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疑問は当日になってもあまり、解決しなかった。何故なら、青蓮寺さんが家に帰って来なかったからだ。
一応、自宅の電話やパッドのメッセージだけでやり取りをしたが、どうやら体調が悪くてもう一つの別宅に泊まり。
そのまま仕事をすると言うことで、指示だけは貰っていたが何故カチコミをすると言う、理由は聞けずじまいだった。
分かったのは指定されたカフェに行って、そこに犬養国司が来ているから『訴える』とか、不倫への不満とかをぶつけて来い、と言うもの。
特に、弁護士を味方に付けたと犬養国司に宣言をするのがポイントだと聞いていた。
それが呪いとどう繋がるなんて、サッパリ分からない。
それに私は|犬養国司《アイツ》の前から、何も言わず姿を消していた。
むしろ、アイツに私の存在を知られない方が呪いやすいのでは? と疑問に思ってみても。
青蓮寺さんが家にいないし。ちゃんと会話が出来ないから仕方ない。
きっと、青蓮寺さんには考えがあるんだろうと思っていたら、あっと言う間に犬養国司にカチコミをすると言う日を迎えてしまった。
自室で軽くお化粧をしながら呟く。
「カチコミは良いとして。いや、カチコミ自体は良くないんだけど、アイツにするカチコミは特別として。それよりも青蓮寺さんの体調不良って、本当にホストをしていてお酒の飲み過ぎたとか。女の人をお持ち帰りしたとかじゃないよね?」
別に青蓮寺さんが誰と何をしようが、私には関係無い。プライベートに踏み込みたいとかじゃない。
ホストみたいなスーツを着ていたからと言って、本当にホストをしているかも分からない。
けど、なんだかとにかく。モヤモヤした。
折角シジミのお味噌汁を用意していたのに。飲んで貰えなかったことが、モヤモヤを加速させている──なんてことはナイ。気のせい。
モヤモヤするのは、きっとちゃんと説明して貰えなかったせいだ。
とにかく、そう思うことにして頬に仕上げのパウダーを軽く乗せて。
最後にオレンジベージュカラーのリップをそっと唇に引いた。
お化粧を終えて。それでも一度口に出した疑問は止まらなかった。
「……本当に私、一人で大丈夫なのかな。いきなりカフェでアイツに会って。訴える、とか言って、警察沙汰にならないよね? 本当は弁護士なんか雇ってないのに。そんなことを言ったら、いくらバカなアイツでも警戒するんじゃないかな。あのバカの『|呪い《幸運》』に巻き込まれるとかないよねっ?」
鞄を用意して。いつものパッドを入れて、出て行く準備を整える。
まさか、こんな形で犬養国司とまた会う機会があるなんて思わなかった。
本音を言うと、今更アイツの顔を見ると最近ようやく整ってきた私の気持ちが、また滅茶苦茶に掻き乱されるのでは無いかと、言う思いと。
犬養国司の呪いに対する怖さがあった。
でも、それらを上回る気持ちで罵詈雑言、罵りたい気持ちもあった。
そんな色んな感情が渦巻いて、不安がないとは言わない。
それでも──犬養国司と会わないという選択肢は無かった。
「逃げ出すのだけは絶対にイヤ」
だから頑張ろうと思いながら、鞄に忘れ物はないかと最終確認をして。
最後に服装や髪型のチェックをする。
身に付けている服はV字襟のフォーマルな白いワンピース。髪もワンピースに合わせて、久々にまとめ上げた。
青蓮寺さんに指示されたうちの一つに、普通の私服姿でカフェに向かう、と言うことがあった。
「うん。服装はこれで問題ないよね」
一応、青蓮寺さんに一連の理由を軽く訪ねてみても『知らない方が今はいい』とだけ、言われただけだった。
それ以上、食い下がるのは聞き分けがないと思われるのもイヤだったので、結局。いつも通り青蓮寺さんの指示に従うことにした。
「密室で会う訳じゃないから、大丈夫。危ないと思ったら逃げても良いって言われたし」
色々と吐き出して、少しスッキリしてふうっと呼吸する。
「あとは青蓮寺さんのピアスを必ず持って行くこと、だっけ」
青蓮寺さんは洗面所の小物入れに、いつも幾つかピアスを置いていた。
必ずと言われていたので、一番最初にそこからピアスを拝借し。それから身支度をしていた。
