テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1組・バドミントン部・158cm。 男子からの好意には慣れてる。 玲央の軽さも、陽翔の優しさも、琉惺の強引さも――全部わかってる。 でも、心は動かない。 本当は、遥輝という“彼氏”がいる。 それを知っているのは、七海だけ。 「好きって言ってくれたら、全部救われるのに」 そう思いながら、今日も遥輝だけを見てる。 私の全部は、遥輝専用だから。
1組・サッカー部・159cm ちゃらめで距離感が近く、梨々花とはよく勝負事をする仲。 LINEでハートのスタンプを送るのも日常茶飯事。 身体測定のあと、真っ先に梨々花に話しかけに行くほどの“隠しきれない好意”。 軽そうに見えて、実は本気。 「俺のこと、見てくれよ」 その一言に、すべての想いが詰まっている。
1組・バスケ部・172cm ぶっちぎりの高身長と爽やかな雰囲気で、女子人気はトップクラス。 梨々花には自然に頭ポンポンしたり、距離が近い。 でも、梨々花には「なんでモテるのかよくわからない」と言われている。 それでも彼は、**“わからなくても、惹かれてほしい”**と願っている。 モテる男の余裕と、梨々花への本気が交錯する。
2組・サッカー部・155cm 問題児で、独占欲が強め。 好きな子には強引で、梨々花に対しても遠慮なし。 身長が梨々花より低いことがコンプレックス。 意外にモテるが、梨々花にだけは“本気の執着”を見せる。 「俺の梨々花なんだから、誰にも触れさせない」 その言葉は、甘くて危うい。
2組・バドミントン部・157cm 梨々花の親友 明るくて、恋の駆け引きが得意。 琉惺と仲が良く、彼に恋心を抱いている。 でも、琉惺が梨々花を好きだと気づいて、少し傷ついている。 梨々花のモテっぷりに嫉妬しながらも、 「親友だからこそ、言えないこともある」 その葛藤を抱えている。
他校・爆モテ男子 3クラス中2クラスの女子が彼に恋していると言われるほどの人気者。 梨々花のことが大好きだが、ツンデレすぎて愛を伝えられない。 男子と仲の良い梨々花が、他の人に取られないか常に心配している。 「好きって言えたら、全部変わるのに」 その一言が、ずっと胸の中にしまわれたまま。
「……ねえ、七海。これ見て」 梨々花がスマホを差し出す。画面には、遥輝からのLINE。
『別に、今日話すことないけど。 お前が暇なら、電話してもいい。』
「……ツンすぎて、デレが見えない」 七海が笑いながら、画面を覗き込む。
「でも、“電話してもいい”って言ってる時点で、ちょっと甘くない?」 梨々花は頬を染めながら、スマホを胸元に抱える。
「遥輝くんって、ほんと“専用”って感じだよね。梨々花にしか見せない顔、あるんだろうな」 七海の声は、少しだけ羨ましげ。
「うん。誰にも見せないくせに、私にはちょっとだけ甘くなるの。……それが、嬉しい」 梨々花の目が、遠くを見てる。
「いいなぁ。“他校のツンデレ彼氏”とか、最高じゃん」 七海は笑って、梨々花の肩を軽く叩く。
「でも、七海にしか言えないよ。こんなの、誰かに話したら“妄想”って言われそうだし」 梨々花は苦笑い。
「私は信じてる。だって、梨々花が話す遥輝くん、ちゃんと“存在してる”もん」 七海の言葉に、梨々花はそっと微笑んだ。
『今日、陽翔ってやつと話してたんだろ。 呼び捨てなんだな。 仲いいんだな。 ……別に、どうでもいいけど。』
梨々花はスマホを見て、思わず笑ってしまう。 隣で通話を聞いていた七海が、すぐに反応する。
「え、遥輝くんそれ、完全に嫉妬じゃん」 七海がクッションを抱えて笑う。
「ね。“どうでもいいけど”って言ってる時点で、どうでもよくないよね」 梨々花はスマホを見つめて、頬を赤くする。
「てか、なんで知ってるの?私が陽翔と話してたこと」 梨々花が首を傾げる。
「私が言ったかも。『今日、陽翔がノート貸してくれたんだよ』って」 七海が申し訳なさそうに言う。
「……七海、ナイス。遥輝の嫉妬、もっと見たい」 梨々花はいたずらっぽく笑う。
『陽翔はただのクラスメイト。 呼び捨てなのは、昔からだから。 遥輝の名前は、誰より特別に呼んでるよ。』
梨々花はそう返信して、スマホをそっと伏せた。
『は? 別に、呼び方とか気にしてねーし。 ……でも、俺の名前はお前しか呼ぶな。』
梨々花はスマホを見て、思わず顔を覆う。 隣で七海が、すぐに反応する。
「えっ、それって……!遥輝くん、めっちゃ甘くない?」 七海が目を輝かせる。
「ね。“気にしてない”って言いながら、“俺の名前はお前しか呼ぶな”って……それ、完全にデレじゃん」 梨々花は笑いながら、スマホを胸に抱える。
「遥輝くん、梨々花専用すぎる」 七海がクッションに顔を埋める。
「……うん。私だけが呼べる名前って、嬉しい」 梨々花の声は、少しだけ震えていた。
「私が言ったかも。『今日、陽翔がノート貸してくれたんだよ』って」 七海が申し訳なさそうに言う。
「……七海、ナイス。遥輝の嫉妬、もっと見たい」 梨々花はいたずらっぽく笑う。
『陽翔はただのクラスメイト。 呼び捨てなのは、昔からだから。 遥輝の名前は、誰より特別に呼んでるよ。』
梨々花はそう返信して、スマホをそっと伏せた。
『昔からって言われても、 呼び捨てって、距離近いだろ。 俺とは、そんなふうに話せないのに。 ……まあ、別にいいけど。 陽翔のこと、楽しそうに話すよな。』
梨々花はスマホを見て、胸がぎゅっとなる。 七海が隣で、そっと顔を覗き込む。
「……遥輝くん、完全に拗ねてるじゃん」 七海が囁くように言う。
「うん。“俺とはそんなふうに話せない”って……それ、寂しいってことだよね」 梨々花はスマホを握りしめる。
「でも、梨々花は遥輝くんにだけ見せてる顔、あるよね?」 七海が優しく問いかける。
「ある。……あるけど、伝わってないのかな」 梨々花の声は、少しだけ震えていた。
『陽翔はただのクラスメイト。 遥輝には、呼び捨て以上の気持ちがある。 “距離”じゃなくて、“特別”だから。』
梨々花はそう打って、送信ボタンを押した。
『……特別って、簡単に言うな。 俺は、そんな軽くない。 ……声、聞かせろよ。 今、電話できんの?』
梨々花はスマホを見て、胸が高鳴る。 七海が隣で、目を丸くする。
「えっ、遥輝くんから電話の誘い!?それ、事件じゃん」 七海が小声で騒ぐ。
「うん……“声、聞かせろ”って……」 梨々花はスマホを耳に当てながら、そっと笑う。
通話が繋がる。 少しの沈黙のあと、遥輝の声が聞こえる。
「……お前さ、陽翔のことばっか話すの、やめろよ」 低くて、でもどこか拗ねた声。
「話してないよ。七海にちょっと言っただけ」 梨々花は優しく返す。
「……俺のことだけ、考えてろよ」 遥輝の声が、少しだけ震えていた。
「考えてるよ。ずっと。遥輝専用だもん、私」 梨々花の声は、甘くて、確かだった。
沈黙。 そのあと、遥輝がぽつりと呟く。
「……じゃあ、もうちょっと話してて。 お前の声、聞いてると落ち着く」
梨々花は微笑んで、イヤホンを深く耳に差し込んだ。
「……ほんとに、俺専用?」 遥輝の声は低くて、少しだけ不安そう。
