょ、学生時代って」
ふたりとも沈黙した。
有生も意外にもそういう経験はなかったようだ。
「じゃあ、定番な感じの、映画観賞とかどうですか?」
そう雪丸に提案されたが、有生は眉をひそめる。
「いや、俺はカンフー映画は好きじゃないんだ」
「……あの、カンフー映画好きなのはおにいちゃんと道場の人で、私じゃないですからね」
そして、今、上映していません、と思っていると、有生は、
「それに一緒に映画を見に行ったところで、相手のひととなりなんてわからないだろ。
黙って映画見てるだけなのに」
と雪丸に言っていた。
「そりゃそうなんですけど。
でも、二人でずっと会話してたってわかりませんよ。
最初はみんな、おのれを偽ってますからね、デート中は」
うーん。
なるほど、そうかもなーと夏菜も思う。
いいように見せるつもりはなくとも、つい、気を使ってしまったりして、本来の自分は出せない気がする。
「女性なんか特にですよ。
自宅では風呂上がりに半裸で冷蔵庫開けて、ビールをぷはーっとかやってる人も、最初は、そんなとこ見せないでしょ?」
……いや、私はやってませんよ、半裸で、ぷはー。
うち、男の人が多いですからできないですしね、と夏菜が思っていると、
「半裸で、ぷはー、ね」
と何故か口の中で繰り返したあとで、有生はこちらを振り向き、言ってきた。
「夏菜」
「はい」
「しばらく一緒に暮らしてみるか」
「……何故ですか」
「その方がお互いの本性が効率的に見極められていいだろう」
有生のその言葉に、雪丸が苦笑いして、
「いや、大抵の場合、そこは見極めない方がいいと思いますけど」
と言っていたが。
結局、三人でハンバーガーを食べに行った。
港の近くで眺めもいい。
「私、久しぶりに食べました、こういうの。
おいしいですね」
「俺も久しぶりだな。
なかなか食べる機会がないから」
「僕は食べる機会ばかりなので、いつも食べてます」
と雪丸が言ったので、
「だから、ちゃんとした店に行くかと訊いたろう」
と眉をひそめて有生が言う。
「いえ、嫌だって言うんじゃなくて、落ち着くって意味ですよ」
そう雪丸が行ったとき、夏菜はふと、雪丸が此処に来ることになった原因を思い出していた。
「そうだ。
あの二人の決着はどう着いたんですかね?」
と夏菜が銀次たちの話を振ると、有生は、
「ああ、二人でまだぐるぐる回ってるんじゃないか?」
と言う。
……回ってるかも、と夏菜が思ったとき、有生が言ってきた。
「ところで、一緒に住む話だが」
その話題、そっと忘れてくれることを願ってたんですが、と思いながら、夏菜は寒いのに、タピオカミルクティーをすすっていた。
タピオカは油断すると、喉に飛び込んでこようとするので、下手な刺客より恐ろしい。
このまま誤魔化されてくれそうにないので、
「じゃあ、あの、うちの道場に泊まり込みますか?」
と訊いて、
「それだと修行だろ……」
と言われてしまう。
でもですね。
貴方がずっと同じ屋根の下にいるというだけで、私は一日中、緊張してしまいそうなんですよ、と夏菜は思う。
「まあ、とりあえず、お前の親御さんとかにご挨拶して、許しを得ないとな」
と有生は言うのだが。
「うちの親はなかなか捕まらないですよ。
仕事であちこち飛び歩いてるので」
と夏菜は言った。
「海外とかか?」
「海外もあります。
それで私はずっとおじいさまの道場で暮らしてるんですよ」
さっきの話を聞いていた雪丸が笑って言った。
「夏菜さん、香港とマカオにしかついていけないですもんね」
……ハワイも行けますよ。
日本語通じますからね、とまた刺客に襲われながら、夏菜は思う。
そのまま道場に戻り、有生は頼久に結婚前に少し同居させて欲しいと頼みに行った。
あの……まず、私の許可を得て欲しいのですが。
どうして、おじいさまが先。
まあ、おじいさまもそんなことお許しにならないだろうけど、と思いながら、夏菜も同席していたのだが。
頼久は有生の話にうむうむと頷き、
「わざわざ、わしの許可を得に来るとは感心だな。
まあ、それもいいかもしれんな」
と言い出す。
「えっ、おじいさまっ」
と夏菜は腰を浮かし、訴える。
「その代わり、結婚まで夏菜に手を出すことは許さんぞ」
「……わかりました」
と有生が言ったので、そのまま話がまとまりそうになり、夏菜は焦った。
だが、所詮は夏菜の祖父、発想は同じだった。
「どうする? うちの広間で寝泊りするか?」
そう訊いてくる頼久に、有生は少し疲れたような顔で、
「いや……、だから、それだと修行ですよね」
と夏菜に言ったのと同じセリフを繰り返していた。