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その日は出張で遠方を訪れていた。
仕事が終わり、少し時間ができたので見知らぬ街を散策する。
ふと曲がった路地で、Wellscookの看板を見つけた。
ジェンが一度食べてみたいと言っていた洋菓子店だ。躊躇うことなく足を踏み入れた。
涼やかな店内には、色とりどりのお菓子が並んでいた。
ジェンが食べたいと言っていたのは、マカロンと、フラン、ボンボローネ。
籠に入れて、レジに並ぶ。
会計の順番が迫った頃、イェンのことを思い出した。
慌てて列から外れ、陳列ケースの前に戻る。
イェンの好きなものは知らない。
―ジェンと同じのが好きかしら?でも…ジェンと同じにはしたくない。
自分でもわかるほど、明らかに異なる二人への扱いに呆れてしまう。
ぶらぶらと店内をみて回ると、花の形のアイシングクッキーが目にとまった。
―これでいいかな。
籠に入れて、会計の列に再び並ぶ。
―ジェンは、喜んでくれるかしら。
出張から帰ってすぐの休日、ジェンの家まで車を走らせた。
あえて、ジェンには連絡していない。
驚かせたかった。
インターホンを鳴らす。
「あら!アン」
嬉しそうな声に続き、駆けてくる足音と、急いで鍵を開ける音がした。
玄関の扉が開く。
眩しい笑顔が顔を出した。
「アン。いらっしゃい。上がって!」
ジェンは体をずらして、私が通りやすいように道を開けた。
「ありがとう。急に来てごめんね、渡したいものがあったの」
「いいのよ。ジェンは出かけているけど、会えて嬉しいわ」
にっこり笑ったのはイェンだった。
「…あ、そうなのね。」
声に残念な気持ちが多分に入ったのか、イェンがすまなそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい…」
「いいの。急に来たのは私だから。…これ、ジェンに渡してくれる?」
そう言って洋菓子店の袋をイェンに渡す。
「これ、ジェンが食べたいって言っていたお菓子ね」
イェンは、袋を見つめて、ありがとうと私に微笑んだ。
「お茶淹れてくるわ。座っていて」
「気にしないで。渡したらすぐに帰るつもりだったの」
イェンが寂しそうに笑った。
何だか悪いことをしたような気がして、慌てて付け加えた。
「あ、でも、イェンがもしよかったら、少しお話したいわ」
イェンの顔が明るくなった。
「えぇ!嬉しいわ!お茶淹れてくる」
イェンはパタパタと嬉しそうにお茶を淹れに行った。
ふと、イェンに渡すお菓子を車に忘れたことに気づいた。
イェンに声をかけ、車からアイシングクッキーの箱を持って戻ると、イェンは2人分の紅茶を淹れて、嬉しそうに待っていた。
「お茶、ありがとう。…これ、イェンの分」
イェンに箱を渡す。
イェンは目をパチパチと瞬かせたあと、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、あまりにも美しく、目が離せなかった。
「嬉しい!ありがとう!アン!」
クッキーの箱を大切に抱きしめて、微笑むイェンに、私は言葉も忘れて見とれていた。
「開けていい?」
「えぇ、もちろん」
自分の声が遠くに聞こえた。
大切そうに袋を開けたイェンは、クッキーを見て、さらに輝いた。
「かわいい!ありがとう!こんなに素敵なお土産。嬉しいわ!」
興奮冷めやらぬイェンは、その後もずっと女神のような笑顔で、私を魅了していた。
何を話したかはもう覚えていないけれど、イェンのあの嬉しそうな笑顔はずっと忘れられなかった。
イェンにお土産を渡した数日後、スマホにジェンからのメッセージが届いた。
『お土産ありがとう。』
嬉しくて頬が緩むのが自分でもわかった。
ージェンから連絡がきた。ジェンから!
それだけで、幸せだった。
『気に入ってくれたら嬉しいわ』
すぐに返信する。
だって、ジェンからのメッセージだもの。
返さずにはいられない。
『お礼に、Gloriaのランチに一緒に行ってあげるわ』
心臓がはねて、重力が遠ざかった。
雲の上で生きてる!そんな感じだった。
ふわふわして、舞い上がる、そんな感じ。
『嬉しい!!今度の日曜は?』
『いいわよ。』
『ありがとう!嬉しいわ!』
なんてこと!
今日は何曜日?あと3日?!
―なんて、長いの…
私は雲の上を歩いて3日を過ごした。