後、1時間。
雑踏の中、1日の疲れが染み付いたスーツに身を包んだ俺は時間の経過を焦がれていた。
営業ノルマはもう達成している。後は定時まで時間を潰すだけ。
まだ仕事が終わってないのか、青い顔をして忙しなく歩き回るサラリーマンを優越感を腹に隠して横目にみながら公園のベンチで缶コーヒーをあおった。
「くれる?くれる?」
突如俺の背後から中年男の声が聞こえた。
「は?」
困惑しながら後ろを振り向くと……
饐(す)えた臭いを漂わせたホームレスが、気持ちの悪い笑みを浮かべて佇んでいた。
「くれる?くれるの?」
壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す不気味なおっさん。
ゲームの発売日に合わせて取った明日の有給を使って優雅な休日を過ごそうと画策していたのに、物乞いに絡まれるなんて興醒めだ。
「くれてやるものなんて無いよ、どっか行け!」
幸せな気持ちを台無しにされた鬱憤も込めて空になったコーヒー缶を投げつけた。
「……」
カコン、と小気味いい音を立てて転がっていく缶を他所に、おっさんは……
黄ばんだ歯をむき出しにして、満面の笑みを浮かべ、
「くれない、お前はくれない!!」
そう俺を指差して告げ、瞬きの間に目の前から消えてしまった。
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