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ゆうき あきや
1,550
259
#心理描写重視
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第6話、読みました!「たった12時間で8万再生」って数字のインパクトがすごいですね。しかも視聴維持率58分は桁違いで、コメント欄の「不眠症が治った」「胃潰瘍が消えた」って書き込みに思わず笑っちゃいました。でもシロが放ってる「癒やし(神聖)オーラ」ってワードに、この世界の仕組みが気になります。小春ちゃんの「合法的な麻薬」って表現も絶妙でした。スローライフのはずが猛スピードで転がり始めた主人公の困惑、めっちゃ面白いです!
第6話:翌朝、再生数がバグっていた
北海道の朝は、都会のそれとは全く違う。
不快な車の排気ガスも、隣の部屋の生活音も、遠くで鳴り響くサイレンの音もしない。ただ、窓の隙間から入り込む冷たくも澄み切った空気が、肺の奥底までを綺麗に洗い流してくれるような錯覚を覚える。
「……ん、朝か」
俺はゆっくりと目を開けた。
かつてのブラック企業時代、朝という時間は『絶望の始まり』でしかなかった。吐き気を堪えながら重い体を無理やり起こし、栄養ドリンクを胃に流し込む日々。
しかし、今は違う。圧倒的な爽快感。まるで高級ホテルのスイートルームにある最高級ベッドで、十時間は熟睡したかのような完璧な目覚めだ。
その理由の一端は、間違いなく俺の胸の上で丸くなっている『白い毛玉』にある。
「スゥ……プスゥ……」
俺の寝袋の上を完全に占領し、気持ちよさそうに寝息を立てるシロ。
その純白の毛並みにそっと指を滑らせると、指先から全身へ、じんわりと温かい電流のような癒やしパワーが流れ込んでくる。寝ている間中、俺はこの極上のマイナスイオン発生装置(物理)を抱き抱えていたのだ。疲労など残っているはずがない。
「おはよう、シロ」
『……ミャ……』
寝ぼけ眼で短い返事をしたシロの頭を撫でてから、俺はゆっくりと起き上がった。
台所へ向かい、やかんでお湯を沸かしながら、インスタントのコーヒーを淹れる。立ち上る湯気と珈琲の香ばしい匂いが、古い木造の古民家に満ちていく。
最高のスローライフだ。誰にも急かされない、俺だけの時間。
「そういえば……昨日の配信、アーカイブはどうなってるかな」
ふと思い出し、俺はマグカップを片手にスマートフォンを手に取った。
昨日、お隣の女子高生・小春ちゃんの提案で突発的に始めた【日常チャンネル】の初配信。
ただ縁側で寝ているシロを小一時間ほど映しただけの、無言・無編集の垂れ流し動画だ。
確か配信が終わる頃には、同時接続者数が150人くらいまで伸びていて、小春ちゃんと二人で「すごいすごい!」とひとしきり盛り上がった記憶がある。
「いくらなんでも、あれから伸びたりはしてないよな」
MeTube(ミーチューブ)のアプリを開き、自分のチャンネルである『日常チャンネル』のアイコンをタップする。画面が切り替わる。
そして――俺の視界は、完全に硬直した。
「……………………は?」
コーヒーを落としかけた。
一瞬、まだ自分が寝ぼけているのか、それともスマホが何かのウイルスに感染して表示がバグったのかと思った。
何度も目を瞬かせ、指で画面を下に引っ張って『リロード(再読み込み)』の動作を行う。しかし、そこに表示されている数字は、何度見ても変わらなかった。
【日常チャンネル】田舎の縁側と猫
視聴回数:84,520 回 ・ 12 時間前配信
「は、ち、まん……? よんせん、ごひゃく……」
声が震える。
昨日、俺と小春ちゃんが見届けたのは『150人』だった。
それがたったの12時間、つまり俺が一晩寝ている間に、8万回以上も再生されている? チャンネル登録者数も、昨日まで『2人(俺と小春ちゃん)』だったのが、『13,400人』という信じられない桁に膨れ上がっている。
「いやいやいや、おかしいだろ! ただ、ただ寝てるだけの猫だぞ!?」
パニックになりながら、詳細なアナリティクス画面を開いてみる。
『インプレッションのクリック率:42.8%』