「うん。遥輝専用。誰にも渡さない」 梨々花は即答する。迷いなんて、ない。
「……陽翔にノート借りたって聞いた時、 なんか、胸がざわついた」 遥輝の声が、少しだけ揺れる。
「それ、嫉妬?」 梨々花が笑いながら聞く。
「違う。……いや、違わないかも。 お前が誰かに頼るの、俺以外ってだけでムカつく」 遥輝の言葉は、ぶっきらぼうなのに、甘い。
「でも、頼りたいのは遥輝だけだよ。 ノートは借りただけ。気持ちは、全部遥輝に向いてる」 梨々花の声は、まっすぐだった。
沈黙。 そのあと、遥輝がぽつりと呟く。
「……俺さ、他校だから、何も見えないじゃん。 お前が誰と笑ってるかも、誰に名前呼ばれてるかも。 それが、怖いんだよ」
梨々花はスマホをぎゅっと握る。
「でも、私が誰に笑いかけても、 “好き”って思うのは遥輝だけ。 それだけは、絶対に変わらない」
「……お前、ずるいな。 そんなこと言われたら、もっと欲しくなる」
「欲しがっていいよ。 だって、私は遥輝専用なんだから」
沈黙。 でも、そこにはもう不安はなかった。
「……じゃあ、寝るまで電話してて」 遥輝の声が、少しだけ甘くなる。
「うん。ずっと話してる。 遥輝が“おやすみ”って言うまで、切らない」
「……眠い?」 梨々花がそっと問いかける。
「ちょっと。 でも、お前の声、聞いてたい」 遥輝の声は、少しだけかすれてる。
「じゃあ、寝るまで話してていいよ」 梨々花は優しく微笑む。
沈黙。 ふたりの呼吸だけが、静かに重なる。
「……梨々花」 遥輝が名前を呼ぶ。珍しく、柔らかい声。
「なに?」
「……他の誰にも、呼ばせんな。 お前の名前、俺だけのもんだから」
梨々花は、息を呑む。 胸が、きゅっと締めつけられる。
「……うん。遥輝専用だよ。 名前も、気持ちも、全部」
「……じゃあ、寝る。 おやすみ、“俺の梨々花”」
通話が切れる。 でも、梨々花の胸の中には、遥輝の声がずっと残っていた。
『昨日の最後のやつ、 忘れろ。 寝ぼけてただけだから。 ……てか、今日寒いから、ちゃんと上着着ろよ。』
梨々花はスマホを見て、思わず笑ってしまう。 七海が隣で、すぐに反応する。
「えっ、遥輝くん、照れてる!?昨日の“俺の梨々花”のこと?」 七海が目を輝かせる。
「うん。“忘れろ”って言ってるけど、絶対忘れてほしくないやつ」 梨々花はスマホを見つめて、頬を赤くする。
「しかも、最後の“寒いから上着着ろ”って……それ、完全に彼氏のやつじゃん」 七海が笑う。
「ね。ツンデレって、朝になると甘さ隠しきれないんだよね」 梨々花はスマホを胸に抱えて、そっと呟く。
『忘れないよ。 “俺の梨々花”って言ってくれたの、 ずっと大事にする。 ……今日も、遥輝専用でいるね。』
梨々花はそう返信して、制服の上にカーディガンを羽織った。
「梨々花ちゃん、今日も髪巻いてるじゃん。 俺のため?って言ったら怒る?」 玲央が笑いながら、机に肘をついて覗き込む。
「怒らないけど、否定はする」 梨々花はプリントを整理しながら、さらっと返す。
「冷た〜。でも、そういうとこ好き」 玲央は笑って去っていく。
「梨々花、これ。昨日の折り紙の続き」 陽翔が意味不明な形の紙を差し出す。
「……これ、何?」 梨々花は笑いながら受け取る。
「“梨々花専用の守り神”だよ。机に置いといて」 陽翔は真顔で言う。
「優しすぎて逆に困るって言ったの、覚えてる?」 梨々花は苦笑い。
「うん。でも、やめない」 陽翔はふわっと笑って去っていく。
「おい、陽翔。調子乗んな」 琉惺が机を蹴りながら近づいてくる。
「梨々花、今日の昼、俺と食え」 命令口調。でも、どこか焦ってる。
「ごめん。今日は七海と約束してるの」 梨々花は優しく断る。
「……じゃあ、明日」 琉惺は不満げに去っていく。
七海が隣で笑う。
「ねえ、梨々花。今日だけで何人に“専用”アピールされた?」 七海がプリンを開けながら聞く。
「してないよ。私が“専用”なのは、遥輝だけ」 梨々花はスマホを見て、そっと微笑む。
画面には、遥輝からの未読LINE。
『今日も、誰かに囲まれてんだろ。 ……俺だけ見てろよ。』
梨々花は、返信を打つ。
『見てるよ。 誰に囲まれても、心は遥輝専用。』
「159.2cmだったー! 梨々花、俺の勝ちな!」 玲央が駆け寄ってくる。靴箱の前で、満面の笑み。
「え、私159.1だったんだけど…」 梨々花が笑うと、玲央はスマホを取り出して、 ハートのスタンプを連打。
「勝った記念に、今日の帰り一緒に帰ろ♡」 「勝負の報酬、それ?」 梨々花は苦笑い。
「梨々花、俺172.4だった」 陽翔が後ろから頭ポン。
「……高すぎて参考にならない」 梨々花が笑うと、陽翔は少しだけ真顔になる。
「でも、俺は梨々花に合わせたいって思ってる」 「身長を?」 「気持ちを」 陽翔はふわっと笑って去っていく。
「俺、155.0。 梨々花より低い。……でも、関係ねぇ」 琉惺が壁に手をついて、梨々花を見下ろす(ように見せかけて、実は見上げてる)。
「俺の梨々花なんだから、誰にも触れさせない」 「……触れてないよ、誰も」 梨々花は静かに言う。
「陽翔、頭ポンしてた」 琉惺が睨む。
「それは、陽翔の癖」 「俺の嫉妬も、癖」 琉惺はそのまま去っていく。
七海が隣でプリンを食べながら、ぽつり。
「ねえ、梨々花。 今日だけで何人に“好き”って言われたと思う?」
「誰にも言われてないよ」 梨々花はスマホを見ながら答える。
「でも、みんな言ってたよ。 言葉じゃなくて、目で、態度で、全部」 七海は少しだけ寂しそうに笑う。
夕陽が教室の床をゆっくり染めていく。 梨々花はプリントをまとめながら、七海の方をちらりと見る。
「ねえ、梨々花」 七海が、机に頬を乗せたまま言った。
「うん?」 梨々花は手を止める。
「……琉惺のこと、好きなんだ」 七海の声は、風の音よりも静かだった。
梨々花は、何も言わずに七海の顔を見つめる。
「いつからかは、わかんない。 でも、気づいたら目で追ってて、 声が聞こえると、ちょっとだけ嬉しくて」 七海は、机の木目を指でなぞる。
「好きって、こういうことなんだなって思った」 梨々花は、そっと七海の手に触れた。
「七海の気持ち、ちゃんと受け取ったよ」 七海は、少しだけ笑った。
「ありがとう。……言えてよかった」 「うん。言ってくれて、嬉しい」 梨々花の声は、優しくて、揺れていなかった。
それ以上、七海は何も言わなかった。 琉惺が誰を見ているか――その話は、しなかった。
ただ、夕陽の中で、二人は静かに並んで座っていた。
部活帰りの夕暮れ。 校門を出たところで、七海は少しだけ歩幅を速めて、琉惺の隣に並んだ。
「今日の試合、かっこよかったね」 七海の声は、いつもより少しだけ高かった。
「え、そう? ミスばっかだったけど」 琉惺は笑って、前を向いたまま言う。
「でも、最後のシュート、ちゃんと決めたじゃん」 「……見てたんだ」 「うん。ずっと見てた」 七海は、言ってから少しだけ息を止めた。
琉惺は、ふっと笑った。 「そっか。ありがと」
七海は、ポケットの中で手をぎゅっと握った。 それ以上は、何も言わない。 “好き”って言葉は、まだ胸の奥にしまっておく。
でも、今日の「ずっと見てた」は、七海にとっては小さな告白みたいなものだった。