その拝借したピアスはワンピースのポケットに入れていたけど、移動中に無くすかもしれない思い。ピアスをポケットから取り出した。
私が借りたのはシルバーのフープピアス。留め具には青い石があしらわれていた。
細い紐で括りつけたら、カジュアルなアクセサリーに見えなくも無いだろうと思い。
髪を括るゴム紐でキュッとピアスを硬く括り付けて、ブレスレット風にした。
あんまり良い見栄えじゃないかも知れないけど、装飾が目的じゃないからこれで充分と、手首を振ってピアスが落ちないか確認をする。
「よし。落ちない。これで準備は万全。カチコミが全部終わったら、すぐに青蓮寺さんに連絡をすると」
それで私のカチコミは終わりだ。
負けるもんかと気合を入れて。戸締りをしっかりとして、家を後にするのだった。
家を出て電車に乗ること三十分程。
指定されたカフェを見つけて、その少し前で立ち止まった。
道の端により、鞄からパッドを取り出してカフェの場所が間違いなのかを確認をする。
カフェは少し妙な場所にあった。飲み屋街にあるカフェと言えば聞こえがいいが。
近くにはラブホテル街があり、周囲にはキャバクラやガールズバーの看板などが目に付いた。
「えぇ……本当にここが待ち合わせのカフェなの?」
確認を終えて、パッドを鞄の中に入れる。
カフェは雑居ビルの下にあり、見た目は普通の外観。可もなく不可もなく。
ただビルの下にあるからだろうか、少し煤けた印象があった。
会話を楽しむとか、ちょっと休憩に立ち寄るとかでもなくて。
「なんだか、そー言うことの待ち合わせとかに使われてそうな……」
周囲の風景から、カフェに視線を戻すと。
丁度カフェの入り口から人が出て来た。
出て来たのはツインテールをした地雷系ファッションギャルと、くたびれたスーツ姿のおじさん。
二人は特に会話もせず、ホテル街に向かって黙々と歩いて行く。
そんな二人を見て。なんともやるせない気持ちになって、大きめのため息を吐いた。
ホテル街に消えていく二人の背中を見つめながら思う。
「本当にこんなところにアイツが来ているのかな。どうやって青蓮寺さんはここに呼び出したんだろ?」
ふむと思ったけど、とにかく店に入ったらわかるだろう。
ここまで来て、引き返すと言う選択肢はなかった。
多少の緊張感はあったけど、青蓮寺さんに言われたカチコミを遂行したいと思い。
「青蓮寺さん。黒助っ。行ってきます」
手首にあるピアスをギュッと触ってから、カフェに入ったのだった。
店内に入るとすぐに煙草の香りがした。
ここは最近では珍しい、分煙していないカフェだった。
室内は昼下がりの気だるい雰囲気が漂っていて、テーブル席やカウンター席にはポツポツと人が座っており、アイツの姿をキョロキョロと探していると。
入り口すぐ横にあるレジカウンターの中から、中年の女性スタッフから「お好きなところにどぉぞ」と、声を掛けられた。
思わずビクッとしてしまいそうなのを、堪えてゆっくりと店内に足を進める。
「アイツどこの席にいるのかな……」
窓際のボックス席から壁際の席を不自然じゃない程度に視線を巡らせていると──いた。
どくんと心臓が脈打つ。
犬養国司は壁際の端の席にゆったりと腰を掛け。アイスコーヒーを飲みながら、視線はじっと机の上に置いたスマホに固定されていた。
その姿に会社で明るく振る舞っていた笑顔。
仕事を励ましてくれた真剣な眼差し。
夜景が綺麗なバーでお酒を飲んだこと。
そう言ったことが、脳内に刹那の内によぎったあと。会社で──。
『この淫乱女が、酒に酔いつぶれた俺を襲って来た』『俺は仕事の相談を受けていただけ』『勘違い女』『欲求不満』『俺が脅されていた』
と、罵られたことを思い出し。いつの間にか歯を食いしばっていたようで、奥歯がギリっと不快な音を立ててはっとした。
そして頬は熱いのに、頭の芯はキンッと冷えていて。
気がつけばスタスタと、犬養国内のテーブルの前に足が進んでいた。
その勢いのまま。テーブルをバンっとた叩いて「お久しぶり」と、犬養に言ってから。
「この、最低男がっ!」
と、胸につっかえていた言葉をするっと吐き出すことが出来たのだった。
「っ、わっあっ!? 一体、なんなんだっ」
ガタガタとテーブルを揺らして驚く犬養。とても滑稽だと思った。
