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「仁人、北海道行こう」
「……え?」
朝早くに勇斗から告げられた突然すぎる誘い。
過去のデジャブかと思ったが、昔とは状況が違う。個人でも多くの仕事をもらえるようになってから、半日のオフでさえ貴重な今、何を言っているのだろうと思った。
「いつ?」
「これから」
「はぁ?」
理解できないでいると、マネージャーから連絡が入る。
今日と明日のスケジュールが変更になったというものだった。
「おまえ、これ、」
「ずっとお願いしてたんだけど、やーっと直前で調整できてさ。飛行機も取れたから、行くぞ」
いや、弾丸にも程があるだろ。お願いしてたとは…?
俺の意見など無視で、一泊だから荷造りも大してないだろと連れ出され、気づいたら空港にいた。
慌ただしく飛行機に乗り込むとすぐに勇斗は眠りについてしまった。日頃の疲れが溜まっているのは明らかで、うっすらとクマの影も見える。
なんでそこまでして…
勇斗のプロポーズを断ってから、一ヶ月が経っていた。
結婚はできないと言っておきながら別れを告げる勇気はなく、あの日から二人の関係に大きな変化はなかった。
何か言われるかと身構えていたものの、勇斗からは何もなく、まだ恋人でいられる、なんて自分勝手な考えにうんざりしていた。
勇斗の幸せを願うなら、はっきりと別れてただのメンバーに戻るべきだ。
それが出来ないのなら、自分が勇斗を幸せにすると腹を括らなければいけない。
どちらも選べず、未来から目を背けている俺に何かを伝えるために、勇斗はこの旅行を決めたんだろうか。
正直、こわい。
もし勇斗から別れを告げられたなら、俺がそれを断ることはできない。
最後の思い出、くらいに思って楽しむか。
そんなことをアレコレ考えていたら、あっという間に北海道の地に降り立っていた。
突然連れて来られたとはいえ、空港内ですら見る場所がありすぎてワクワクする。
「勇斗、どこ行くか決めてんの?」
「おー、まあ着いてきて」
空港内を少し移動して指定された場所で待っていると、レンタカー会社のカウンターの方から勇斗が歩いてきた。
「お待たせー」
「えっ、車移動?」
「そ。せっかくの旅行だしバレないように行こ」
驚く俺を連れて、手配された送迎車に乗る。
車を受け取る営業所へ着くと、手早く受付を済ませた勇斗は、迷うことなく運転席へ座った。
「いいの?運転」
「もちろん。俺が連れてきたんだから、任せて」
「……ありがと」
慣れた様子でナビを操作し、エンジンをかける勇斗の横顔を見ていると、大人になったなと思う。
運転する姿を見るのは初めてではないけれど、最初の頃の不慣れな姿を思い出すと、過ぎてきた歳月を感じた。
空港を出て走り出すと、見慣れない景色がどんどん流れていく。
広い空。低い建物。遠くに見える山。
どこに連れていかれるのか分からないのに、不思議と不安はなかった。
それどころか、これからの一泊2日、勇斗の視線は俺だけに向けられるのだと思うと、どうしようもなく胸が高鳴った。
1時間程経って、着いたのは寿司屋だった。
暖簾をくぐると、ほんのりとした酢の香りと魚の匂い。
数席しかないカウンターに並んで座ると、目の前で職人さんが手際よく握っている様子が見える。
ここ、絶対高いとこだろ…
一瞬口に出しかけたが、最初の一貫が差し出された瞬間の「うまそー!」にかき消され言葉を飲み込んだ。
艶々と輝く寿司を一口食べた瞬間、衝撃が走った。
魚が甘い。信じられないくらい柔らかくて、口の中でほどける。
「…なにこれ、うっっっま」
「やばいね」
「うまいしか言えん。食レポ0点だわ…」
勇斗はニヤニヤと目を細め、「珍しく語彙力なくなってる」なんて言う。
悔しいけど、その通りだった。
順番に出てくるものをゆっくり味わうたびに、二人で目を合わせて美味しいと言い合う。
たぶん、急遽決まった予定なのに。飛行機もレンタカーも手配して、店も調べて。
こんなスマートなエスコートをしてくれるなんて、ずるい。
元々人を喜ばすことには余念がない男だけど、勇斗からは付き合ってからもずっと、たくさんのものを与えられてきた。
そんな、当たり前のように勇斗からの愛情を享受していた日々を、俺はいまだに捨てることができないでいる。
大満足で店を出ると、また車で移動するらしい。
「次はどこ行くの?」
「んー、着いてからのお楽しみ」
車に乗ってしばらく走ると、街の雰囲気が変わっていった。観光地っぽい、どこか懐かしい感じの街並み。
「ここって…」
「お、もうすぐ着くけどわかった?」
「水族館…?」
「正解」
得意気に笑う勇斗の横顔を見ながら胸がキュッと締め付けられる。
寿司食べて、水族館って…
どこかぼんやりとした昔の記憶が、鮮明になっていく。
駐車場に車を停めて外に出ると、海の匂いがした。
少し冷たい風が頬に当たって、肩をすくめると「さみーな」と手を繋がれる。
「っちょっと、外だって」
「大丈夫、誰も見てない」
「でも、」
「東京じゃないよ、へーき」
納得したわけではないが、強く握られた手を振りほどくことはしたくない。勇斗の大きな手から伝わってくる熱で、冷えていた手が温まる感じがした。
