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私が気絶から目を覚ましたのは十分程前。薄暗く廃墟と化したボーリング場――おそらく潰れたトーヨコボールであろう。
そのボーリング場の一角にあるビリヤードスペースで、手を縛られ椅子に座らされている私。
そして目の前にいる男達は、トモくんからかかってきた電話を勝手に出たかと思えば、好き勝手な事を言うだけ言って切ってしまった。
しかし、当然のように再び鳴る電話――
「うっせーなぁ、もう出てやんねぇよ」
「ちょ、ちょっとっ!?」
金髪の鼻ピアスくんは呼び出し音の鳴っている電話を、そのまま遠くに投げ飛ばしてしまった。
「ヒトのスマホになんて事してくれんのよっ! 壊れたら弁償して貰うからねっ!!」
張られた頬の痛みを堪え、私は声を張り上げた。
まあ、遠くから聞こえる呼び出し音を聞く限り、壊れてはいないようだ。
「まだ、デケぇ口を叩けるとは、いい度胸だな、オイ」
「でも、彼氏くんの助けを期待してもムダだぜ、ココが――」
「なっ!? か、かかか、彼氏なんかじゃないわよっ! な、ななに言ってんのよっ!! バ、バカじゃないのっ!?」
彼氏というワードに、思わず動揺する私。おデブの言葉を遮るように、裏返った声を張り上げた。
「けっ、何が彼氏じゃねぇだ? アドレスに写メ付きで登録しといて」
「しかも、『トモくん(ハート)』なんて名前で登録しやがって……それで、彼氏じゃなけりゃあ、タダのイタイ女だろ?」
「ぐっ……」
だ、誰がイタイ女よっ! ま、まあぁ……小学校からの初恋を二十歳過ぎても引きずっているってのは、多少イタイかなという自覚はあるけど。
「ともかくだ、あのオッサンにココが分かるわけねぇし。もし来たとしても、コッチには松本さんがいるんだ。怖かネェ」
「ああ、あのオッサンがどんなに強くても、松本さんの敵じゃネェぜ」
いいえ、トモくんは来る。来てしまう……
私のスマホは壊れていない。つまりGPSは生きているという事だ。場所の特定は難しくない。
そして、トモくんは私の担当編集だ。私にもしもの事があって、原稿を落とすなんて事になればトモくんだって困る。
そう……私の為にではなく、原稿の為に彼は来る(泣)。
ま、まあ、そんな事は全然どうだっていい。全然悔しくも悲しくもないんだからね……グスン。
い、いや、今はそんなトモくんの朴念仁っぷりを嘆いている場合でもない。
彼が来たとして、問題なのは…………ヤツだ。
私はビリヤードスペースの片隅でビールを呷っている、大柄な男に目を向けた。
松本と呼ばれているその男を私は見知っていた。私の飛び後ろ回し蹴りをアゴに食らって、よろめきもしなかったその男は元プロレスラーのタンク松本。
何度かテレビで試合を観た事があるけど、典型的なパワーファイターで全日本プロレスのチャンピオンにもなった事もある男だ。
でも確か数年前、酔っ払って暴れた挙句に素人に怪我をさせ、傷害で逮捕された後に引退したはず。
それが、こんなところでチンピラのボディガードをするまでに落ちぶれていたとは……
しかし、落ちぶれたとはいえ元プロレスラーだ。いくらトモくんが空手の段持ちでも多分敵わないだろう。
仮に勝てたとしても無傷ではすまない。ならどうするか……?
決まってる。トモくんが来る前に、なんとかここから逃げ出さないと。
自分の状態を確認する私。
縛られているのは手だけだ。つまり、隙を突ければ足技は使えるし、走る事だって出来る。
よし――
「ちょっと、そこの鼻ピー男。こんなマネしてタダで済むと思ってんの? てゆうか、今どき金髪鼻ピアスって、恥ずかしくないの? 田舎モン丸出しで、見てるコッチが恥ずかしわよっ!」
「っんだと、コラッ! もういっぺん言ってみろっ!」
なんとか隙を作る為、男達を挑発する私。そして、その挑発にあっさり乗って来る低能共。
肩を怒らせ、椅子に座る私の目の前までやって来る。そして激昂に吊り上げた目で、鼻ピー男は見下ろすように私を睨みつけた。
こうゆう時、単純バカは扱いが楽で助かる。
「何度でも言ってやるわよ。てゆうか、大の男が三人もいて、助っ人がいないと女一人拉致出来ないなんて、そっちの方が恥ずかしけど――」
「なめんなーっ!!」
「ぐっ……」
怒りに任せ私の頬を張る鼻ピアスくん。私はその勢いで、椅子からずり落ち――
「はあぁーっ!」
「ぶへぇっ!?」
椅子からずり落ちた私は、尻もちをつく寸前で踏ん張り持ちこたえる。そして、身体を起こす勢いを利用して鼻ピアスくんに回し蹴りを叩き込んだ。
突然の事で、呆気に取られるグラサンくんとおデブくん。なによりタンク松本に至っては、出口とは逆方向に座っている。
イケるっ! 外にさえ出られれば、すぐ目の前は交通量の多い国道だ。人目の多いところでは、コイツらだって手荒な事は出来まいっ!
