目的の錬金術師ギルドに到着したのは、少し急ぎ足で向かって14時過ぎ。
普段通り入口から中に入ると、テレーゼさんのいつも通りの大声が響いて――
……。
――こなかった。
「あれ? 今日はテレーゼさん、お休みなのかな?」
「受付には別の方がいますね」
……ふむ。
お休みじゃなくても、倉庫整理をしていたことが以前あったっけ……?
まぁ、帰るときにまた寄ってみようかな。
何しろ今は、お腹がペコペコだ。まずは自分たちのお腹を|労《いた》わってあげないとね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂に行くと、時間も時間ということで人はあまりいなかった。
遅い昼食をとってる人や、早めの夕方の休憩をしている人がいるくらいか。
店員さんはいつものおばちゃんだったので、いつも通り胸の話をスルーしながら注文を終える。
エミリアさんがププピップステーキのセットを頼んでいたので、それならばと私も同じものを注文した。
……食べきれなかったら、エミリアさんにお願いすることにしよう。
きっとこれくらい、余裕のはず。
「ここまでくれば、あとは待って、食べるだけですね!」
目の前のエミリアさんは、見るからにそわそわとしている。
たまにお腹の音が聞こえてくるのは、聞かなかったことにしてあげよう。
「そうですね。儀式も大変そうでしたし、お腹も減りますよね。
ところで儀式って、やっぱり疲れるんですか?」
そもそもあんなにも大勢の中で何かをする……というだけで、私は疲れてしまいそうだ。
加えて、魔力もそれなりに消耗してしまうという話も聞いていたし。
「そうですね、魔力をこう……緩やかに出し続けるので、やっぱり疲れちゃいますね。
でも今回は『アイナさんの役に立ちますように~』って念じながらやっていたので、なかなか楽しかったですよ」
「それはどうも……。
ということは『浄化の結界石』の中に、エミリアさんの魔力も宿っているんですね」
「そうかもしれませんね。ここまでやったんですから、わたしも早く最終形態を見てみたいです!」
最終形態というのは、神器のことかな?
神器作成に必要な『浄化の結界石』は今日揃えることが出来たから、これはもうクリアだ。
残りの素材は『オリハルコン』と『光竜の魂』。
この2つがクリアできれば、ようやく神器に手が届くんだけど――
「……残り2つの素材は、どこにあるんでしょうねぇ……」
もしかして王様の言うことを無条件に聞いていれば、オリハルコンはもらえちゃうかもしれない?
……いやいや、さすがにそのトレードオフはどうなんだろう。やっぱり、色々と怖いものがあるし。
仮にオリハルコンをもらえたとしても、最後の難物がもう1つあるからね。
早い段階から、自分の運命を完全に他者に委ねるというのは、基本的には止めておいた方が良いだろう。
「うーん……。両方とも、近場で手に入れば良いんですけど……」
エミリアさんはそう言うが、それもきっと難しいだろう。
しかしそうすると王都から離れる必要があるわけで、そうなるとエミリアさんとはお別れということになってしまう。
……ある意味、私を王都に留めている理由のひとつはエミリアさんたったりして。
「お待ちどうさま! たくさん食べるんだよ~♪」
話の途中で、おばちゃんが2人分の食事を持ってきてくれた。
「ありがとうございます!
何にせよ、まずはしっかり食べるところからですね!」
「そうですね。……それにしてもエミリアさん、お肉が山のようになっていますよ?」
「今日は味より量です! いえ、しっかり美味しいので、味も量も、です!」
「それは最高ですね。では頂きましょう」
「はーい!」
食事の挨拶とお祈りを済ませてから、私たちは遅めの昼食をとることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――満足、満足です!」
食堂から出て、ご満悦のエミリアさんが言う。
確かにこういう場での食事としては、ププピップは群を抜いて美味しい。
さらにエミリアさんの場合は、食べた量も……凄かったからね。
「それは良かったです。
あ、そうだ。帰りに受付カウンターに寄っても良いですか?
テレーゼさんがいれば、少しお話をしていきたいなって」
「分かりました!
やっぱりここに来たら、テレーゼさんのあの挨拶が恋しいですよね」
……いや、あの挨拶は別に。
ちなみにグランベル公爵のお屋敷に行ったあと、錬金術師ギルドには2回来ていたんだけど――
何だかんだでテレーゼさんには、シェリルさんのことをまだ話せないでいた。
でも今日は『浄化の結界石』を作るという一大イベントもこなしたし、シェリルさんのことを話してみることにしようかな。
ひとまずは無事でいること、会えないけど王都の近くにいること……それだけなら伝えられそうだ。
そんなことを考えながら受付カウンターに向かうと、テレーゼさんの姿は見えなかった。
……あれ? やっぱり今日は、お休みなのかな?
