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▶ 断罪の会議室、そして「現場」の導き出す答え
【決戦】役員会への強行突入と真相暴露、そして【余波】村田の下す決断
マルトクテック本社最上階、第1特別会議室。重厚なマホガニーの扉の向こうでは、会社の命運を決する緊急役員会が、最悪の空気の中で進んでいた。
議長席に座る佐伯紗江は、先ほどの全社放送による攪乱で青ざめてはいたものの、長年築き上げた組織内での「政治力」を最後の盾に、必死の弁明を続けていた。
「……以上の通り、先ほどの放送はハッキングによる捏造の可能性があります。月影、および村田の独断専行を隠蔽するための卑劣な策動です。今、我が社が優先すべきは、対外的な不祥事の火消し。そのためには、元凶である彼らの即時解雇を――」
その言葉を切り裂くように、扉が外側から激しく開け放たれた。
「――残念ながら、その火消しは必要ありません。佐伯部長」
月影真佐男の声が、会議室の静寂を震わせた。背後には、一点の曇りもない眼差しをした村田孝好が立っている。役員たちが騒然とする中、月影は迷いなく中央のモニター前へと歩みを進めた。
「月影! 警備員は何をしているの! 下がりなさい!」
佐伯の絶叫に近い制止を無視し、月影は手元のタブレットをメインシステムに同期させた。
「自治体、および警察への報告はすでに完了しています。証拠として提出したのは、我々が独自に記録した『加工なし』の全編動画、ならびに臼井マネージャーが復元した人事部の通信ログ。そして――」
月影が画面を指し示す。そこには、本社のエントランスを潜り抜ける一人の女性の姿がリアルタイムで映し出されていた。
「もうすぐ、ここへ『真実』が到着します」
数分後、静まり返った会議室に、軽部トシ子が姿を現した。かつての怯えた様子はどこにもない。彼女は真っ直ぐに役員たちの顔を見渡し、最後に佐伯を見据えた。
「私は、軽部トシ子です。……私の姉と、そこにいる佐伯部長が画策したことは、すべて嘘です。村田さんは私を脅かしてなどいない。むしろ、冷え切った私の生活の中に、人としての温もりを届けてくれた唯一のスタッフです。彼を罰するというのなら、この会社から救われる顧客は一人もいなくなります」
トシ子の毅然とした証言に、役員たちがどよめく。臼井が全社放送で流したデータと、被害者本人による直接の否定。もはや、佐伯が積み上げた砂の城を支えるものは何もなかった。
「佐伯部長。あなたは現場を『毒』と呼び、個人の善意を『組織の不純物』として排除しようとした。けれど、組織を腐らせていたのは、数字と保身のために顧客の人生をチェスの駒のように扱った、あなた自身の冷徹さだ」
月影の静かな断罪に、佐伯は力なく椅子に崩れ落ちた。役員会の議長が、即座に彼女の解任と、事態の再調査を宣言したことで、マルトクテックを揺るがした長き夜は、ようやく終わりを告げた。
数日後。
騒動が沈静化し、軽部昭代や法務OBへの法的措置が進められる中、管理統括室にはかつての静けさが戻っていた。
月影のデスクの前に、村田が立っていた。その手には、一通の封筒が握られている。
「……やっぱり辞めるのかぁ、村田」
月影が尋ねると、村田は静かに、しかし晴れやかな顔で頷いた。
「はい。今回の件で、僕は自分の『オプション』の意味を履き違えていたことに気づきました。会社という枠組みの中で、特定の誰かを守り続けることの限界と、その危うさを。……僕は、もっと自由な場所で、一人の人間として、困っている人の隣に立ちたいんです」
村田の下した決断は、会社への絶望ではなく、自らの「現場」を再定義するための旅立ちだった。
「村田くん……」
隣でモニターを見つめていた臼井が、寂しげに、だが誇らしげに彼を見つめる。
「月影さん、臼井さん。お二人には、本当の『現場の矜持』を教えていただきました。……次は、組織の盾がなくても、一人の人間として誰かを守れるようになります」
村田は深く一礼し、慣れ親しんだフロアを後にした。
エレベーターホールまで彼を見送った月影は、去りゆく背中に向けて、一度だけ短く声をかけた。
「村田」
振り返った青年に、月影はかつてないほど柔らかな、ぬくもりのある声で言った。
「――折れるなよ。お前のような男がいなくなれば、この世界はもっと冷たくなる」
「……はい! ありがとうございます!」
村田の笑顔が、春の陽光のように弾けた。
管理統括室に戻った月影は、空になった村田のデスクを一瞥し、再び無機質なモニター群に向き合った。組織は続く。問題は尽きない。だが、その胸の奥には、村田が残していった「無自覚なインフラ」としての温かな火が、消えることなく灯り続けていた。
(つづく)
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