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(立派すぎるんですけどぉぉぉ!)
何せ幼い頃を過ごした羽理の生家は四階建て市営住宅(エレベーターなし)、三階の一室。
3LDKと家族向け想定の間取りなのは、もともとそこが母の実家で、羽理がまだ幼い頃は祖母も含めた三人家族だったときの名残だ。
祖父は、母が大学生の頃に病気で他界したらしいが、祖母はとっても元気で、今はその祖母と一緒に、市営を出て平屋の持ち家一軒家に移り住んでいる。
生まれたときから父親のいない私生子だった羽理にとって、父方の祖父母なんて最初から居ないも同然だったから、こんな大きな家自体に無縁でここまできた。
柚子から急かされるようにして、痛む身体を叱咤激励しつつヨロヨロと通り抜けた立派な門は、飴色に変化した味わい深いヒノキ材の柱と、格子引き戸が特徴的で、見上げれば三州瓦の屋根まで冠していた。
(こんな立派な門があるのって、料亭とか旅館だけだと思ってた!)
門を抜けると、そこから御影石で作られた石畳が真っすぐ伸びていて、その先にいかにも〝由緒正しきお屋敷ござーい♪〟といった風情の重厚な作りの日本家屋が鎮座ましましている。
土地が広いからだろう。大きなその邸宅は、平屋でもたっぷり居住空間を確保しているように見えた。
家自体の大きさにも圧倒された羽理だったけれど、何より驚かされたのは庭の広さだ。
でも――。
「え? ……はた、け?」
目の前に広がる敷地の大半を占めているのは、いわゆる日本庭園と呼ばれるようなものではなくて……。そう、いま羽理が思わずつぶやいてしまったように、一言でいえば〝畑〟だった。
「面白いでしょう? 車で三〇分ほど行ったところには三ヘクタール超えのだだっ広い畑もあるのよ? なのに家までこんなにしちゃって」
ビニールハウスもあるらしい広大な畑の方の経営は、ほぼ土恵商事が担っているのだと説明された羽理は、「え?」とつぶやいた。
「何でうちの会社が?」
「あれ? たいちゃんから聞いてない? うちの両親、総合商社勤務だから……畑にはほぼノータッチなのよ」
父方ではなく、母方のほうのご実家が専業農家らしいのだが、子供が後を継いでくれなかったから家業継続のため外部へ業務委託に出していると言うことかしら?と思った羽理だ。
「あの……農業をやっていらしたというおじい様と、おばあ様は……」
「健在よー。いまでも元気に畑へ出てるわ」
柚子の言葉を聞いて、家族というものに縁の薄い羽理は何となくホッとしたのだ。
「正直な話、経営は土恵って言ったけど……野菜作りに関しては八割がた祖父母のサポート要員って感じかしらね」
羽理は、ふふっと笑う柚子を見て、大葉が現場に出ては土いじりをしたがるのは、こういうお家で育ったからなんだろうなと納得した。
***
「さぁどうぞ」
カバンから取り出した鍵で玄関扉を開錠した柚子を見て、羽理は『おや?』と小首をかしげた。
てっきりインターホンを鳴らして、中から開けてもらうと思っていたからだ。
「お邪魔……しま、す……」
柚子にうながされるまま、まるで生まれたての小鹿みたいな足取りでゆっくりと広い玄関に足を踏み入れる。
(痛い……)
朝よりは大分マシになったけれど、とにかく股関節と腰の辺りが動くたびに悲鳴を上げる。
「もぉ、羽理ちゃんったら! そんなに緊張しなくても大丈夫よ? 身体、辛かったら壁を支えにしてズリズリ歩いていいんだからね?」
羽理は、差し伸べられた柚子の手を握りながら、「でも……初めてのご実家でそんな失礼な態度……」とソワソワしたのだけれど。
「ああ! 誰かいると思って気にしてるのね? 大丈夫よ。いま、この家には私たちしかいないから」
大葉の両親は商社勤めという話だったから、恐らくは仕事中なんだろう。
でも、もしかしたら屋久蓑の方のおじい様・おばあ様か、畑をやっておられるという祖父母のお二方がご在宅かな?と思ったのだけれど
「あの……おじい様やおばあ様がいらっしゃるのでは……」
「ん? ここにはもともとうちの家族しか住んでなかったから……。私たちが巣立った今は両親二人だけよ」
「こ、こんなに広いのにですかっ!?」
柚子の言葉に、羽理は思わず叫ばずにはいられなかった。だってこんな広い家に二人きりとか……寂しすぎるではないか。
「あー。この家無駄に大きいもんね。……けど、大丈夫よ。たいちゃんがしょっちゅう帰って来ておかずとか作り置きしてるはずだし、そんなに寂しくないはずだわ」
「え?」
羽理の驚きの声に、柚子が「たいちゃんらしいでしょ?」とクスクス笑ってから、
「あっ。でも最近はあんまり帰って来てないかしらねー」
そこまで言って、何故か羽理を見詰めて意味深長な笑みを浮かべるのだ。
柚子から向けられた表情の意味が分からなくて、羽理はキョトンとしてしまう。
「さっき庭の畑を見たとき、手入れがちょっぴり手薄になってたの、気付かなかった?」
畑にはキュウリやトマト、ナス、トウモロコシ、サヤインゲンなどが植えられていた。
水やりが若干足りていないのか、葉っぱが少しシナッとしているように見えたけれど、あまり水を与え過ぎない方が野菜の味が濃厚になったりすると言うから、そういう意図があってのことかな?と思っていたのだけれど。
自分では野菜などを育てていなくても、一応青果専門に扱う土恵商事の人間として、そのくらいは知っていた羽理である。
でも素人に毛が生えた程度の羽理が知っていることなんて、専業農家を営む祖父母を持つ柚子ならばきっと知っていそうだ。
「葉っぱの虫食い、多いなって思わなかった?」
羽理の疑問を感じ取ったのだろう。柚子がそう言って微笑んだ。
「あ……」
遠目だったからそこまでじっくり見たわけではないけれど、言われてみればそうだった気もする。
「たいちゃん、無農薬にこだわってるから……。ちょっと気を抜くとすぐ虫が付くのよ」
言われて、何となく分かっていたけれど、庭の畑の管理者は大葉なんだなと羽理は確信したのだけれど。
だからと言って、そのことと先程の柚子の含みを持った笑みの関連性が見出せなくて、羽理がソワソワと柚子を見詰めたら、またしてもクスッと笑われてしまった。
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