風が吹いて、制服の裾が揺れる。 琉惺は何も気づかないまま、隣を歩いている。 それでいい。 今は、それでいい。
琉惺は、屋上のベンチに腰を下ろして、ペットボトルのキャップを開けた。 風が気持ちよくて、少しだけ目を閉じる。
「ここ、座っていい?」 七海の声がして、琉惺は目を開けた。
「もちろん」 七海は、隣に座ると、少しだけ間を置いて言った。
「最近、屋上好きなんだ」 「へえ。前はあんまり来なかったよね」
七海は笑って、空を見上げた。 「なんか、ここって静かで、話しやすいから」
琉惺は、七海の横顔をちらりと見る。 前より、よく話すようになった気がする。 言葉の選び方が、少しだけ柔らかくなった気がする。
「七海って、最近ちょっと変わった?」 思わず口にしていた。
七海は、驚いたように目を丸くして、すぐに笑った。 「え、いい意味で?」 「うん。なんか…前より、話しやすいっていうか。距離が近い感じ」
七海は、少しだけ視線を落とした。 「そっか。……そうかもね」
それ以上、琉惺は深く考えなかった。 でも、七海の笑い方が、いつもより長く残った気がして、 その日の帰り道、ふと屋上の風を思い出した。
昇降口の階段に、夕陽が差し込んでいた。 梨々花が英検の参考書を抱えて、階段を降りようとしていたとき――
「梨々花」 後ろから、琉惺の声がした。
「ん?」 梨々花が振り返ると、琉惺は少し照れたように笑っていた。
「英検、頑張れよ。お前なら絶対いけるって」 「……ありがと」 梨々花は、ふわっと笑った。
そのやりとりを、階段の影で七海は聞いてしまった。 プリントを返しに来ただけだったのに、足が止まった。
琉惺の声は、いつも通りだった。 でも、“梨々花だけに向けた言葉”だった。
七海は、何も言わずにその場を離れた。 足音を立てないように、静かに。
心の中で、何度も繰り返す。 「英検、頑張れよ」 「お前なら絶対いけるって」
それは、七海が言われたかった言葉じゃない。 でも、梨々花には言った。
七海は、歩きながら思った。 ――琉惺は、梨々花のことが好きなのかな。
その答えは、誰にも聞けない。 七海は、ただポケットの中で手を握りしめた。
ベッドに横になっても、眠れなかった。 七海はスマホを手に取って、何度も画面を消しては、また点けた。
「見なくてもいい」 そう思っていた。 でも、指は梨々花のアカウントを開いていた。
最新の投稿。 夕暮れの階段の写真。 そこに添えられた一言。
「頑張れって言われた。がんばる。」
いいねの数が、じわじわと増えていく。 コメントには「誰に言われたの?」「応援してる!」の文字。
七海は、画面を見つめたまま、何も言えなかった。 その「頑張れ」が、琉惺の言葉だと知っているのは、きっと自分だけ。
胸の奥が、じんわりと痛くなる。 梨々花は悪くない。 琉惺も、きっと何も気づいていない。
でも、七海の中で何かが静かに崩れていく。
画面を閉じて、枕に顔を埋めた。 「言わなきゃよかった」 そう思ったわけじゃない。 ただ――「聞かなきゃよかった」と、少しだけ思った。
夜の静けさが、余計に心をざわつかせる。 七海は、目を閉じたまま、何も考えないようにしていた。
教室に入ると、梨々花はいつも通りだった。 明るくて、誰にでも優しくて、男子たちが自然と話しかけてくる。
「昨日の投稿、よかったね」 「英検、応援してるよー」 「梨々花って、ほんと頑張り屋だよな」
七海は、席に着きながらその声の輪を見ていた。 梨々花は、笑顔で「ありがとう」って返している。 その笑顔は、誰にでも向けられている。
七海は、深呼吸してから、声をかけた。
「おはよう、梨々花」 「七海! おはよう!」 梨々花は、ぱっと振り向いて笑った。
七海も笑った。 でも、ほんの少しだけ、口元が震えた。
「今日も頑張ろうね」 「うん、頑張る!」
梨々花は、何も気づいていない。 七海は、それが嬉しくて、少しだけ苦しかった。
心の中で、七海は思った。
――私は、琉惺だけ振り向いてくれればいいのに。 ――梨々花みたいに、みんなに好かれなくていい。 ――ただ、琉惺だけに、私を見てほしいだけなのに。
その願いは、誰にも言えない。 七海は、ノートを開いて、ペンを走らせた。 その文字は、少しだけ強く、ページをへこませた。
昇降口の前で、梨々花が靴を履き替えていると、 陽翔がスッと隣に立った。
「梨々花ってさ、最近ちょっと可愛くなったよね」 陽翔は、冗談めかして言う。
「え、急にどうしたの?」 梨々花は笑って、靴のかかとをトントンと鳴らす。
「いや、マジで。昨日の投稿もさ、なんか…頑張ってる感じがいいっていうか」 「ありがと。でも、陽翔に言われるとちょっと怪しいな」 梨々花は、軽く肩をすくめて笑った。
「ひど。俺、わりと本気なんだけど」 「そういうの、いろんな人に言ってるでしょ」 「……まぁ、否定はしないけど」 陽翔は笑って、頭をかいた。
「でも、梨々花はちょっと特別かも」 その言葉に、梨々花は少しだけ目を丸くした。
「……ありがと。でも、私、今は英検でいっぱいいっぱいだから」 「そっか。じゃあ、応援だけしとくわ」 陽翔は、手をひらひら振って昇降口を出ていった。
梨々花は、その背中を見ながら、 「陽翔って、ほんと器用だな」って思った。
でも、心の中では―― 「琉惺に言われた『頑張れ』の方が、ずっと響いてる」 そんなことを、誰にも言わずにしまっていた。
バスケ部の練習が終わって、体育館裏で水を飲みながら、 陽翔がぽつりとつぶやいた。
「梨々花って、いいよな」 琉惺は、ペットボトルのキャップを閉めながら、ちらりと陽翔を見る。
「急にどうした」 「いや、なんかさ。あの感じ、ちょっと憧れるっていうか」 陽翔は、壁にもたれて空を見上げた。
「明るくて、頑張ってて、誰にでも優しくて。 でも、ちゃんと芯がある感じ」 「……まあ、確かにそういうとこあるよな」 琉惺は、少しだけ考えるように言った。
「昨日もさ、英検の話してたら、真面目に答えてくれてさ。 俺、ちょっとドキッとしたもん」 「お前、すぐドキッとするじゃん」 「それは否定できないけど、梨々花はちょっと違うんだよな」
琉惺は、陽翔の言葉に笑いながらも、 心の中で何かが引っかかった。
――梨々花って、いいよな。
その言葉が、頭の中に残った。 七海の「ずっと見てた」って言葉も、ふとよみがえる。
琉惺は、何も言わずに空を見上げた。 夕焼けが、少しずつ色を変えていく。
「よし、今日の勝負はパン早食い!」 玲央が、購買で買ったコッペパンを二つ掲げる。
「また変な勝負…」 梨々花は笑いながら、パンを受け取った。
「ルールは簡単。食べ終わったら手を挙げる。 途中で水飲んだら失格な」 「はいはい。じゃあ、よーい…スタート!」
二人は一斉にパンにかぶりつく。 笑いながら、もぐもぐ、もぐもぐ。 途中でむせそうになりながらも、 玲央が先に手を挙げた。
「勝ったー! 俺の勝ち! 梨々花、弱っ」 「いや、これ勝負って言えるの?」 梨々花は笑いながら、口元をぬぐった。
玲央は、パンの袋を丸めながら、ふと声を落とした。
「でもさ、俺、勝ちたいっていうより―― 梨々花に“見られてたい”だけなんだよね」
梨々花は、笑いかけた顔を止めた。