私は出口目指して、走り出し――
「がっ……」
そう、走り出した直後だった。
背中に強い衝撃を受け呼吸が止まり、私の身体は前方へとバランスが崩れた。後ろ手で縛られているので受け身をとる事も出来ず、うつ伏せに床へと激突するよう倒れ込む私……
「な……なにが……」
全身を襲う激痛に呼吸もままならず、声も上手く出せない。そして、そんな私の|傍《かたわ》らには丸椅子がコロコロと転がっていた。
「あまりオレの手を煩わせるんじゃねぇよ」
背後から聞こえるシブい声……
あの男が、私に向かってこの椅子を投げたのか?
激痛をこらえながら、霞む視界で状況を把握していく私。
しかし、把握したところで、床に這いつくばり身動きの取れない私には何もする事が出来ない……
そんな、イモムシみたいに転がる私の元へ、複数の足音が近付いて来る。
「テ、テメェ……ナメてんじゃネェぞコラッ!!」
「ぐっ、がっ……」
無防備な私を背中から何度も踏みつける男達。
「クソがっ! 何度もヒトのツラ蹴り飛ばしやがってよーっ!!」
「がっ……あぁぁぁ……」
更に足を蹴られ、そして踏み付けられる。涙が滲む目に映るのは薄汚れた板張りの床だけ。全身に痛みが走り、もうどこが痛いのかすら分からない……
「ペッ……テメェには、自分の立場ってぇのを教えてやる必要があるようだな」
アンタらのみたいな頭の悪そうなお子様から、教わる事なんて何もないわよ。
そう、言い捨ててやりたかったけど、息が詰まって上手く声が出せない。
「テメェ、確か漫画家とか言ってたな?」
「だ……だったら……な、によ……」
うずくまる私の髪を掴み、ムリヤリ顔を上げされる鼻ピアス男。
そういえば、最初に会ったフライング・カーテンでそんな話をした気もする。
「ふっ……オイ! コイツの縄、解いといておけ」
鼻ピアス男は下卑た笑いを浮かべると、おデブ達にそう指示を出し、ボーリングのエリアの方へと向かって行った。
な、何をする気なの……?
男の浮かべた嫌な笑いに、不安が湧き上がる。そして、その不安を煽るように鼻ピアス男はボーリングの玉を持って戻って来た。
イヤらしい笑みで、ボーリングの玉を見せつけるように歩く男……
「オイ。ソイツの手、床に着けてシッカリ抑えとけ」
「なるほど、ヒヒヒッ」
「頭いいなオイ。ハハハーッ!」
男達の言葉で、一気に血の気が引いた。
ま、まさか……
私の予想を裏付けるように、おデブが私の背中に乗りながら肩を床に押し付け、グラサンが横に伸ばした腕の手首を抑え付ける。
「さて、指の潰れた漫画家さまは、どうなるのかな?」
「ちょ、ま……」
「安心しろ、まずは女用の軽いヤツだ。まっ、このあとのテメェの態度次第で、ドンドン重くなるけどな」
女性用と言ったて、10ポンド前後――4キロ以上はある。そんな物を指に落とされたら、間違いなく――
「ま、待って! 右手だけはやめてっ! 他は何をされても構わないし、なんだってするっ! |輪姦《まわ》されたって構わないっ! だから、右手だけは許して、お願いっ!!」
「ハハハーッ! いいねぇ~、その必死なツラ。そのツラが見たかったんだよ」
「でも、残念。アンタを輪姦すのは、すでに決定事項だから」
イヤ……イヤだ……右手だけは……
私は子供のように首を振り、必死に動かない右手に力を込める……
しかし、それくらいで腕が抜ける訳がない。そんな事はわかっている……分かってはいても、今の私にはそれくらいしか出来ない。
「まっ、大人しくしてりゃあ、気持ち良くしてやっからよ」
「ムリだろ。だってオマエ、ヘタだし早えぇし」
「っんだとっ!」
吐き気がするくらい下卑た会話……
イヤ……お願い……私の漫画を待っている人がいるの……
私の漫画を喜んでくれる人がいるの……
それに、私と一緒に漫画を作ってくれる、アノ人が悲しんでしまう……
だから……だから……
「ホレッ、行くぞ」
私のそんな願いも届かずに、鼻ピアス男は動かない手の甲の真上に、ウレタン製の赤い玉を掲げた。
そして――