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「ありがとうございました~」
買い物袋いっぱいの荷物を手に、上田文具をあとにするオレ。
ったく……
ペン先とかスクリーントーンとか、こんな一度に買う必要があるのか? しかも、あまり使わん様なレアなトーンばかり指定しやがって。おかげで、探すのに苦労したわ。
雨の中、オレはグチグチと愚痴りながらアーケード街になっているオニオン通りの方へ足を向けた。
さて、次はなに買うんだ……?
スマホから、メールで送られて来た買い物リストに目を落とす。
キッチリと、購入する店まで指定してある買い物リスト。
え~と、次はドラッグストアか……
「アレェ~? 智紀さんじゃねぇ~ッスか?」
オニオン通りの入り口。アーケードの下まで来て、傘を畳んでいる時だった。聴き馴染んだ声に名前を呼ばれ、顔を上げるオレ。
「よお~、恵太。それとタカシも、久しぶりだなぁ」
アーケード街の人混みから現れた二人組み。R-4時代のチームメイトである、一つ年下の恵太と二つ年下のタカシだ。
「お疲れさまッス! 智紀さんは仕事ッスか?」
「まあな、お前らは?」
「さっきまでメシ食ってたんッスけど、雨も小降りになってきたから、単車で少し流してこようかと思ってたとこッスよ」
二人とも現役は引退してるけど、バイク好きは相変わらずのようだ。
「それより聞いたッスよ。智紀さんが担当する漫画家って、長与のネェさんらしいじゃないッスか?」
「オマエ……耳が早えぇな」
まっ、昨日は千歳んトコに、あのちんちくりんが来てたらしいしからな。その彼氏である恵太が知ってても不思議じゃないか。
「いやぁ~、スゲー偶然もあったもんッスね」
「で、どうなんッスか? ネェさんのマンションに行ったりしてんッスよね?」
何を期待してんのか知らんが、目を輝かせて身を乗り出す二人。
「どうもこうもネェよ。昔のまんま――顔合わせりゃあ、取りあえずケンカして。なにが気に入らんのか知らんが、アイツは相変わらず、ずっと不機嫌そうなツラして文句ばっか言ってるよ」
「「………………」」
「まっ、そんでもお互い大人だからな。オレも仕事と割り切って付き合ってるし、千歳も嫌いな相手だからって担当代えろとか言うほど子供じゃねえだろ」
オレの話に、揃って顔を曇らせる二人。そして一歩下がると顔を突き合わせ、なにやらヒソヒソと話し始めた。
「えっ? なにこの人……ネェさんの高校っん時から出しまくってる、あの『好き好き大好き光線』に、マジでまだ気付いてないんッスか?」
「どうやら、そうみてぇだな。照れ隠しって感じでもなさそうだし……」
「なんかオレ……長与のネェさんが不憫に思えてきたッス……」
「なんでこの人は、|他人《ヒト》の事には敏感で気が回るのに、自分の事にはこうも鈍感なんだ? オレが由姫と付き合い出した時には二日で気がついたのに……」
なにしてんだ、コイツら? オレ、何か変な事、言ったか……?
「オイ、オマエら……なに話してんだ?」
「い、いえ、何でもないッスよっ!」
「そ、それより仕事って、智紀さんはこんなトコで何してるんッスか?」
「あぁ? 買い出しだよ、買い出し――」
オレは手に持った買い物袋を持ち上げた。
「あのバカ、ヒトをいいようにパシらせやがって。嫌がらせかっつーの」
「「そりゃあ、嫌がらせの一つもしたくなりますよ……」」
「なんか言ったか?」
「「い、いえ、別に何も……」」
変なヤツらだな、オイ……
二人の挙動不審な態度に首を傾げるオレ。
「で、どこ行くんッスか? 近くに単車停めてますから、ケツ乗ってくッスか?」
「いや、いいわ。次はドラッグストアだし、オニオン通りにあるから」
それにオニオン通りは|歩行者天国《ホコテン》だから、バイクは走れねぇし。
「ドラッグストアなんかでナニ買うんッスか?」
オレがスマホの買い物リストを取り出すと、それを横から覗き込む二人。
特に見られて困るもんでもないし、オレは気にせずリストをスクロールしてい――
「なっ……」
ドリンク剤に冷えピタ、ボックスティッシュと定番の品が並ぶ中、リストの最後に書かれていたモノにオレは思わず絶句した……
震える手の中にある5.2インチのスマホ。その小さな画面に映るメールの最後尾には、こう書いてあった。
『ソフェの生理用ナプキン、羽根つき夜用』と――
「あ、あの女……ゼッテー嫌がらせだろっ! 一言、文句言ってやる!」
手にしていたスマホで、そのまま千歳の携帯に電話をかけるオレ。
「ま、まあ……嫌がらせしたくなる、長与のネェさんの気持ちも分かる……」
「うんうん……」
「なんか言ったか?」
「「いえ、別に……」」
オレが睨むような視線を送ると、慌てて顔を逸らす二人……
ったく……言いたい事があるなら、ハッキリ言え。オレはハッキリと千歳に文句を言ってやるっ!