「……え?」 玲央は、ふざけた笑顔のまま、でも目だけは真剣だった。
「俺のこと、見てくれよ」 その一言に、梨々花は何も返せなかった。
玲央は、すぐに立ち上がって、 「次はジャンケン10連勝勝負な!」と手を振って去っていった。
梨々花は、パンの袋を見つめながら、 その“くだらない勝負”の中にあった本気を、少しだけ考えていた。
昇降口の前で、梨々花が靴を履き替えていると、 玲央が隣に立って、スマホを見せてきた。
「今日の勝負、俺の勝ちってことでいい?」 画面には、昼休みに撮ったパン早食いの写真。
「まだ言ってるの?」 梨々花は笑って、スマホを押し返す。
「俺、帰りも勝ちたいから、隣歩くわ」 「勝ちの定義、雑すぎ」 二人のやりとりに、七海は少しだけ笑ってみせた。
その横で、琉惺がリュックを背負いながら言う。 「今日、駅まで一緒に行く?」 「うん、行こう」 七海は、琉惺の隣に並ぶ。 でも、心の中では梨々花と玲央の距離が気になっていた。
そこへ、陽翔が昇降口から走ってきた。
「おーい! みんなで帰るの?」 「うん、今から駅まで」 梨々花が答えると、陽翔はちょっとだけ残念そうな顔をした。
「いいなー。俺も一緒に帰りたいけど、 今日、弓道の教室なんだよな~……」 「え、また? 最近多くない?」 「週2になったんだよ。マジで矢ばっか引いてる」 陽翔は、肩をすくめて笑った。
「じゃあ、また明日ね」 「うん。梨々花、明日も勝負な!」 「何の勝負か決めてから言って」 陽翔は手を振って、昇降口を出ていった。
4人は並んで歩き出す。 玲央は梨々花の隣、七海は琉惺の隣。 でも、七海の視線は時々、前を歩く梨々花と玲央に向いてしまう。
――なんで、みんな梨々花なの。 七海は、心の中でそっとつぶやいた。
夕暮れの坂道。 部活終わりの空気は少し涼しくて、制服の袖が風に揺れていた。
梨々花と玲央は、前を歩きながら笑っていた。 「次の勝負は、早口言葉な!」 「それ、玲央が得意なだけじゃん!」 ふざけた声と笑い声が、夕焼けに溶けていく。
七海は、少しだけ後ろを歩いていた。 隣には琉惺。 彼は、リュックの肩紐を直しながら、前を見ていた。
七海は、何度も言おうか迷っていた言葉を、 思い切って口にした。
「今日、楽しかったね」 声は、風に紛れそうなくらい静かだった。
琉惺は、すぐに答えた。 「うん。梨々花、めっちゃ面白かった」 その言葉に、七海の心がふっと沈んだ。
――梨々花。
その名前が返ってくるとは、思っていなかった。 いや、思っていたのかもしれない。 でも、どこかで期待していた。 「七海と歩けてよかった」とか、 「今日、話せて嬉しかった」とか――そんな言葉を。
七海は、笑顔を崩さないように、 「そっか」とだけ返した。
琉惺は、何も気づいていない。 七海が“楽しかった”のは、梨々花じゃなくて――琉惺だったこと。
前を歩く梨々花と玲央は、まだ笑っている。 玲央がふざけて、梨々花がツッコんで、 そのテンポの良さが、まるで“特別な関係”みたいに見えた。
七海は、ポケットの中で手をぎゅっと握った。 その手のひらには、言えなかった言葉が残っていた。
――私は、琉惺と歩けただけで、嬉しかったのに。 ――それだけで、今日が特別だったのに。
でも、言えない。 言ったら、何かが壊れてしまいそうで。 言ったら、琉惺が困った顔をする気がして。
だから、七海は笑った。 少しだけぎこちなく、でも精一杯。
「明日も晴れるかな」 そんな言葉で、空気を変えようとした。
琉惺は、空を見上げて「たぶん晴れるよ」と答えた。 その声は、いつも通りだった。
七海は、隣にいることだけを、大事にしようと思った。 それだけで、今は十分――そう思おうとした。
でも、心の奥では、 「私の“楽しかった”は、琉惺だったのに」 という言葉が、ずっと響いていた。
夕暮れの道を、4人で並んで歩いていた。 梨々花と玲央は前を歩き、七海と琉惺は少し後ろ。
玲央がふざけて、梨々花が笑って、 そのテンポの良さが、まるで“いつもの二人”みたいだった。
七海は、隣の琉惺に歩幅を合わせながら、 その笑い声を聞いていた。
途中、信号待ちで4人が並んだとき―― 琉惺が、ふと梨々花に声をかけた。
「英検、いつだっけ?」 「来週の土曜」 「そっか。……頑張れよ」 梨々花は、少し驚いたように顔を上げた。
「ありがと。……頑張る」 そのやりとりは、ほんの数秒だった。
でも、七海の心には、ずっと残った。
――“頑張れよ” その言葉を、琉惺は梨々花にだけ言った。
七海は、何も言わなかった。 言えなかった。
自分も隣にいたのに。 同じように歩いていたのに。 その言葉は、自分には向けられなかった。
玲央が「梨々花、次の勝負は英単語暗記な!」と笑いながら言う。 梨々花が「それはさすがに負けるかも」と返す。
そのやりとりの中で、七海は静かに歩いていた。 ポケットの中で手を握りしめながら。
――私は、ただ隣にいたかっただけなのに。 ――それだけで、十分だったのに。
でも、琉惺の言葉が梨々花に向いた瞬間、 その“十分”が、少しだけ崩れてしまった。
信号が青に変わり、4人はまた歩き出す。 夕焼けが、背中を静かに染めていた。
七海
夕暮れの坂道。 4人は並んで歩いていた。 梨々花と玲央が前、七海と琉惺が少し後ろ。
「梨々花、明日も勝負な。今度は英単語暗記!」 玲央が笑いながら言う。
「それはさすがに負けるかも」 梨々花は笑って、肩をすくめる。
「じゃあ、勝ったら何かくれる?」 「え、何が欲しいの?」 「梨々花の“好き”とか?」 玲央は冗談めかして言うけど、目は笑っていなかった。
その瞬間、後ろから琉惺の声が飛んだ。
「お前、ふざけすぎ」 玲央が振り返る。
「は? 何、急に」 「勝負だの“好き”だの、軽く言うなよ」 琉惺の声は静かだったけど、言葉は鋭かった。
七海は、隣で息を止めた。 空気が、変わった。
「軽くなんか言ってねぇし。 俺は、ふざけてるようで本気なんだけど」 玲央の声が、笑っていない。
「だったら、ちゃんと言えよ。 “好き”って、冗談じゃなく言え」 琉惺の目は、まっすぐだった。
「言ったら、お前はどうするの?」 玲央が立ち止まる。
「俺は――梨々花を誰にも渡す気ない」 琉惺も、足を止めた。
梨々花は、二人の間に立っていた。 何も言えずに、ただ空気の重さを感じていた。
七海は、少し後ろで立ち尽くしていた。 言葉を挟む隙なんて、どこにもなかった。
「渡すとか、そういう言い方、 梨々花がモノみたいじゃん」 玲央が、少しだけ声を荒げる。
「違う。 俺にとっては―― 梨々花は、誰にも触れてほしくない存在なんだよ」 琉惺の声は、静かに震えていた。
梨々花は、胸がぎゅっと締めつけられた。 その言葉の重さが、ずっと響いていた。
「やめて」 梨々花が、ようやく口を開いた。
「みんなで帰ってるのに、 こんな空気、嫌だよ」 その声に、二人は少しだけ目を伏せた。
でも、火花はまだ消えていなかった。
七海は、心の中でつぶやいた。
――みんな、梨々花。 ――誰も、私じゃない。
歩き出した4人の影が、夕焼けに長く伸びていく。 その影の中で、言えない気持ちだけが、静かに揺れていた。
琉惺
ベッドに寝転がって、天井を見てる。 スマホは手元にあるけど、画面は暗いまま。
