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28 ◇朗報
沸々とした心持ちでやり過ごす毎日。
結論が出せないまま月を跨いでしまい、 気持ちばかりが焦るのだが
やはりどうするのが自分にとってベストなのか見えてこない。
そんな中、意外なところから伊達とのことに決着をつけることになる朗報が
もたらされることになった。
秋の兆しが色濃くなった月に父親から話したいことがあるからと連絡が入り、
伸之は日曜に実家へと足を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「お父さん、今日はまたどんなことで……」
仕事向きで何かありましたか、と伸之が尋ねる前に先に父親からの発言があった。
「実はな、元気なのをいいことに所謂定年と言われる年から更に10年も
頑張ってきたが、最近身体の元気なうちに少しゆっくりしてもいいかなと
思うようになってな。
近々お前に会社を譲ろうかと思っとる。
今からだと来年の3月まで半年もの猶予があるから会社に対してもちゃんとした
引継ぎもできるだろ。
一応お前の気持ちを聞いておこうと思ってな」
自分の後継者にと話しているのに息子の伸之は驚き、
次には浮かない顔をする。
予想外の息子の様子に重治はどうしたことかと訝る。
「うれしくないようだな」
「いえ、そんなことは。急だったものですから……」
「何か……手放しで喜べない何かがあるのか?」
なんでこうも、人生っていうヤツは一つが急展開すると次々変化が
押し寄せてくるのだ、全く。
いつかは知れること、きっとこの場で白状しろと言うことなんだろうな、と
伸之は観念することにした。
父親に現状のあらましを掻い摘んで話した。
特に強調したのは百子や子供たちを捨てようなどと夢にも考えたことは
なく、それゆえ伊達百合子の妊娠にはどうすればいいのか結論が出せずに
途方に暮れているのだと心情を吐露した。
恥ずかしく屈辱的ではあるが、この際しようがないと腹を括った。
きっと酷く叱責され、跡継ぎの話は立ち消えになるだろう。
それでも自分以外の、しかも一番知られたくない相手とはいえ、
知ってもらえたことで気持ちが楽になるのを感じた。
29 ◇伊達百合子
「いつからの付き合いなんだ、その女とは」
「もう少しで3年になります」
「部下ということだが、その相手は仕事はどうだ」
「中途採用されたくらいですから仕事はできます。
特に営業力には目を見張るものがあります」
「今の石田貴金属(株)の今後の展望を考えた時、大きく飛躍するのに
役立ちそうかね」
「営業の率先力としては魅力的ですね。
彼女との今のような関わりがなければ辞めるに際して
引き抜きたいくらいには」
「今の会社を何倍も大きくしてくれることを私はお前に期待してる。
その何て言ったかな、女性」
「伊達百合子です」
「伊達さんを引き抜いたらいいじゃないか。
もちろん今の会社にもろバレしないような形でな」
「しかし……」
「伊達も子供も引き取って、子守はどこぞで雇ってもいい、うちの会社の
率先力になってもらえばいい」
「いや、ですが、百子が……」
「百子さんにはたくさんの手切れ金を渡して、別れてもらえばいい」
俺は一瞬訳が分からなかった。
目の前のじいさんは何を言っているのか。
百子と子供たちと離婚して伊達百合子と結婚しろと? 本気か?
こんなことをしていいはずがあるまい。
年のせいで父親は頭がおかしくなっているのかもしれない。
そう思いながら解せぬ思いを引きずり俺は即答を避けその日帰路についた。
◇ ◇ ◇ ◇
『こんな理不尽なことをしていいはずがない』
その思いは消えないものの時間が経つにつれ気持ちに変化が出てきた。
会社を引き継ぐという実感が大きくなるにつけ
『こんな理不尽なことをしていいはずがない』
という気持ちの比重が小さくなっていくのを俺は感じた。
会社を大きくして莫大な利益を得る、富を得たいという気持ちが膨らむのを
止められなくなっていき、妻と子らに対する気持との均衡が破れ、欲の方が
大きくなった日に俺は百子に別れを告げることを決心した。
――――――――――――――――
これまで全ての収入を妻の百子にもガラス張りにし、家計を自由に任せてきた。
そのように金に対して鷹揚だった伸之が、はたとここにきて会社という桁の違う器を
見せられたことで変なスイッチが入ってしまったのだった。
30 ◇割り切った関係
伸之にとって百合子との関係は、割り切った関係とずっとそう考えてきた。
妻の百子に何ら不満はなかったからである。
だが、運命の歯車とでもいおうか、百合子の思わぬ妊娠とそれによる
百子との離婚話、父親の突然の引退宣言で今勤めている会社を辞めて
父親の会社を継ぐことになるという、一度に二つの大きな転換点を迎えることに
なり、ここにきて伸之の気持ちも別の方向へと大きく傾くことに
なるのだった。
常々自分が父親の跡を継いだら大きく変革を起こしたいと考えていた。
父親から百合子との仲を賛同された今、営業能力のずば抜けて高い伊達百合子との
二人三脚で今の会社を新星企業として風穴を開け業績を伸ばしたいという野望がムクムクと
頭をもたげてくるのだった。
その高揚感たるや、もう誰にも止められないほどに育ち、根付いていった。
それからほどなくして伸之は百合子に先月の返事をメールで送った。
『待たせたけれど、あの件は了承した。
ちゃんと認知はする。具体的な話はまた後日話し合おう』
と締め括り。
◇ ◇ ◇ ◇
◇無慈悲な説得
週の真ん中当たりで夫から
『大事な話があるから日曜日は子供たちを実家に預けておいてくれないか』
と言われる。
『来たるべき時がきた』
百子はそう思った。
結婚する前から一情報として知っており、心の準備をしてきた。
自分が調査をした時にはすでに二人の関係は始まっていた。
振り返ると2年から3年の関係になると思われる。
伊達百合子の入社時期が4年前なので最長でも4年、それ以上には
ないというのは確実だ。
大事な話というのが彼女の話なら、あれからもずっと続いていて、
今まで口を噤んでいたのに私に話すということは推して知るべし、と
いうことか。
すぐにそんなことがあれやこれやと百子の脳裏を駆け巡った。
設楽理沙
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空蝉 桜
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コメント
1件
読了しました。第10話、重いですね……。伸之が父親から「百合子を引き抜け」「百子とは手切れ金で別れろ」と言われて一瞬たじろぐのに、結局欲に負けて決心してしまう流れが、すごく生々しかったです。「これは理不尽だ」と自分でも分かっているのに、会社という大きな器を見せられた途端に均衡が崩れる――その心理変化の描き方が巧みで、読んでいて苦しい気持ちになりました。百子が既に知っていて準備している展開も気になります。続きが待ち遠しいです!