と、決意を固めると同時に、千歳の携帯へと電話がつながった。
「オイ、コラッ千歳っ! あのメールは、なんだコラッ! っんなモン買えるかっ!!」
有無を言わさず、電話越しに怒鳴りつけるオレ。
しかし……
『やだぁ、トモくんたらぁ~、そんなに怒らないでぇ』
『ギャハハハッー! オマエキモいよっ!』
どう聞いても、千歳とは別人の声。更に後ろからは、バカっぽい笑い声も聞こえてくる。
「テメェ……誰だ?」
『誰だとは、ごあいさつだな、オッサン。このあいだは、ヒトをさんざんコケにしてくれたクセによぉ』
返ってきた言葉に、オレは眉をしかめた。聞き覚えのある声――そう、先日のナンパ男の声だ。
「千歳はそこにいるのか?」
『ああ――おい、声聞かせてやれ』
『………………』
『なんか喋れって言ってんだよっ!』
『キャッ!!』
パチーン! という頬を張るような音のあとに聞こえてきた短い悲鳴。おそらく千歳のものだろ……
『聞いての通りだ。聞き分けのねぇ、クソ生意気な態度がムカつくからよっ。コレから調教してやろうと思ってたトコだよ』
『オレらで、この生意気女を淫乱ドМ女に調教してやっから、楽しみにしてろや』
『まっ、ソレが終わったっら、次はテメェの番だ。テメェもキッチリ教育して、パシリにしてヤンよ、じゃあな』
「おい、ちょっと待て、コラッ!?」
言いたい事だけ言って、一方的に切られる電話。
慌ててかけ直してみたが、何度コールしても出る気配がない。
「ちっ……」
オレは忌々しげにスマホを睨み、通話終了を押した。
ったく、あのバカ……大人しく家でネーム描いてりゃあいいのに、ノコノコ出歩きやがって。
「どうしたんッスか?」
「なんかトラブルッスか?」
「ああ……千歳のヤツ。オレが昨日シメたナンパ野郎達に拉致られたらしい……」
オレのタダならぬ様子に、不安なそうな顔を見せる恵太とタカシ。オレはスマホの画面を睨みながら、そんな二人の問いへ手短に答えた。
「なっ!? じ、じゃあ、助けにいかねぇとっ!」
「助けに行くったって、場所がわかんねぇよ……」
正直、アイツが淫乱になろうがドМになろうが知ったこっちゃない。むしろ素直で従順になるなら、担当としては大歓迎である。
しかし、あの純愛路線である『フラッシュ☆ガールズ』の作風が、R-18路線に変りでもしたら大問題だ。
なにより、怪我でもされて原稿の進捗に支障が出てたら困る。
さて、どうするか……?
「そうだっ、GPSっ! 多分、由姫のヤツなら長与のネェさんのGPSを登録してるかもしれねぇーッス。オレ、聞いてみるッスよ」
GPSか――その手があったな。
「恵太、大丈夫だ。千歳のGPSならオレも登録してある」
スマホを取り出して、電話をかけようとしていた恵太を止めるオレ。
そう、作家が原稿をほっぽり出して逃げ出してもすぐ見つけられるよう、GPSを登録しておくのは編集者の基本だ。
まあ、富樫先生みたいに携帯を置いて逃亡する作家には、あまり効果はないけど。
オレはスマホのアプリを起動して、千歳の位置情報を呼び出した。
「え~と、コレが駅東の大通りで、コレが四号線か……」
アプリに表示された場所は、駅東大通りと国道四号線が交わった地点を示していた。
「コレ、潰れたボーリング場のとこッスね」
「ウソッ! トーヨコボール、潰れたん?」
「もう、ケッコー前ッスよ。まあ、近くにランンジワンが出来ましたからね、ボーリングとビリヤードしかないトーヨコボールじゃ太刀打ち出来ねぇッスよ」
そうか……あそこのボーリング場は、高校時代によく行ったもんだけどな。やはり行き着けだった店が、潰れるのは寂しいモノがある。
って、いやいや、今はそれどころじゃなくてっ!
「確かに潰れたボーリング場なら、バカ共のたまり場には打って付けだな」
「どうします? 乗り込みますか?」
真剣な目付きで、引き締まった表情を向ける恵太とタカシ。
しかし――
「トーゼン乗り込むけど……オレ一人で行くわ」
「そんなっ! オレらも付き合いますよっ!」
「気持ちは嬉しいけど、これはオレの役目だ。ゼッテー千歳は助け出してやる」
そう言い切るオレの言葉に、ナゼか二人は嬉しそうな顔をで目を輝かせた。
「と、智紀さん……」
「そこまで、長与のネェさんの事を」
「ったりめぇだろっ! ここで千歳に何かあって、原稿を落とすような事になってみろ。オレの夏ボーナス査定に響くじゃネェかっ!」
「「ですよねぇ……」」
今度は揃ってガックリと肩を落とす二人。
さっきから何なんだ一体……?
「で、ワリーんだけど、どっちか単車貸してくんねぇ? さすがに、こっから走るには遠すぎる」
「なら、オレの単車使って下さい。オレはタカシのケツに乗ってくッスから」
「ワリーな。キズ付けねぇで返すから」
オレは恵太の差し出したバイクのキーを受け取った。
さて、物覚えの悪いガキどもに、再教育と行きますか。