何度も開いては閉じて、結局、何も送れなかった。
「梨々花に謝りたいけど、どう言えばいいかわかんねぇ…」
あの帰り道。 玲央の軽い言い方に、イラついた。 “誰のもの”とか、“譲れない”とか―― そんな言葉、梨々花が聞いて喜ぶわけないのに。
でも俺も、言いすぎた。 「お前に言われたくねぇ」って、 「梨々花の気持ち考えろよ」って、 言ったけど―― それって、俺が一番考えてなかったのかもしれない。
梨々花、何も言えなくなってた。 俺が怒ったせいで、空気が張り詰めて。 七海も、ずっと黙ってて。
俺が、もっと冷静だったら。 俺が、ちゃんと梨々花の顔見て、 「大丈夫?」って言えてたら。
…でも、言えなかった。 あいつの前じゃ、つい強く出ちまう。 梨々花のことになると、余計に。
謝りたい。 でも、「ごめん」だけじゃ足りない気がする。 「俺が悪かった」って言っても、 梨々花が傷ついたこと、消えない。
どうすればいいんだよ。 どう言えば、梨々花が少しでも楽になるんだよ。
…七海なら、わかるのかな。 でも、聞けない。 俺が聞いたら、余計に変になる。
はぁ… ほんと、俺ってダメだな。
七海
窓の外、街の灯りが遠くに滲んでる。カーテンを少しだけ開けて、風の音を聞いていた。
スマホの通知は、全部切ってある。 誰とも話したくない。 でも、誰かの声が少しだけ欲しい。
――あの帰り道。 玲央と琉惺が、梨々花のことで言い合って。 梨々花は、止めようとしてたけど、 その声は、誰にも届いてなかった。
私は、何も言わなかった。 言えなかった。
「やめて」って言うべきだったのかもしれない。 「梨々花が困ってる」って、 「そんな言い方、彼女が一番嫌がる」って。
でも、言ったら―― 私がそこにいることが、もっと邪魔になる気がして。 私が何か言えば、 梨々花が“私の味方”って思われるかもしれない。 それが、彼女をもっと苦しくさせるかもしれない。
だから、黙ってた。 ただ隣を歩いて、 梨々花の歩幅に合わせて、 何も言わずに帰った。
でも、帰ってきてからずっと思ってる。
「私がいない方がよかったのかな」って。
梨々花が、玲央と琉惺の間で揺れてるの、知ってる。 その中に、私がいることで、 彼女が“誰にも言えない”ままになってるのも、わかってる。
でも、私は―― 梨々花の“唯一の秘密”でいたいって思ってしまう。
それって、わがままなのかな。 それって、彼女を縛ってるのかな。
…ごめんね、梨々花。 私、どうすればよかったんだろう。
玲央
ベッドに寝転がって、スマホをいじる。 画面には、梨々花とのトーク履歴。 ハートのスタンプが並んでる。 でも、今日は送れなかった。
「俺、やっぱ言いすぎたかも」
あの帰り道。 いつものノリで「好きとか?」って言った。 いつものテンションで「勝ったら隣な」って言った。
でも、琉惺に言われた。 「軽く言うな」って。 「本気なら、ちゃんと言え」って。
…本気なんだけどな。 俺、ふざけてるようで、 梨々花のこと、ずっと見てる。
笑ってるとこも、 ちょっと困った顔も、 七海と話してるときの声のトーンも。
全部、気づいてる。 全部、好きなんだよ。
でも、真面目に言ったら、 梨々花が困るのもわかってる。 七海が傷つくのも、わかってる。
だから、ふざけるしかなかった。 “勝負”って言えば、笑ってくれるから。 “スタンプ”なら、重くならないから。
でも、琉惺に言われて、 自分でもちょっとわかった。
俺、逃げてたのかも。
本気って、 ふざけないことじゃなくて、 ちゃんと向き合うことなんだよな。
…でも、どうやって向き合えばいいんだよ。 梨々花に「好き」って言ったら、 きっと笑ってごまかす。 それが、怖い。
俺、ふざけるのは得意だけど、 傷つくのは、ほんと苦手なんだよ。
制服の襟を整えて、鏡の前で深呼吸。 髪を結ぶ手が、少しだけ震えてる。 でも、結び終えたら、笑顔を作る。
「よし。行こ」
玄関を出ると、蝉の声。 夏の朝は、いつも騒がしい。 でも、今日はその音が遠く感じる。
歩きながら、スマホをちらっと見る。 玲央からのスタンプは、昨日のまま。 七海からも、何も来てない。
「…うん。別に、普通だし」
昨日のこと、誰にも話してない。 話したら、何かが壊れそうで。 でも、話さなかったら、 自分の中でぐるぐるする。
玲央の「好きとか?」って言葉。 琉惺の「軽く言うな」って声。 七海の、あの沈黙。
全部、胸の奥に残ってる。
でも、今日も学校はある。 教室も、席も、友達も、 “いつも通り”が待ってる。
だから、梨々花は歩く。 制服のスカートが風に揺れる。 靴音が、アスファルトに響く。
「七海に…ちょっとだけ、話してもいいかな」
ぽつりと、誰にも聞こえない声。 でも、それは梨々花の中で、 少しだけ“前に進む”ための一歩だった。
教室のドアを開けると、 いつものざわめき。 友達の声、椅子を引く音、窓から差し込む光。
梨々花は、七海と並んで席へ向かう。 玲央は、もう席に座っていて、 スマホをいじってるふりをしてる。
でも、目は――梨々花を追ってる。
梨々花も、気づいてる。 昨日の言葉が、まだ胸に残ってる。 「好きとか?」 あの軽い調子。 でも、目は、ふざけてなかった。
席に座る瞬間、 ふと、目が合う。
玲央の目は、昨日より少しだけ迷ってる。 でも、笑ってみせる。 いつもの、あの“軽い笑顔”。
梨々花は、ほんの一瞬だけ目をそらす。 でも、すぐに戻す。 そして――小さく、笑う。
玲央の指が、スマホの画面をタップする。 梨々花のスマホが、震える。
見ると、スタンプ。 ハートじゃない。 ただの「おはよー」スタンプ。
でも、それが―― 昨日との違いだった。
梨々花は、スマホを見て、 もう一度、玲央の方を見る。
玲央は、目をそらさない。 でも、何も言わない。
その沈黙が、 昨日よりずっと、重くて優しい。
昼休み。 教室の空気は、にぎやかで、少しだけ緩んでる。 でも、梨々花の胸の中は、 まだ昨日の余韻が残ってる。
玲央は、窓際の席で、 片耳だけイヤホンをつけて、 外の空を眺めてる。
その背中に、 梨々花は、静かに近づいていく。
七海が、ちらっと視線を送る。 でも、何も言わない。 ただ、梨々花の“決意”を見守ってる。
「玲央」
その声は、 昨日より少しだけ強くて、 でも、優しい。
玲央が、イヤホンを外す。 驚いた顔。 でも、すぐに笑う。
「…お、どうしたの?」
梨々花は、少しだけうつむいて、 でも、ちゃんと目を見て言う。
「昨日のこと…ちょっとだけ、話したくて」
玲央の笑顔が、ふっと揺れる。 でも、ふざけない。 その目は、まっすぐ。
「うん。俺も、ちょっと…言いたいことある」
梨々花は、ほっとしたように笑う。 その笑顔に、玲央は目を細める。
「屋上、行こ」 「…うん」
名前を呼ぶだけで、 ふたりの距離が、少しだけ近づいた。
教室のざわめきの中、 ふたりは静かに立ち上がる。 誰にも言わず、誰にも見せず、 “ふたりだけの空気”を、 歩いていく。
屋上の扉を開けると、 風がふわりと髪を揺らす。 空は高くて、雲がゆっくり流れてる。
ふたりだけの空間。 教室のざわめきも、下の階の足音も、 ここには届かない。
