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31 ◇粋がる私の言霊
「子供たちには聞かせられない話、ということ?」
「うん、まぁそうだな」
「へぇ~、なんだろう。楽しみ~」
「……」
私の言葉を受けた夫は何ともいえない表情に苦みを潰したような表情を
付け加えることを忘れなかった。
朝の出掛けの話で「じゃあ、いってくる」と言い置き、いつものように夫は
出掛けて行った。
私は三和土に繋がる廊下からリビングに戻り、椅子に座った。
今まで夫が何も言ってこなかったからただの浮気で済ますのかと
思っていたけど、いいように取り過ぎだったな、やっぱり。
だってあの日あの時、視てくれた霊能者の垣内さんに言われてたじゃない。
「結婚後、あなたの子育てが一旦落ち着いた頃、別に女の人ができます。
ただの浮気で終わりそうにも思えるけれど、何か突発的な事象と重なって
しまうとあなたとの縁を切るかもしれません」って。
そうだよね、何か特別なことが起きたとしか考えられないわねー。
だって私たち喧嘩もしたことないのだし、夫から何か不満を
言われたこともない。
世間一般から見て、仲良し夫婦に見えるはずだし実際仲は悪くない。
夫が浮気と認識していたのなら、相手の妊娠が一番色濃いような気がする
けれど、まさかね。
まだ相手との結婚も決めてなうちからあの伸之さんが妊娠させるとは
考えにくい。
とにかくこの件に関しては結婚前から修羅場になった時のことは
シュミレ―ションしてるから、落ち着くのが肝要。
『かかってこいやー、不倫カップル。私は一筋縄じゃいかないよ』
粋がる私の言霊がリビングに波打ち、そして消えていく。
32 ◇責任をとらなければならない
翌日曜日、私は夫から『大事な話があるから……』と、言われていた
大事な話とやらを聞くことになる。
伊達百合子との顛末を話され
『相手に子供ができた以上責任をとらなければならない。
申し訳ないが離婚してくれないだろうか』
と告げられた。
責任をとらなければならない、か。
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私たち家族への責任は放棄するのね、話を聞きながらそんな怒りが
沸々と湧き上がってくる。
◇ ◇ ◇ ◇
相手に子供ができたという話をすると妻の目の中に
『既婚者の癖して避妊もせずにそのような行為をしたのか』
と、咎めてくるものを感じた伸之は弁明の言葉を発した。
百合子とは弾みでそのような関係になり、勿論結婚など考えても
いなかった。
だからちゃんと避妊もしていた。
……してはいたが結果的にこういうことになってしまったわけで、
申し訳ないと思うがこうなってしまった以上責任を取りたいと思っている、と。
◇ ◇ ◇ ◇
全く、この人はどうなっているのだろう。
自分の妻との避妊には一度も失敗したことがないというのに、
相手が変われば避妊は有効ではないとでも?
微塵も疑いを持たない夫の言動に失望させられた。
そして伸之の次の言葉に百子は唖然とさせられた。
贖罪のつもりなのか何なのか、伸之は話を続けた。
「ほんとはね、このままじゃいけないと思い一度別れたんだけどね」
「今更だけど、訊いてもいい?
別れる切っ掛けって何だったのか気になるわ。
考えてなかった相手との結婚は妊娠だけが理由なの?
私のこと、嫌になったの?」
「君に不満なんて一切ない。
良い奥さんでいい母親だよ。
俺の両親とも上手くやってくれて。
別れることになった切っ掛けは伊達から結婚してほしいと請われたからで、
彼女と一緒になることを選んだのは妊娠したことが大きい」
結婚を迫り、一度は殊勝に引き下がり別れた伊達百合子。
そしてそのあとの妊娠。
あまりに出来過ぎた妊娠。
しかも、避妊していたというのに。
避妊していたというのは私に対するただの言い訳で夫の嘘なのか。
一度は家庭に戻るため、夫は百合子との別れを選んだという。
そんな男の子供を今頃になって妊娠?
夫は相手の女と付き合い出したのは最近みたいな言い方をしているが、
少なく見積もっても2年前から、私が興信所に頼んだ時期と百合子の入社時期を
鑑みて、3年も前からの付き合いの可能性もある。
だからだ、今までなかった妊娠を振られたあとに……するかー。
絶対ないとは言い切れないが、出来過ぎてはいまいか。
怪し過ぎるのだ、百合子の振舞いが。
しかし、この疑惑を百子が伸之に告げることはなかった。
自分の子ではない子をこの先我が子と信じて養育し、他の男の子を
伸之の子だと誑かし伸之にぶら下がろうとする女を養っていくという夫。
想像するだけで痛快じゃないか。
遠い先で伸之が病に臥せり、子供たちへ渡す遺産相続などの問題が浮上した時に、
DNA鑑定の申請をしてやればいい。
自分は伸之との間に産まれた子らの相続にかかわる親の立場なのだから。
そう、今言ってやる必要はない。
不慮の事故で伸之が亡くなり、火葬する前に鑑定が間に合わず全てが
百合子の子に渡ってしまうなら、それも天命というものだろう。
百子は腹を括った。
33 ◇あちらと暮らすのはいつからでもお好きな時になさってください
「伸之さん、私からの申し出が……条件が整えば、判をつきましょう。
養育費、慰謝料など折り合いがつけば、ということで。
それと今すぐというわけにはいきません。
今から4~5年の内に、私の方の都合で離婚届けは出します。
あなたたちの子供が学校に上がるまでにはちゃんと間に合わせますので、
ご心配なく。
あぁ、今のは籍の上での話ですから、あちらと暮らすのはいつからでも
お好きな時になさってください。
これから子供が生まれるのだから、心配でしょうしね。
私、弁護士を立てますので以後、弁護士同士で話を進めていただきたいと
思います」
◇ ◇ ◇ ◇
いつ家を出るかなど、少しも頭の回っていなかった伸之は
『あちらと暮らすのはいつからでもお好きな時になさってください』
と言った妻の顔を改めて見てしまった。
冷たい眼差しの知らない女の顔に見え、すぐにでもお前など
出ていけと言われたような気がした。
「分かった、出来るだけのことはさせてもらうよ」
俺が言葉を言い終わるや否や、最後の言葉に被せんばかりの勢いで
彼女が言い放った。
「あなたの子供二人を連れた私が、まだ産まれてもいない一人の子を連れた
伊達さんに負けたっていうこと、そのような状況の中での私の惨敗を
ずっと……ずっと忘れないでいてくださいね」
伸之は泣き喚いて非難したり子供たちを盾に同情を誘ってきたりしない
百子に、以外な方面から事の真実を詳らかにされ、愕然とした。
さらりと軽やかな口調で自分に申し渡してきた内実のなんという重さか。
伸之はここにきて、自分は百子を足蹴にしていること、愛する我が子と
その子らを慈しみ今日まで大切に育ててきてくれた妻を汚い足で踏みにじって
いるのだということに気付かされた。
冷や汗がドッと吹き出るのを感じた。
だが、それこそ今更だ。
浮気や不倫を許せる人間などほとんどいないだろう。
損得を横に置いて元の鞘に戻ったとしても、自分たちは元のような
仲睦まじい夫婦には戻れまい。
これでよかったのだ。
伸之は自分にそう言い聞かせた。
コメント
1件
うわ、第11話めちゃくちゃ重かった……。百子さんの冷静すぎる怒りと、最後の「ずっと忘れないでいてくださいね」の一言に背筋が凍ったわ。伸之がようやく気づいたときにはもう手遅れって感じがたまらない。百子のシュミレーション済みの動き、めっちゃかっこよかった🔥 続き気になる!