テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「でね、あの子綺麗な顔してたから……小さい頃はよく私とななちゃんの服着せて髪の毛結んだりして遊んだのよぉ〜。結んだトコにリボンとか付けたらホント可愛くてぇ♥」
「ななちゃんって……彼のもう一人のお姉さんですか?」
「そうそう。一番上の」
「えー、それは私も見てみたいです!」
「実家にアルバムがあったはずだから……今度写真撮ってこっそり羽理ちゃんの携帯に送ってあげようか?」
「わぁー。いいんですか? 楽しみですっ」
そんなわけで、羽理は柚子とメッセージアプリのID交換をした。
「あっ。たいちゃんには私と繋がったの、内緒ね?」
シーッと唇に人差し指をあてがってウィンクする柚子に、「はい、内緒です」と答えてクスクス笑っていたら、柚子がふと真顔になって言うのだ。
「ね、羽理ちゃん。今日は丸一日フリーでしょう? 携帯で送るより今からうちの実家に行って、現物見ない?」
「え?」
「ほら、今日はたいちゃん、下に車、置いてってるし、ちょっと拝借してブーン!ってドライブがてら」
「大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ。たいちゃんにとって柚子お姉さまの言葉は絶対だもの。『ちょっと羽理ちゃんとお出かけしたいから車借りるわね』ってメールしとけば問題ないわ」
そんなわけで、羽理は急遽大葉の生家――屋久蓑家へお邪魔することになった。
***
「で、最初の話に戻るんだがな」
「……大葉さんが荒木さんとのことをしばらくは社内で伏せることにした理由……ですか?」
「ああ……」
大葉は岳斗に、社長の土井恵介が、ゆくゆくは自分のことを『土恵商事』の社長に据えたいと考えている旨を明かした。
もちろん内々のことだから、大葉だって第三者にポンポンと打ち明けるべき話ではないということは心得ている。
だが、それを分かった上で……敢えて岳斗にはちゃんと話しておこうと決意したのだ。
さっき、大葉が岳斗のことを信じると言った言葉に嘘はない。
「岳斗、お前は俺と社長が血縁関係にあることを知っている。だから話したんだ」
そう前置きをして、大葉は小さく吐息を落とす。
「社長は……俺がそう言う立場にあることで、羽理が他の社員らから妬みの対象になるんじゃないかと懸念しているみたいでな、羽理とのことを公表するのは待つようにって言われた」
「でも……大葉さん、それじゃあ二人の気持ちは……」
「俺たちの気持ちはもちろん大事だ。けど……かつての自分のようになってもいいのか?って聞かれちまったら……さすがにちょっと考えるだろ?」
恵介伯父の言葉を思い出した大葉が思わず自嘲気味に吐息を落としたのを見て、その原因を作っていた岳斗は罪悪感に駆られたらしい。
「……すみません、僕のせいですね」
「あー。いや、すまん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ほら、さっきも言っただろ? 過去のことはもう割り切ってるって。――けどな、羽理のことは……。彼女のことはこれから起こるかも知れないことだろ? 俺は羽理が傷つくのだけは絶対に嫌なんだよ。だから……そこは少し慎重にいきたいんだ」
羽理とのことをすぐさま公に出来ない理由、分かってくれたか?という気持ちを込めて岳斗を見遣れば、彼が気持ちを切り替えたいみたいに小さく吐息を落としたのが分かった。
ややして、
「……分かりました。ではそれを踏まえた上で、僕はお二人のことをしっかりサポートしていきたいと思います」
そう答えてくれて、大葉はホッと胸を撫で下ろしたのだ。
自分一人では穴だらけになってしまうかもしれないことも、岳斗が協力してくれれば上手く乗り切れる気がして。
ブブッと机上に置いたままのスマートフォンが振動したのを遠目に見遣りながら、大葉はそんな風に思った。
***
「たいちゃんには車借りるねってメールしといたから大丈夫よ」
にこっと笑う柚子に、「さぁ行きましょう」と背中を押されて、羽理は何度か座ったことのある大葉の愛車――黒いエキュストレイル――の助手席へ乗り込みながら、ズキンと走った股関節の痛みに「はぅ!」と悲鳴を上げる。
そうしながら、ここまで肩を貸して連れて来てくれた柚子を涙に潤んだ目で見上げた。
「……あの、柚子お義姉さま、大葉からの返事は」
「まだよ? ……仕事中だもん。すぐに返信もらえないのは仕方ないわよー」
クスクス笑う柚子に、羽理は「でもそれだと無断借用になるのでは?」と、至極真っ当な問いかけをする。
「そーお? 姉弟だからきっと大丈夫だと思うけど……。どうしても羽理ちゃんが気になるって言うなら、ここから実家までは徒歩十五分圏内だし? 歩いていくことも出来るけど……羽理ちゃん、今はそれ、無理っぽいよね?」
「……はい」
「だったら開き直って車で行くしかないわねー?」
「うー」
それは本当のことなので頭を抱えてうなったら、「……ね、羽理ちゃん。たいちゃんの小さい頃の写真見たいでしょう? 実家に行けばきっと……何枚か持ち帰ることも可能よ?」とか柚子が何とも魅力的な悪魔の提案を投げ掛けてくる。
羽理は抗いがたいその誘惑に、気が付けば「行きます!」と答えていた。
「じゃあ善は急げよ? さぁ行きましょう!」
柚子の辞書には、〝待つ〟という言葉は載っていないらしい。
***
大葉の家から――つまりは土恵商事からそれほど離れていないはずなのに、周りの家々よりも三倍は広く見える敷地のなかに、屋久蓑家はあった。
「ほら、遠慮せず入って入って」
大葉の幼少期の写真見たさに、つい深く考えもせず柚子についてきた羽理だたけれど、 威風堂々とした数寄屋門を前に、今更のように〝彼氏のご実家〟という重圧にビクビクしていた。
しかも――。
コメント
1件