玲央は、フェンスの前に立って、 空を見上げる。 梨々花は、少し離れて立つ。
沈黙が、数秒だけ流れる。
「昨日…ごめん」 玲央が先に口を開く。
「俺、ふざけて言ったけど、 ほんとは、ふざけてなかった」
梨々花は、目を伏せる。 でも、すぐに顔を上げる。
「わかってた。 玲央の目、ふざけてなかったから」
玲央は、少しだけ驚いた顔をする。 でも、すぐに笑う。 その笑顔は、昨日よりずっと静か。
「琉惺にも言われた。 “軽く言うな”って。 でも、俺、どう言えばいいかわかんなくて」
「…うん」
「梨々花に“好き”って言うの、 怖かった。 笑ってごまかされるのも、 困った顔されるのも、 どっちも嫌だった」
梨々花は、フェンスの隣に立つ。 玲央との距離が、少しだけ近づく。
「私も、ちょっと…怖かった。 玲央が、ふざけてるように見えて、 でも、ふざけてないのがわかって。 どう返せばいいか、わかんなくて」
風が、ふたりの間を通り抜ける。 制服の袖が、少しだけ触れる。
「でも、今日“玲央”って呼んだの、 ちゃんと気持ちだった」
玲央は、目を見開く。 そして、ゆっくりと笑う。
「俺、今日の“玲央”で、 ちょっと救われたかも」
梨々花も、笑う。 その笑顔は、昨日よりずっと柔らかい。
「じゃあ、もう一回言ってもいい?」 「…なにを?」
「好き。 ふざけてないやつ」
梨々花は、少しだけ目をそらして、 でも、すぐに戻す。
「…うん。 ちゃんと、聞いた」
ふたりの間に、 静かな風が吹く。
それは、昨日までのざわめきとは違う、 “ふたりだけの空気”だった。
教室には、もうほとんど誰もいない。 窓から差し込む夕陽が、机の上を赤く染めてる。
梨々花は、ノートを閉じて、 ぼんやりと窓の外を見ていた。
そこへ、大翔がふらっと近づいてくる。
「まだ残ってたの?」 「うん。ちょっと、考えごとしてて」
大翔は、隣の席に座る。 いつもの軽い感じじゃない。 声のトーンが、少しだけ静か。
「恋バナ、する?」 「…え?」
「いや、なんかさ。 梨々花、最近ちょっと揺れてる感じするから」 「揺れてる…って、何が?」
「玲央と琉惺。 どっちも、梨々花のこと見てるじゃん。 でも、梨々花は――誰にも言ってない」
梨々花は、目を伏せる。 でも、すぐに顔を上げる。
「…見てた?」 「見てた。てか、みんな見てる。 でも、誰も聞かない。 俺は、聞いてもいい?」
梨々花は、少しだけ笑う。 その笑顔は、少しだけ苦い。
「玲央は、ふざけてるようで本気で。 琉惺は、静かだけど、言葉が重くて。 どっちも、私のこと考えてくれてるの、わかる」
「でも、選べない?」 「…ううん。 選ぶっていうより、 誰かを傷つけたくないって思っちゃう」
大翔は、机に肘をついて、 梨々花の顔を見つめる。
「それ、優しすぎるやつだね」 「そうかな…」
「でもさ、誰かを選ぶってことは、 誰かを傷つけることじゃなくて―― 誰かをちゃんと見てるってことだと思うよ」
梨々花は、目を見開く。 その言葉が、胸に響いた。
「俺は、梨々花が誰かを選んでも、 その“選び方”が優しいなら、 誰も本気で恨んだりしないと思う」
「…大翔って、そういうこと言えるんだね」 「俺、ふざけてるようで、恋バナは本気だから」
梨々花は、ふっと笑う。 その笑顔は、少しだけ軽くなっていた。
夕陽が、ふたりの机を静かに染めていた。
大翔は、梨々花の言葉に静かにうなずいたあと、 少しだけ間を置いて、聞いた。
「じゃあさ―― 梨々花には、好きな人…いるの?」
梨々花は、指先でノートの端をなぞる。 その動きは、少しだけ緊張してる。
「…うん。いるよ」
大翔は、梨々花の言葉を聞いて、 少しだけ首をかしげる。
「じゃあさ―― その“好きな人”って、 もしかして…彼氏だったりする?」
梨々花は、ノートを閉じて、 その上に手を置いたまま、 少しだけ笑う。
「彼氏…」 言葉を繰り返して、 窓の外に目を向ける。
「いるかもね?」 その声は、冗談みたいに軽い。 でも、目は笑ってない。
大翔は、すぐにその空気を察する。 茶化さず、静かに言う。
「“かも”ってことは、 誰にも言えないってこと?」
「うん。 言ったら、壊れちゃう気がするから」
「その人との関係が?」 「ううん。 その人の気持ちも、私の気持ちも、 ちゃんとあるのに―― 誰かに知られたら、 それが“本物じゃなくなる”気がするの」
大翔は、少しだけ息を吐いて、 机に肘をついた。
「それって、 すごく大事にしてるってことだよね」 「…うん。 誰にも言えないけど、 私の中では、ちゃんと“いる”」
「彼氏…いるかもね、って言い方。 なんか、梨々花らしい」 「そう?変かな」 「いや、綺麗。 秘密を守るって、 その人を守ることでもあるんだなって思った」
梨々花は、ふっと笑う。 その笑顔は、少しだけ切なくて、 でも、ちゃんと“誰か”を思ってる顔だった。
梨々花の「彼氏…いるかもね?」という言葉が、 夕陽に溶けるように、静かに響いた。
大翔は、少しだけ笑って、 机に肘をついたまま、梨々花を見つめる。
「俺だったら―― 言いたくなるけどな」
梨々花は、目を細める。 その言葉の意味を、ゆっくりと噛みしめるように。
「なんで?」 「だってさ。 好きな人がいて、 その人とちゃんと気持ちが通じてるなら―― 俺だったら、 “俺の彼女です”って言いたくなる」
「…みんなに?」 「うん。 ちょっと照れるけど、 でも、隠すより、見せたいって思うかも」
梨々花は、静かに首を振る。
「私は、 その人との関係が“静か”だから、 誰かに見せたら、 その静けさが壊れちゃいそうで怖いの」
「そっか。 俺とは、ちょっと違うんだね」
「うん。 でも、大翔の言い方、 ちょっと羨ましいかも」
「なんで?」 「“見せたい”って思えるのって、 その人との関係に、 すごく自信があるってことだから」
大翔は、少しだけ照れたように笑う。
「俺、たぶんバカだからさ。 好きになったら、 隠せないんだよね。 顔に出るし、言いたくなるし」
「…それ、ちょっと可愛い」 「でしょ? でも、梨々花みたいに“守る恋”も、 すごく綺麗だと思うよ」
梨々花は、ふっと笑う。 その笑顔は、少しだけ柔らかくなっていた。
ふたりの“恋のかたち”は違うけど、 その違いが、 どこか心地よく響いていた。
梨々花は、少しだけ間を置いて、机の上に置いた手を握りしめる。
そして、静かに聞いた。
「じゃあ――陽翔は?好きな人、いるの?」
大翔は、少しだけ目を見開いて、そのあと、ふっと笑った。
「急に聞く?」「だって、私ばっかり話してるし」「まあ、そうだけどさ」
大翔は、窓の外を見て、夕陽に染まる空を眺める。
「…いるよ」その声は、ふざけてない。ちゃんと“本気”の声だった。
梨々花は、少しだけ驚いたように目を見開く。
「ほんとに?」「うん。ずっと前から、気づいてた。でも、言ったら壊れそうで、言えないまま」
「…その人、誰?」「それは――言わない」「なんで?」「言ったら、その人が困るかもしれないから」
梨々花は、静かにうなずく。その気持ち、少しだけわかる気がした。
「じゃあ、その人のこと、今も好き?」「うん。たぶん、ずっと好きだと思う。でも、言わないって決めた」
梨々花は、ふっと笑う。その笑顔は、少しだけ切なくて、でも、どこかあたたかい。