やっと私と視線が合うとポカンとして。
「えっ……カスミちゃん──じゃなくて。まさか、らら?」
「!」
カスミちゃん。その名前を聞いて全て察した。
このバカ男はこのカフェでカスミと言う女性と、今から会う約束をしていたのだろう。
懲りずに、また女遊びをしようといた。
私と別れてから半年も経っていない。いや、それどころかコイツには最低と言えど、奥さんがいるのに。
ふざけるなと思ったら、口が勝手に開いていた。
「気安く名前を呼ばないで下さい。不愉快です。今日は言いたいことがあって来ました」
「えっ、へっ?」
まだ事態が良く理解出来てない犬養に、構わずに言葉を投げる。
「よくも騙してくれましたねって……私、既婚者だってわかっていたら、付きあってなんかなかった。でも私も本当にバカだったと思う。
だからって、会社であることないこと言われてショックだった。犬を、黒助を私から取りあげられて、私は……私は辛かったし、悲しかった! 黒助を返してよっ。お金も返してっ! なんで、あんなふうに言われなきゃいけなかったのっ!? この、不倫浮気クズ最低エロ男!」
「ひっ。ちょ、待って。な、なんでお前がここに?」
「そんなのどうだっていい! アンタには関係ないっ」
一度口を開くと感情的になってしまった。無茶苦茶だったけど、言いたかったことがちゃんと言えた。
たったそれだけなのに胸がドキドキした。
ざわっと店内の空気が揺らいだけど、そんなのどうでもいいやと思えた。
「私がここに来たのは、アンタを訴えてやると言うことを伝えに来たのっ。だから覚悟して! アンタの悪事なんかこっちは全部お見通しなんだからねっ。黒助の仇は私が絶対に、死んでも、どんなことをしても──呪ってでも、仇は私が取るから覚えていて!」
キッと睨むと犬養はうっと、怯んだ。
それを見て私は胸のすく思いだった。
この男が私に対して怯んだ。少しでも怯えた。
この男に私が刹那でも脅威だと思わせた。
だったら、もういい。
遅すぎたけど、私はちゃんと立ち向かえたと言う思いが胸に広がった。達成感を感じた。
でもそれ以上に胸がずっとドキドキして、心臓が口から出てしまいそうだった。
それに、流石に店内の客達がざわつき始めた。
ちらっと横を見ると、先ほどの中年女性のスタッフがこちらに踏み込もうか、どうかオロオロしている様子だった。
これが引き際だろうと、ドクドクと妙に高鳴る心臓を宥める暇もなく。
その場を去ろうとしたら、素早く立ち上がった犬養にガシッと腕を掴まれた。
「っ!」
「──待てよ。らら。なんだ、お前生きていたのかよ」
「生きてたって……!」
やっぱり、私は死んだと思われていたのだろうか。
本当に最低だと思うのと、腕を掴まれた不快感にぞわりとする。
「おい。ふざけるのも大概にしろよ。いきなり来て訴えるだと? はぁ。バカ言うなよ。お前が俺を誘惑してきたんだろうが。それを認めて会社を辞めたんだろ? 逆恨みはやめてくれ」
「なっ、なにをっ」
「犬みたいに尻尾振って、俺に甘えて来たくせに」
ニヤリと不気味に笑われ。
犬養の手を振り払おうとしたのに、あまりの言い草に体が固まってしまった。
「俺みたいに仕事が出来る男に憧れるって言って、股を開いたのはお前だろ。お前が勝手に盛ったんだろっ」
「!」
今度は私が怯んでしまった。
酷いことを言われて頭がカッとなる。でも、周りにこの会話が聞かれていると思うと。
会社でこうして、同じ目にあったことを思い出してしまった。
あの時の同じようにただ「違う。そんなことはない」と、か細い声で否定して。首を横に振るしか出来なかった。
「何が違うんだよ。長年、男日照りだった癖に。その欲求不満を俺で解消した淫乱女が! 男だったら誰でも良かったんだろう? お前なんか若いだけで面白みも何もない、」
「──っ」
記憶がフラッシュバックする。
誰も本当のことなんか信じてくれなくて。変な噂が立って。皆に無視をされて。
会社で体験した、信頼とかが目の前でたちまちに崩壊するような恐ろしさと、今も同じように周囲の好奇の視線に晒され。足が震えそうになった瞬間に。
「あ、手が滑ってしまいました」
突然。清涼な声が横からして、びくっと体を震わせたのと同時に。犬養の顔にばしゃりと水が浴びせられたのだった。