こういった話題を持ち出す時点で、先方の用件にはおおよその察しがつく。
それにしても、御遣。
どこかで見(まみ)えることになるだろうとは思っていたが。
「その“御遣”は、数年前ですか……。 各地の大会に姿を見せはじめたようで」
「大会っていうのは、こんな感じの?」
「えぇ」
「格闘技の、大会?」
「はい、その通りで」
各地でそのような催しが大々的に行われていることにも驚いたが、そうした市町村の間で注意喚起の公文書が行き来しているという事実が、俄かには信じがたい話だった。
こっちはこっち、そっちはそっち。
そんな風潮を踏み越えて、あくまで限定的な規模ではあるが、きちんと人の輪が形成されている。
毒をもって毒を制す。 まったく一筋縄ではいかない世の中だ。
「彼のせいで、開催自体 危ぶまれるようになった大会も少なくないようでして」
「そりゃ、遣いのもんと一般人じゃあな。 誰もそんな大会出たがらねえよ」
紙コップをくしゃくしゃと丸めつつ、虎石が微妙な顔つきで言った。
できるなら首を突っ込みたくない話題だが、生来の気性が当人の意に反して身体を前のめりに取りなしているようだった。
「そこで、お願いというのは他でもありません」
いよいよ本題に入った町長は、何とも切羽詰まった表情で懇願した。
「都では大層なご活躍だったとか。 どうか、そのお力をお貸し頂けないものでしょうか?」
想像した通りの依頼だが、狼の一件がここまで届いていたのは意外だった。
出入りの多い都で持ち上がった騒動ともなれば、それだけ人口に膾炙(かいしゃ)するのも早いという事か。
それはともかく、先方の口振りには何やら腑に落ちないところがある。
「つまり、闇討ちでもしろってこと?」
「いえとんでもない。 正式な手続きを踏まえて頂いてですね、今大会に出場して頂いて」
「みんなが見てる前でぶった斬りゃいいんです?」
「いえいえそんな、すこし懲らしめると申しますか」
やや極端な方向へ舵を取り過ぎたか。 町長はたちまち冷や汗をかいて、しどろもどろの答弁に終始した。
さすがにこれはいけなかったと速やかに反省した葛葉は、人知れず犬歯の先をチロリと舐めて気つけを得た。
悪意にはそれなりの悪意をもって接するが、格別に嗜虐心を持ち合わせている訳ではない。
ただ、単にフィーリングの問題かも知れないし、己の狭量にはまったくうんざりするのだが、どうにも先方の物言いは
「ちょっと無礼じゃないです?」
「無礼はお互いさまだろがよ?」
そこに、しばらく黙って聴いていた虎石が、フライドポテトをつまみながら割って入った。
当のパックを無愛想な仕草で町長のもとへ差し出しつつ、トゲのある物腰で言う。
「ところであんた、コイツが何だか知ってんのかい?」
「はぁ、ですから御遣」
「あ? いやいや……、まぁいいや。 そんなら尚更マズくねえか? 御遣が二人も出場するって事は、なぁ?」
場面さえ異なれば、それもまた毒をもって── の窮策に適うものではあるが、今件に関しては事情が違う。
大会に紛れ込んだ異物を除くため、同等の異物をぶつけ解決をはかる。
これでは本末転倒だ。 解決でもなんでも無い。
「それともあれか? その御遣野郎をここで取っちめりゃ、あんたの名も上がるってか?」
「いえいえそんな! そういう事ではなく」
しきりに頭(かぶり)を振る町長だが、しかし当座の誰とも目を合わせようとしない。
図星を指されて参ったか。 その口前は要領を得ず、最前の達者な印象とは大きくかけ離れていた。
「いや、やっぱ金か? 御遣を見せもんにして──」
「虎石っさん」
透かさず葛葉が待ったをかけた。 今のは少しばかり度が過ぎる。
それに、いまだ焦臭(きなくさ)いことに変わりはないが、先方の顔つきを見ると、まんざら私心による依頼でもないような気がした。
ひょっとすると、本当に心の底から町を思っての事かも知れないし、住民を楽しませようという算段かも知れない。
自己愛と利他愛は紙一重だ。
自分のためにとせっせと喰らった食物が、お腹の赤子を成長させる栄養となる。
逆もまた然りだろう。
赤子のためにとせっせとものを喰らう姿が、人の目にはどう映るか。
そういった物事の実(じつ)を見澄ます浄玻璃であるが、ここで持ち出すのも大人げない。
「ポテト、よかったらどうぞ? たくさんあるから」
「はぁ。 では、すみません。 いただきます」
肩身を狭め、まるで小動物のようにフライドポテトをかじる先方の姿に、言いようのない気分になった。
憐れみとは違う。 そんなものに憑(つ)かれては、今の世を渡っていくのは難しい。
ただ、感受性が豊かな者はたびたび損を見る。
「その辺にはあんまり明るくないんだけど、町の管理ってのも大変でしょ?」
「えぇ。 ですが住民たちが支えてくれますもんで、どうにか」
「けっこう掛かるんじゃないんです? やらしい話」
片手の親指と人差し指の先端をくっ付けてヒラヒラと示したところ、彼は決まりが悪そうにポテトを貪った。
命より金のほうが大事と大真面目(おおまじめ)に曰(のたま)ったのは、果たしてどこの誰だったか。
もちろん、あって困るものでは無いし、なければ困るのは目に見えている。
ただ、世の中が変わればその価値も変わる。 決して普遍的なものじゃない。
それに何より
「あの世へ金は持ってけないよ?」
「そう……でしょうか」
この人物とて、決して野心が無いわけではない。
町のため、延(ひ)いては住民のためと言い張って、福利の不確かな政策を強行したこともある。
虎石の言いようは的確だった。
件(くだん)の試合荒らしをこの町が抑えた場合、同様の大会を催す市町村に対し、優位性を誇示することができる。
大会の裏で動くであろう多額の金銭も もちろん重要だ。
町の財政が潤えば、それだけ住民の負担が減り、彼らの生活も豊かになる。
すべては住民のため。 そう、住民のためのはずだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!