「陽翔って、意外と私と似てるかもね」「そうかも。“言えない恋”って、案外、静かに続くもんだよね」
教室には、陽翔と梨々花。 静かな恋バナの空気が流れていた。
そこへ、玲央がふらっと入ってくる。
「なにこの空気。 まさか、恋バナしてた?」 「してたけど、お前には関係ない」 陽翔が即座に返す。
「えー、俺も混ぜてよ。 梨々花の“好きな人”とか、 めっちゃ気になるし」
梨々花は、少しだけ笑う。
「玲央には、言わないよ」 「なんで?俺、聞き上手だよ?」
陽翔は、机に肘をついて、 少しだけ真面目な顔で言う。
「好きな人がいても、 言えないことってあるんだよ」
玲央は、眉をひそめる。
「言えないって、なんかもったいなくない? 俺だったら、言うけどな。 好きな人には、ちゃんと伝えたいし」
梨々花は、静かに言う。
「伝えたい気持ちと、 守りたい気持ちって、 両方あるんだよ」
玲央は、梨々花を見つめる。 その目は、ふざけてるようで、 どこか本気だった。
「じゃあ、梨々花は―― 守ってるの?」 「うん。 誰にも言えないけど、 私の中では、ちゃんと“いる”」
陽翔は、ふっと笑う。
「それ、俺も同じ」 「え、陽翔も?」 「言わないけどね」
三人の間に、 言葉にならない“共鳴”が生まれていた。
教室のドアが静かに開く。
琉惺が、無言で入ってくる。 そのあとに、七海が続く。
「…なんか、いい空気だった?」 七海が、そっと梨々花の隣に座る。
琉惺は、教室の隅に座り、 何も言わずに、ただ“見ている”。
玲央が、少しだけ笑う。
「お、見てた組が来た」 「見てたっていうか、 空気が変わったから来たって感じ?」 七海が、軽く返す。
梨々花は、七海の手を握る。
「今ね、ちょっとだけ本音話してた」 「そっか。 じゃあ、私も聞いていい?」
陽翔は、琉惺の方をちらっと見る。
「琉惺は、聞くだけ?」 「俺は、言わない。 でも、見てる」
その言葉に、梨々花は少しだけ目を伏せる。 でも、すぐに顔を上げる。
「見てるだけでも、 ちゃんと伝わることってあるよね」
七海は、梨々花の肩に手を置いて、 静かにうなずいた。
教室には、 それぞれの“好き”が、 違う形で、でも確かに存在していた。
教室の空気が、少しずつ落ち着いていく。 陽翔は廊下へ出て、玲央はふざけながら手を振る。 七海は、梨々花の隣で荷物をまとめている。
梨々花は、静かにリュックを肩にかける。 そのとき―― 琉惺が、教室のドアの前で声をかける。
「今日…一緒に帰ろう」
その言葉に、梨々花は一瞬だけ目を見開く。 でも、すぐに柔らかく微笑む。
「ごめん。今日はもう約束してるから」
琉惺は、少しだけ間を置いて、 「…そっか」とだけ返す。
その声は、静かで、少しだけ沈んでいた。
七海は、梨々花の表情を見て、 何も言わずに隣に立つ。
梨々花は、教室を出る前にスマホをちらっと見る。 画面には、遥輝からのメッセージ。
『昇降口で待ってる。気をつけて来てね』
梨々花は、画面を閉じて、 静かに歩き出す。
琉惺は、その背中を見送る。 何も言わずに、 ただ、目で追っていた。
梨々花の「ごめん」は、 誰にも言えない“約束”を守るためのものだった。
そしてその“約束”の相手は―― 遥輝。
誰にも知られていない。 でも、梨々花の中では、 ちゃんと“いる”。
琉惺
風が少し涼しくなってきた。 夏の終わりが、静かに近づいてる。
梨々花の「ごめん、今日は約束してるから」 その言葉が、ずっと頭の中で繰り返されてる。
誰なんだよ。 “約束してる”って―― 誰と?
俺じゃない。 それだけは、はっきりしてる。
七海か? いや、違う。 あのときの梨々花の目は、 “友達と帰る”って感じじゃなかった。
じゃあ―― 誰?
知らない誰か? それとも、 俺が気づいてないだけで、 ずっと近くにいた“誰か”?
…なんで、こんなに気になるんだろ。
ただ一緒に帰りたかっただけなのに。 それだけなのに、 断られた理由が“誰かとの約束”ってだけで、 こんなに胸がざわつく。
梨々花のこと、 もっと知りたいって思ってた。 でも、 彼女の中には、 もう“誰か”がいるのかもしれない。
俺が知らない、 梨々花の“特別”。
梨々花
昇降口のガラス扉の向こうに、 夕陽が差し込んでいる。 床に伸びる影が、少し長くなっていた。
梨々花が階段を降りると、 そこに――遥輝が立っていた。
制服の襟を少しだけ緩めて、 スマホを見ていた彼は、 梨々花の足音に気づいて顔を上げる。
「…待った?」
「ううん。すぐ来たよ」
遥輝は、少しだけ笑って、 扉を開けて外へ出る。
梨々花も、その後ろを静かに歩く。
外の空気は、少しだけ涼しくて、 蝉の声が遠くで鳴いていた。
二人は、並んで歩く。 言葉は少ないけど、 その沈黙が、心地いい。
梨々花は、ふと横目で遥輝を見る。 彼の横顔は、夕陽に照らされていて、 少しだけ大人びて見えた。
「今日、琉惺に帰ろうって言われた」 梨々花がぽつりと呟く。
遥輝は、少しだけ眉を動かして、 「断ったの?」と聞く。
「“約束してるから”って言った」
遥輝は、何も言わずに歩き続ける。 でも、その手が、 そっと梨々花のリュックの端をつかんだ。
誰にも見られないように。 誰にも気づかれないように。
梨々花は、 その小さな触れ方に、 静かに笑った。
遥輝
昇降口で待ってる間、 何度かスマホを見た。 梨々花からの返信は、短くて、でもちゃんと“来る”ってわかる内容だった。
階段の音がして、 顔を上げたら、梨々花がいた。
その瞬間、 胸の奥が、少しだけ静かにあたたかくなる。
「ううん。すぐ来たよ」 その言葉だけで、 今日の約束が、ちゃんと“意味のあるもの”になった気がした。
並んで歩く。 言葉は少ない。 でも、それでいい。
梨々花は、今日も静かに隣にいる。 それだけで、十分だと思ってる。
「今日、琉惺に帰ろうって言われた」 梨々花がぽつりと言ったとき、 心の中が、少しだけ揺れた。
琉惺。 彼のことは、知ってる。 梨々花にとって、近い存在だってことも。
「断ったの?」 そう聞いたのは、 ただ確認したかっただけ。 梨々花が、今日ここにいる理由を。
「約束してるからって言った」
その言葉に、 何も返さなかった。
ただ、 梨々花のリュックの端に、 そっと指をかけた。
誰にも見られないように。 誰にも気づかれないように。
それが、 俺たちの“距離”だから。
梨々花は、 その触れ方に気づいて、 静かに笑った。
その笑顔を見た瞬間、 今日の“約束”が、 ちゃんと守られたことを知った。
梨々花
歩道の端にある、ほんの小さな段差。 いつもなら気づくのに、 今日は、遥輝の隣を歩いてることに気を取られてて―― つまずいた。
「…っ!」
一瞬、体が前に傾いて、 地面に手をつく前に、 腕を引かれた。
気づいたら、 遥輝の胸に軽くぶつかってた。
顔が、すごく近い。 目が合った。 ほんの数秒なのに、 時間が止まったみたいだった。
遥輝の瞳は、驚いてるのに、 どこか冷静で―― でも、耳が赤い。
「…危なっかしいな」 低い声。 でも、少しだけ掠れてる。
そのあと、 「ちゃんと前見て歩けよ」って言ったけど、 目は合わせてこない。
手は、まだ私の腕を支えてる。 その手の温度が、 じんわりと伝わってくる。