入口で離された手に少しの名残惜しさを感じていると、チケットを買ってきた勇斗が、俺に笑いかける。
「仁人、この先の大水槽で歩けなくなってたよな」
「いやー、無理だったね」
「あの時に、仁人が海洋恐怖症だって知ったんだっけ」
そうだ、まだ勇斗と付き合う前。
二人きりではなかったけど、同じ場所にいると当時の記憶が呼び起こされていく。
あれから俺たちは、もっともっとお互いのことをよく知っていった。
「だからさ、」
勇斗が進路と逆方向を向く。
「今日はこっち行こう」
「えっ?」
歩き出した勇斗の後ろを追うと、屋外にあるペンギンのプールに着いた。
プールの周りにはポツポツと人が増え始めていた。
「なんか始まるのかな」
そう呟くと、勇斗がプールの奥を指しながら言う。
「ちょうど、これからペンギンショーなんだって。さっきチケット買う時に教えてもらった」
「マジ?!」
期待に胸を膨らませると、スタッフさんが元気よく出てきて、ペンギンたちがその周りに集まっていく。
よちよちと歩く姿に、思わず声が漏れる。
「うわっ、かわいい…!」
小さな体を揺らしながら、列になって進んでくるペンギンたち。でも、その列がすでにちょっと崩れている。
一羽だけ、まったく違う方向に歩き出した。
「あれ、どこ行くのあの子」
思わず笑うと、スタッフさんが慣れた様子で後を追いかける。
「自由すぎない?」
「これが売りらしいよ」
「売りなんだ…」
勇斗の言葉に、さらに笑ってしまう。
ショーが始まっても、ペンギンたちはまったく言うことを聞かない。
「ねえ、あの二羽の動き激しすぎない?」
「まって、やばい、太智と舜太に見えてきた…」
「ショート動画でふざける二人だろ笑」
目の前のペンギンと二人の姿が重なり吹き出すと、隣で勇斗も声を抑えて笑っている。
「仁人見て、あの子さっきからずっと魚もらおうとしてるのに、全部横取りされてる」
「ほんとだ、うわっプール落ちた!不憫すぎる…」
「「柔太朗じゃん」」
言葉がシンクロすると、もう笑い声も抑えられず二人してヒーヒー言いながらお腹を抱えていた。
完璧に揃ったショーよりも、個性的なペンギンたちの動きからずっと目が離せない。
気づけばずっと笑っていた。
どうでもいい会話なのに、こんなに楽しいのが不思議だった。
最後はなんとなくまとまったような、まとまってないような終わり方だったが、観客席からは大きな拍手。
「いやー、笑いすぎて涙出てきた」
「ね、見られてよかったわ。ありがとう」
二人でこんなにも笑い合ったのは久しぶりだったかもしれない。
涙を拭いながら笑う勇斗の横顔を見ていると、愛おしさで心が埋め尽くされていく。
こんな時間がずっと、続いてくれたらいいのに。
ペンギンショーを楽しんだ後、そのままアザラシやトドのプールを周り、行くだろうなと思ってはいたけど、隣の遊園地へ移動していた。
中に入ると、思っていたよりもずっと静かだった。
平日だからか、人がほとんどいない。
「ほぼ貸切じゃない?」
「いいじゃん、贅沢」
懐かしさのまま、昔の記憶を頼りにゴーカートへ向かう。優しそうなスタッフさんが、一台ずつ乗りますか?と聞いてくれたが、勇斗がやんわりと断り、結局同じ車に乗り込んだ。
「仁人、運転したい?」
「どっちでもいいけど…まあ、今日の運転は全部勇斗に任せるよ」
「了解」
そう言って、勇斗は余裕そうにハンドルを握った。
スタートの合図で走り出すと、風が一気に顔に当たる。
「ちょっと!速い速い!はやすぎるって!」
「大丈夫!」
全然大丈夫じゃない。
思っていた以上のスピードと、鳴り響くエンジン音。
「勇斗!スピード違反!」
「ここに交通法はねーんだよ!」
大声を出さないと聞こえないから、必死で声を張り上げるも、勇斗は楽しそうに笑うだけ。
つられてなんだかおかしくなってきて、気づいたら怖さよりも楽しさが勝っていた。
ゴーカートを降りると、叫びすぎたからか息も絶え絶えで、フラフラと歩く俺を見て勇斗が笑う。
「おいちゃーん、大丈夫?」
「…そういう勇斗も、なんか疲れてない?」
「ははっ、やっぱ俺ら、あの頃より歳とったよなあ」
「……うん」
ふと空を見上げると、色が変わり始めていた。
オレンジとピンクが混ざった、やわらかい色。
「そろそろ、行くか」
ノスタルジックな遊園地を背景に、勇斗が歩き出した。
「たしかに歳はとるけどさ、」
「ん?」
隣を歩きながら、口を開く。
「勇斗はどんどんかっこよくなってるよ」
こぼれ落ちるように出た本音。
「っ、不意打ちやめろよ」
腕で口元を隠していても、勇斗の顔が夕日と同じ色に染まるのが分かる。
かっこいいだなんて、普段毎日のように言われているはずなのに。
「いや、ほんとほんと」
冗談のように続けると、真剣な顔をして勇斗が歩みを止める。
「…勇斗?」
「仁人は、前よりもっと…綺麗になった」
「え?」
そう返した瞬間、ふっと距離が縮まった。
触れるだけの一瞬のキスは、驚く間もなくすぐに離れる。
「……はや、」
「ごめん、外なのに」
勇斗はバツの悪そうな顔で、また歩き出した。
俺は何も言えずに、その背中を、この景色を、ずっと目に焼き付けていた。