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遅い昼餉を食べた後に伯父上が来た。しかし忙しいらしく、すぐに出ていったっきり戻って来ない。
ゼノもいないし特に用事がない限り、ここには使用人も来ない。なので俺は、これから成すべきことをずっと思案していた。
真剣に考え込み、気がつくと窓から見える空が赤く染まり始めている。
もうこんな時間かと両手を上げて身体を伸ばす。ずっと木の椅子に座っていたから尻と腰が痛い。立ち上がって腰を曲げたり伸ばしたりしていると、扉を叩く音と声が聞こえた。
「リアム様、少しよろしいでしょうか?」
「いいよ、入れ」
俺の返事の後にゆっくりと扉が開く。訪ねてきたのは、使用人頭の男だ。
男は中に入ると深く頭を下げた。
「なにか用か」
「はい。つい先ほどイヴァル帝国との国境沿いの村から使者が来ました。その使者からの伝言なのですが、ゼノ様がリアム様にもすぐに村に来てほしいと言ってるとか」
「なに?ゼノが?」
「はい」
使用人頭の男が、神妙な顔で頷く。
俺は詳しく聞きたいと思い、使者が待機している場所を聞いた。
すると男が「申しわけありません」と再び頭を下げる。理由を聞けば、伝言を伝えにきた使者は、もう城にいないと言う。
俺は驚いて声を上げた。
「えっ!つい先ほど来たんじゃないのか?」
「はい。そうなのですが、必要なことだけを言って、すぐに城を出ていかれたのです」
「なんだそれは…。誰も止めなかったのか?」
「止めました。直接リアム様に話してもらいたいとも言いました。しかし急いで戻らなくてはならないと言って、走って出ていってしまったのです」
「そうか…。ゼノは理由も言わずに俺に来いなどと言わないのだがな。手紙もなかったのか?」
「ありません。あの…城に入れてはマズい人物だったのでしょうか」
俺が顎を触って考えていると、使用人頭の男が恐る恐る聞いてきた。
俺は男にチラリと視線を向ける。
「その使者は、知ってる顔だったか?」
「いえ、初めて見る方でした」
「村人か?」
「軍服を着て剣を持っていました」
「この城から派遣している騎士ではなく?」
「はい。この城では見たことありません。…もしかすると、王城から派遣されている騎士なのかと思ってましたが…」
「なるほどな」
使用人頭の男の言葉に、ますます疑わしく思う。
王城にいる騎士は、いわばエリートの軍団だ。ろくに理由も述べずに言いたいことだけを言って、許可なく離れたりしない。しかし村で何かが起こって、ゼノが本当に俺を呼んでるなら行かなければならない。
「わかった。伯父上の所へ行くからついて来てくれ」
「はい」
俺が扉に手をかけて言うと、使用人頭の男が深く頷いた。
「伯父上いるか?俺だ、リアムだ。入っても?」
「開いてるから入れ」
伯父上の部屋の前につき声をかけた。
許可をもらって扉を開け中に入る。俺の後に続いて使用人頭の男も中に入った。
伯父上は、窓の前の大きな机の前で、真剣な顔つきで書類の束を見ていた。扉が閉まる音に顔を上げると、俺の後ろを見て目を丸くした。
「おまえは…使用人頭の」
「突然失礼いたします。ラシェット様にもご報告をと思いまして」
「何かあったのか?」
伯父上が俺と後ろの男に交互に目を向ける。
「伯父上の許可をもらおうと思って。おい、先ほどの話を伯父上にも説明してくれ」
「はい」
使用人頭の男は頷くと、俺に話した通りの内容を伯父上にも話した。
話を聞くにつれて伯父上の眉間に皺が寄る。
全てを話し終えて男が頭を下げたと同時に、伯父上が低く唸った。
「ふむ…軍服を着た男か。確かか?」
「はい。この城で騎士が着用しているものと同じでした」
「だがおまえは見たことがない顔だと言ったな。俺の部下ではないということか」
「私はラシェット様にお仕えしている者の顔は全て覚えております」
「そうよな。おまえはこの城で一番の古株だ。信用できる。しかしその使者がもしも王都の騎士ならば、この城の騎士と軍服の色が違う。一体誰が来たのか」
伯父上が、机の上で両手を組んで再び唸りだした。
「俺は村に行こうと思う」
「なに?」
机の上に両手を置いて伯父上の方に身を乗り出した俺に、伯父上の眉間の皺がより一層深いものになる。
「待て。そんな怪しい使者の言葉を信じるのか?」
「信じてはいないが、なにか事情があるのかもしれない。本当にゼノが俺の助けを必要としているかもしれない」
「しかし手紙もないのだぞ。来いと言う詳しい理由がわからないことには、大事なおまえを行かせられない」
「心配してくれてありがとう。だけど俺は行くよ。気になって仕方がないからな」
「リアム…」
伯父上が困った顔で長く息を吐く。
子供の頃にわがままを言った俺に、ダメだと言いながらも最終的には許してくれた時と同じ顔だ。
伯父上は、俺の頼みには弱いんだ。
「ゼノとジルを連れてすぐに帰ってくるから。頼むよ」
「…わかった。だが一人ではダメだ。騎士をつけるぞ」
「ははっ!相変わらず心配症だなぁ。じゃあ腕の立つ者を一人頼むよ」
「三人だ」
「そんなにいらない。ここの警備が手薄になる。それに俺は強いから」
「過信をするな。ならせめて二人はつれていけ」
「わかったよ。では準備をしてく…」
「待て待て。今から行く気か?」
「うん?早い方がいいだろ」
「今夜はゆっくり寝て明日の朝に出ろ」
「なんでだよ。ゼノとジルは夜に出たじゃないか。そっちの方が目立たなくていいって言って」
「まあそうなんだが…。夜道は危ない」
「伯父上、俺は子供じゃない。大丈夫だ。準備でき次第出るからな。帯同する騎士にも準備するように言ってくれよ」
「はあっ…、おまえは一度言い出したら聞かないからな…。とにかく気をつけてくれよ。くれぐれも無理はするな」
「わかってるって」と俺は笑いながら言う。
伯父上は俺をいつまでも子供扱いして心配してくれる。今や俺のことを心配してくれるのなんて伯父上だけだ。…いや、フィーも心配してくれる。俺を大切に想ってくれている。
それに今から行く村はイヴァル帝国との国境沿いにある。少しでもフィーの近くに行きたい。村での問題を早く解決させて王都に戻り、父上の許可をもらってイヴァル帝国に潜入する。
そう考えると、この先の道に光がさしたように思えて、俺は足取り軽く部屋を後にした。