顔、赤い。 遥輝、めっちゃ顔赤い。
でも、絶対に認めない。 ツンデレ王、誕生の瞬間。
私は、笑いそうになったけど、 なんか、胸がきゅってなった。
こんなふうに守られるの、 ずるいくらい嬉しい。
誰にも見られてないのに、 こんなに心臓が騒ぐなんて、 ちょっと反則。
「ありがと」って言おうとしたけど、 声が出なかった。
代わりに、 ほんの少しだけ、 遥輝の袖をつかんだ。
それだけで、 ちゃんと伝わった気がした。
遥輝
梨々花が隣で歩いてる。 それだけで、 今日の帰り道は、少しだけ特別だった。
話してるわけじゃない。 でも、沈黙が心地いい。
そんなとき、 梨々花がふいにつまずいた。
「…っ!」
反射的に腕を伸ばして、 引き寄せた。
気づいたら、 顔が、めっちゃ近い。
近すぎる。 目、合った。 やばい。
梨々花の瞳が、 驚いてるのに、どこか笑いそうで―― それが、なんか、 余計に心臓に悪い。
「…危なっかしいな」 声が、思ったより掠れてた。
落ち着け俺。 顔、赤いとか思われたら終わり。
「ちゃんと前見て歩けよ」 そう言って、 目を逸らした。
でも、手はまだ離せなかった。
梨々花の腕、細くて、 なんか、守らなきゃって思った。
彼女は何も言わなかったけど、 袖を、そっとつかんできた。
その瞬間、 心臓が跳ねた。
…なんで俺がこんなに動揺してんだよ。
ツンデレとか、 俺のキャラじゃないし。
…たぶん。
でも、 梨々花の笑顔が、 全部見抜いてる気がして、 なんか、悔しい。
家に帰ったら、 鏡見てみよう。 …赤かったら、終わりだ。
夕陽が街をオレンジ色に染めていた。 並木道の影が長く伸びて、 蝉の声が少しだけ遠くなっていく。
梨々花と遥輝は、並んで歩いていた。 さっきの“転びそう事件”のあと、 どちらも少しだけ無言になっていたけど、 その沈黙は、どこか心地よかった。
梨々花は、ちらっと横を見て、 遥輝の顔を見て――ふふっと笑った。
「遥輝?顔、真っ赤だよ?大丈夫?」
遥輝は、びくっとして、 すぐにそっぽを向いた。
「はぁ!?赤くねーし」
声がちょっと高くなってる。 それがまた、可愛い。
梨々花は、スマホを取り出して、 にこにこしながらカメラを向ける。
「じゃあ写真撮ってあげよっか?」
「おい!やめろって」
「3・2・1――ハイチーズ!」
シャッター音が響いた。 遥輝は、目を見開いて振り返る。
「マジで撮ったんかよ」
「うん!一生の宝物になりそう」
梨々花は、画面を見ながら笑ってる。 遥輝の顔は、ほんのり赤くて、 目が泳いでる。
「…やっぱ消せ」
「なーんっで?やっだよ~!待ち受けにしようかな?」
遥輝は、口を開けて言葉を探すけど、 何も出てこない。
そして、ぽつりと。
「…それはちょっと嬉しいかも」
梨々花は、目を丸くして、 そのあと、ふわっと笑った。
「え、ほんとに?じゃあ本当に待ち受けにしちゃうよ?」
「…いや、それは…その…ちょっと…」
遥輝は、耳まで真っ赤。 梨々花も、頬がほんのり染まってる。
ふたりは、しばらく無言で並んで歩いた。 でもその沈黙は、さっきよりずっと、 甘くて、あたたかかった。
梨々花は、スマホを見ながら、 撮った写真をそっとお気に入りに保存する。
遥輝は、ちらっと梨々花の横顔を見て、 何か言いかけて――やめた。
でも、心の中では思っていた。
(…一生の宝物って、 俺も、そう思ってるかもしれない)
梨々花
髪を乾かしながら、スマホを開く。 画面には、今日撮った“赤面遥輝”の写真。 何度見ても、笑ってしまう。
(ほんとに、可愛かったな…)
待ち受けにするか迷って、 とりあえずお気に入りに保存。 そのまま、LINEを開いて、遥輝にメッセージを送る。
梨々花:今日の写真、やっぱ最高だった
梨々花:待ち受けにしたら怒る?笑
既読がつくまでの数十秒が、 なんだか長く感じる。
そして、ぽんっと返信。
遥輝:…怒るかも
遥輝:いや、怒らないかも
遥輝:てか、俺そんな顔してた?
梨々花:してたよ~!
梨々花:耳まで真っ赤だったもん
梨々花:ツンデレ王、誕生の瞬間って感じだった
遥輝:やめろ
遥輝:その称号いらん
梨々花:でも、ちょっと嬉しかったでしょ?
梨々花:私が待ち受けにするって言ったとき
返信が止まる。 既読はついてるのに、返事が来ない。
(…言いすぎたかな)
でも、数分後。
遥輝:…嬉しかった
遥輝:てか、俺も今日のこと、ずっと思い出してる
その一言で、 胸がきゅってなった。
梨々花:私も。
梨々花:転びそうになったとき、
梨々花:助けてくれて、嬉しかった
遥輝:…あれ、マジで焦った
遥輝:でも、梨々花が笑ってくれたから、
遥輝:俺も救われた
スマホを胸に抱えて、 ベッドにごろんと転がる。
(なんでこんなに、嬉しいんだろ)
梨々花:ねえ、遥輝
梨々花:明日も一緒に帰ろ?
送ったあと、少しだけ不安になる。 でも、すぐに返信が来た。
遥輝:…うん
遥輝:約束
その言葉に、 ほんの少しだけ胸が痛くなる。
(ごめん、言わなきゃ)
梨々花:…でもね
梨々花:明日は、ちょっと難しいかも
梨々花:七海と話す約束してて
遥輝:そっか
遥輝:うん、わかった
梨々花:ごめんね
梨々花:でも、またすぐ一緒に帰ろうね
遥輝:うん
遥輝:それは、絶対
梨々花は、スマホを見つめながら、 遥輝の“絶対”に、静かに笑った。
(この関係、ちゃんと守りたい)
遥輝
部屋の電気を落として、 ベッドに横になりながらスマホを見てた。
梨々花からのLINE。 “今日の写真”って文字が出てきた瞬間、 心臓が跳ねた。
(…あの顔、マジで撮られてたのか)
梨々花:待ち受けにしたら怒る?笑
怒る…いや、怒らない… でも、ちょっと恥ずかしい。
遥輝:…怒るかも
遥輝:いや、怒らないかも
遥輝:てか、俺そんな顔してた?
返ってきた梨々花のメッセージに、 思わず笑ってしまった。
梨々花:耳まで真っ赤だったもん
梨々花:ツンデレ王、誕生の瞬間って感じだった
(ツンデレ王ってなんだよ…)
遥輝:やめろ
遥輝:その称号いらん
でも、“待ち受けにする”って言われたとき、 正直、ちょっと嬉しかった。
梨々花:でも、ちょっと嬉しかったでしょ?
指が止まる。 画面を見つめながら、 ほんの少しだけ、深呼吸。
遥輝:…嬉しかった
遥輝:てか、俺も今日のこと、ずっと思い出してる
梨々花からの返信。 “助けてくれて嬉しかった”って言葉に、 胸がじんわり熱くなった。
遥輝:…あれ、マジで焦った
遥輝:でも、梨々花が笑ってくれたから、
遥輝:俺も救われた
そして、次のメッセージ。
梨々花:また一緒に帰ろ?
(…また一緒に帰れる。嬉しい)
遥輝:…うん
遥輝:約束
でも、すぐに続きが来た。
梨々花:…でもね
梨々花:明日は、ちょっと難しいかも
梨々花:七海と話す約束してて
(そっか…)
遥輝:そっか
遥輝:うん、わかった
梨々花:ごめんね
梨々花:でも、またすぐ一緒に帰ろうね
遥輝:うん
遥輝:それは、絶対
スマホを胸元に置いて、 目を閉じた。
(“絶対”って言ったけど―― 俺、ちょっと寂しいかも)
でも、 梨々花が“またすぐ”って言ってくれたから、 それだけで、 今日の赤面事件も、写真も、 全部“宝物”になった気がした。