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ウィリスタリア国の王都アルカイルダは、小高い丘に王城がそびえ、そこをぐるりと囲むように、貴族の邸宅街があり、市場があり、平民街や公園などがひしめき合っている。
上空から見たらまるで日時計のような、まん丸い形をした街であるが、その端っこに、おまけのように小さな森がある。
貴族の邸宅街からも、市場や商店が連なる一角からも離れているそこの奥には、ひっそりと佇む大貴族の別宅のような屋敷がある。
その屋敷は、夜の帳が落ちると、楽団がゆったりとした音楽を奏で、庭園のガーデンライトに明かりが灯る。
丁寧に整えられた庭園の中央には、この国ではかなり珍しい人工池があり、水面には手のひら程のキャンドルを乗せた小舟が浮かんで、ゆらゆらと水面に灯が反射している。
ガーデンライトと、人工池のキャンドルのおかげで月のない夜でも館は、まるで地上から浮かび上がっているかのよう。
うっかり迷い込んだ者が目にしたらここは、妖精の住処か、はたまた魔女の集会かと思うであろう。
そんな不思議な館は、街がひっそりと眠りにつく頃、やっと活動を始める───娼館として。
メゾン・プレザン。
ここは、マダムローズが経営する会員制の高級娼館。
生きた宝石と讃えられる女性を数多く揃え、一夜限りの夢のようなひと時を過ごす部屋の調度品は全て一級品。
そして王都でも選りすぐりの酒がいつでも用意され、一流のシェフが腕を振るう。
入口のエントランスホールには、王宮で飾られても遜色ないクリスタルのシャンデリアがお迎えをして、給仕するバトラーもメイドも完璧な教養を身に付けている。
一見さんお断り。入館は紹介オンリーのこの館は、知る人ぞ知る屈指の娼館であった。
*
今日も太陽が西に傾き、楽団がゆったりとした音楽を奏でる。
あと少ししたら、メゾン・プレザンの門が開く。
一夜限りの夢を求めて、大貴族の紳士が、王宮勤めのエリートが、富豪の商人が静かに足を向ける。
一方、裏方では準備の真っ最中。そこはさながら、戦場のようだった───。
娼館の主であるマダムローズの方針として、どれだけ人気のある娼婦であろうが、経験が浅い娼婦であろうが、ここに身を置く者は全員、同じ身支度部屋を使うことが義務付けられている。
そこで経験が浅い娼婦は、先輩を見て学び、また逆に経験を積んだ娼婦は、良き先輩として後輩の指導をし、初心をいつでも忘れないようにさせている。
もちろん女だらけのこの場所で、諍いはある。たまに、ごくごく稀に。けれど、他の娼館に比べたら、ほぼ無いと言っても過言ではない。
それは、この娼館の主、マダムローズが鬼より怖い存在だから。
つまらない理由でキャットファイトをしようものなら、もっと恐ろしい制裁を受けることを娼婦たちは皆知っているので、ある意味一致団結して仲が良い。
というのもあるけれど、この娼館には、癒しの存在がいるおかげで、娼館全体の雰囲気がとても穏やかだったりもする。
青、赤、黃、緑、そして金糸に銀糸。
娼婦の身支度部屋はド派手な原色のドレスや小物で溢れかえって、まるで色彩の津波にあったかのよう。
そんなチカチカする色彩の中、ふわりとゴールドピンクの髪が舞う。
「ティア、今日の髪飾りはどれにしようかしら?」
「ナフリエ姐さまには、赤い石のついた孔雀のヤツが良いです」
「おっけー。了解」
「ティア、コルセット閉めて」
「はい。サラ姐さま。いきます───よっ」
「う゛!……うぅ……。あ、ありがとう」
「ティーアー。ごめんっ。衣装の片付けお願いできる?」
「お任せください」
王都の男性で、このメゾン・プレザンを知っている者なら、まず最初に花形娼婦のナフリエの名を挙げるだろうし、裏社会で、もっとも権威のあるものの名を出すなら、全会一致でメゾン・プレザンの主マダムローズの名を出すだろう。
しかしメゾン・プレザンの館内で最も多く名を呼ばれるのは花形娼婦のナフリエでもなく、主のマダムローズでもなく──一介の下働き娘のティアの名であった。
小柄なのに、くるくるとよく動く。そして的確に準備を進めるティアは、この娼館ではなくてはならない存在なのだ。
そんなティアは、3年前、名も知らないイケメン騎士を救った後、誰もが振り返る美女に成長……することは、残念ながらなかった。
ぷくりとした頬は少しだけシャープになり、ブラウンローズの髪は、明るさを増して今では母親譲りのゴールドピンクに変わった。
けれど身長は3年という月日が過ぎても、変わらない。美女ではなく美少女のまま。
周りの人間は、可愛らしいティア姿に癒やされてはいるけれど、本人としては、この低身長が何よりのコンプレックス。
背の低さをからかわれたら、ほとんど動かないはずの表情筋が、ピクリと引き攣るほどに。
「姐さま方、準備は終わりましたでしょうか……はい。それでは、衣装を片付けてきます」
ついさっきまでドタバタと忙しかった娼婦たちは、支度を終え、優雅にティアに向かって頷いた。
男性なら、くらりと眩暈を起こしそうな妖艶な仕草を受けても、ティアは一切表情を変えず、使われなかった衣装を一纏めにして廊下に出た。