「すいません。今日はテレーゼさん、お休みですか?」
「いらっしゃいませ。はい、今日は早退いたしました」
「え? 早退?」
「……あの、失礼ですが、Sランク錬金術師のアイナ様ですよね?
お見えになったら話があると、ダグラスさんから言伝を頼まれていまして」
「そうなんですか? えっと――」
ちらっとエミリアさんの方を見ると、『どうぞどうぞ』といった感じで相槌をくれた。
「――分かりました。それではお願いできますか?」
「はい、少々お待ちください」
受付の女の子は、静かに奥へと消えていった。
何となくテレーゼさんを思い浮かべてみると、彼女はいつも、こういうときはもう少し慌てる感じだったかな?
いつの間にか、普通の対応をされるのが物足りなくなってしまっていたりして……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもの応接室に一人で待っていると、しばらくしてからダグラスさんがやって来た。
「こんにちは、ダグラスさん」
「ああ、こんにちは。突然、すまないな」
「いえいえ。それで、今日はどうしたんですか?
さすがにS+ランク昇格の通達……とかではないですよね」
「アイナさん、実はそのまさかなんだ……」
「えっ!?」
「……すまん、嘘だ」
「えぇーっ」
正直ドキッとはしたが、そんな上手い話はなかなか無いだろう。
でもグランベル公爵に増幅石を作ってあげたし、もしかしたら……という思いも無くは無かった、というのが本当のところだ。
人間というのは、何とも欲深きものである。
「えーっと、な……。
実は今回呼んだのは、錬金術師ギルドの仕事とはあまり関係なくてな……」
「そうなんですか? というと、個人的なこと……?」
「個人的なこと……うーん。まぁ、テレーゼのことなんだが」
「テレーゼさんの?
そういえば今日は早退したって聞きましたけど、体調が悪かったんですか?」
「うん……最近どうも、具合が悪いようでな。
聞けば、ここ1週間くらいはまともに眠れていないらしい」
「えぇ……? この前会ったときは……そういえば確かに、声の大きさが少し小さかったような?」
「あれでも十分大きかったけどな……。アイナさんも、ずいぶんと慣れたものだ……」
「あはは……。
でも眠れないってことでしたら、食事会のときに睡眠薬をあげましたけど、使ってないのかな?」
「あ、いや。それのおかげで、ここのところはどうにか眠れていたらしいんだ。
そこは、うん、ありがとう」
「でも1週間も使い続けたら、さすがにもう切れちゃいますよね。ポーション瓶で1本分だけでしたし」
「そうなんだよ……。
それに『せっかくアイナさんにもらったのに、無くなっちゃった……』って、凄い落ち込みようでなぁ……」
「薬は使うものなので、私としては使ってくれた方が嬉しいですけどね。
えっと、それじゃ睡眠薬をまた作れば良いですか?」
「うん、お願いできるかな。他から買ってきても良いんだが、やっぱり精神的にも参っているみたいでな。
アイナさんに作ってもらったやつが一番効くだろうし、あとは素直に受け取ってくれるだろうし……」
「分かりました。それじゃ、どうぞ」
バチッ
……と作ってそのまま、目の前のテーブルに置く。
「おお、持っていたのか。すまないな、いくらになる?」
「え? これ、依頼だったんですか?」
「ん? もちろんSランクの錬金術師に頼むんだ。親しき仲にも礼儀あり、だろう?」
「うーん、使うのはテレーゼさんですからね……。
いつもお世話になっているってことで、今回は差し上げますよ」
「いやいや、それはさすがに……」
「もしくは金貨10枚です」
「ぶはっ!? そ、それは横暴だぞ……。
……分かった、今回はありがたく折れておくよ。でも、これは借りにしておくからな」
「それなら私が困っているとき、どこからでも助けに飛んできてくださいね!」
「何っ!? そ、それも横暴だぞ……?」
「あはは、冗談ですよ。うちの家訓のようなものに『貸してやるならくれてやれ』っていうのがあるんです。
だから、今回のことはそのまま忘れちゃってください」
「……すまん」
「あ、そうだ。使ったあとにまた落ち込まれても困るので、もう1本差し上げますね」
「……重ね重ね、すまんな」
申し訳なく言うダグラスさんだが、ことわざでこういうのがあるからね。
そでふりあうなかも、ふりふり……
そでふるなかも、えんの……
こまったときの、そでふりふり……
……あれ?
えーっと……、うーんっと……。……何だったっけ???
※『袖振り合うも多生の縁』でした。
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