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「大会のことは考えておきます。 確約はできないけど」
「本当ですか!」
答えは決まっているが、葛葉はあえて持って回った言い方をした。
ひと癖(くせ)ある先方の依頼を手放しで承諾するのが、単純に癪(しゃく)だった所以(ゆえん)もある。
それ以上に、件の御遣を敵として認定するのが、どうにも億劫に思えて仕方なかったのだ。
安堵の表情を浮かべる町長の元から視線を移し、焦(じ)れ込んだ様子の虎石を見る。
「……御遣ってのは、みんな」
「あ?なんだよ?」
「いや、なんでもない」
話の通じる相手なら良いが、そうでなかった場合は。
切った張ったをこなすには最適の舞台が整えられるものとは言え、できればそうした手段は控えたい。
甘っちょろいのは百も承知だが、たとえいざこざがあったとしても、きっと最後には話せば分かる。
その好例が、いまこうして隣にいるじゃないか。
「あ、ひとつだけ」
とくに実のない世間話の末、おもむろに帰り支度を始めた町長に、葛葉が思い出した様子で声をかけた。
「どうして、私たちがこの町にいると?」
いたってシンプルな疑問だ。
居所については、町に少数しかない宿泊施設のこと、特定するのは造作なかったものと思う。
それ以前に、自分たちの足取りをどのようにして先方が知り得たのか。
この質問に、暫時ぽかんとした町長は、ややあって応じた。
「イエ、ソウイウモノナノデ……」
「あ?」
「それにしてもオメー、あんなもん裏があるに決まってんだろ」
そそくさと立ち去るうしろ姿を見送っていると、虎石が肩先をかるく小突いてきた。
ひとまず意識をそちらに向けて、彼の不平を聞く。
しかし葛葉の脳裏には、先ほど見た奇妙なものが焼きついて離れない。
「いや……。 なぁ、虎石っさん」
「本当オメーは……。 あ? は? なんだよ?」
「や、さっきの見た?」
「あん? なにが?」
「さっきあの人……。 いや、いい。忘れて」
先ほどの町長の顔。 あれはもう、人間の顔じゃなかった。
ひどく無機質な様相は、まるで人形かロボットを思わせるものだった。
眼にいたっては、ドットを点々と割り当てでもしたように、輝きもなければ生気もなかった。
鳥肌の立つ思いでソファーに掛け直し、リースがすすめてくれたジュースにそっと口をつける。
気休めの糖分が、混迷する胸中にじわじわと染み込んでいくような気がした。
「それにしても武闘大会ってお前、漫画の読みすぎだぜ。 映画みろ映画、なぁ姐御?」
「ん、そうだね」
「旅してるとけっこう見かけるよ? わりと田舎のほうに多いみたいだけど」
「へぇ、そうなんだ」
間もなく、葛葉自身さっきのは見間違いかと思える程度には落ち着きを取り戻した。
何より、こうしたワケの分からん世の中だ。 イカれた事物はそこかしこに散らばっている。
「……俺も出るかんな?」
「は?」
思う間に、横合いからぶっきらぼうな声が掛かった。
こちらは聞き間違いではないだろう。 いくら何でも、自分の立場を理解している者の発言とは思えない。
「ちょっと虎石っさん正気か? それはさすがに」
「オメーが出んならな? お守(も)りがいんだろ」
「いやいや、なに考えてんのさ?」
切実に詰め寄る葛葉に対し、虎石は面倒くさそうに応じるのみだった。
どうしてこんな事を言い出したのか。 理由を探せば、当人の胸中にもどうやらそれらしいものは確かにある。
争いごとを好む性根が、急に首を擡(もた)げたため。
このご時世だ。 騙して笑う奴がいれば、騙されて泣く奴がいる。 そんな下らない二者択一に囚われず、騙されていると知りながら笑ってやるのも一興かと、純な気概が顕れたため。
あるいは、葛葉との再戦だ。
大勢のギャラリーがいる中で、この女をぶちのめす事ができりゃ さぞ……。
いや、最後のに限っては、取って付けたような言い訳みたいなもんだろうか。
「ねぇ? どういうつもり? なんで虎石っさんまで」
「あ……?」
──ダカラ ソウイウ……、いや。 そういうもんなんだろ。
胸奥で用立てた言い分が、しかし当人の口から出ることは無かった。
そもそも、自分はいま何を言おうとしたのか。 しつこく追及をくれる葛葉に対し、どのような弁明を加えるつもりだったのか。
それは当の虎石にも知り得ないまま、小さな宿の騒々しい一幕は刻々と過ぎていった。