『視聴者維持率(平均視聴時間):58分12秒』
「……なんだこれ」
自分で言っていて怖くなった。
動画配信の知識がない俺でもわかる。これは異常だ。
普通、MeTubeで表示されたサムネイルをクリックする確率は数パーセント程度。それが40%を超え、さらに『1時間の無言動画』を、ほとんどの視聴者が最初から最後まで『1秒も飛ばさずに』見ているのだ。
「これ、本当に俺のチャンネルか……? 何かの間違いじゃないか……」
指を震わせながら、動画のコメント欄を開いてみる。
そこには、昨日の配信中にはなかった、1000件を超える大量のコメントがずらりと並んでいた。
『5年間悩み続けた重度の不眠症が、このアーカイブを流した瞬間、嘘のように治りました。今朝は目覚めが良すぎて自分が怖いです』
『画面からマイナスイオンどころか、物理的に後光が差しているんですが、私のスマホ壊れましたか?』
『うちの凶暴なドーベルマンが、画面の猫様に向かって土下座したまま一歩も動きません。どうすればいいですか?』
『ギフト投げさせてくれ! なんでアーカイブなんだ! 今すぐ生で拝ませろ!』
『胃潰瘍の痛みが消えました。これは現代の奇跡です』
『このゴロゴロ音、絶対に脳のシータ波を強制的に引き出してる。ヤバい』
「………………」
俺はそっと、スマホの画面を裏返して机に置いた。
見なかったことにしよう。
これはきっと、何かの宗教団体か、カルト教団のチャンネルと勘違いされているに違いない。
そうでなければ、ただの田舎の猫の動画で、不眠症や胃潰瘍が治るなんてあるわけがない。
俺はゆっくりとコーヒーを啜り、現実逃避するように窓の外の緑豊かな裏山を眺めた。
――ダダダダダダッ!!
「お兄さあああああぁぁぁん!!!」
「ぶっ!!」
突然、裏庭の木戸をぶち破るような勢いで、セーラー服姿の小春ちゃんが飛び込んできた。
自転車を乗り捨て、肩でゼェゼェと荒い息をしながら、俺の元へと駆け寄ってくる。その手には、もちろんスマホが握りしめられている。
「み、見ましたかっ!? あの、あれ、見ましたかっ!!? バグってます!!!」
「こ、小春ちゃん、落ち着いて……朝からすごい血相だぞ。というか、学校は……」
「遅刻ギリギリです! でも、どうしても伝えなきゃって思って! お兄さん、チャンネルの登録者数見ましたか!?」
「あ、ああ、見たよ。1万3000人とかになってたな……」
俺が努めて冷静に答えると、小春ちゃんは「うわあああん!」と謎の悲鳴を上げながら、縁側で寝ていたシロにダイブした。
「シロちゃんっ! あなた本当に神だったのねぇぇぇっ!!」
『……ミャウ?』
突然飛びつかれたシロは、特に嫌がる素振りも見せず、ふぁぁ……と大きなあくびを一つしてから、小春ちゃんの頬をペロリと舐めた。
「ひゃうっ……あぁ、もうだめ、指先まで細胞が活性化していく……っ! あ、ちがうちがう! それどころじゃないです!」
小春ちゃんはハッと我に返り、俺に向き直った。
「お兄さん、コメント欄読みましたか? すごいことになってます! 『画面から光が見える』とか『病気が治った』とか、なんかもう、スピリチュアルな領域に入ってますよ!」
「ああ、読んだよ。……正直、ちょっと怖い。何か変な勘違いされてないか?」
「勘違いじゃありません!」
小春ちゃんは力強く首を横に振った。
「これ、みんな『本当に癒やされてる』からこそ、こういう書き込みをしてるんです。現に、私も昨日からすごく体調がいいし、肩こりも全部消えたし、テスト勉強も信じられないくらい捗ったんですよ!」
「いやいや、それは小春ちゃんが……」
「お兄さんも、実感してるんじゃないですか? シロちゃんと一緒にいて、疲れが全部吹き飛んでるって」
小春ちゃんのまっすぐな瞳に見つめられ、俺は言葉に詰まった。
確かに、俺自身のこの『異常なまでの体調の良さ』は事実だ。過労で倒れかけていた限界社畜が、たった二日で、二十代の頃よりも健康な体を取り戻している。
俺は、小春ちゃんの腕の中でくつろいでいるシロへと視線を落とした。
サファイアとアンバーのオッドアイ。
純白で、光を放っているかのように美しい毛並み。
そして、その体から漏れ出ている、圧倒的な『癒やし(神聖)オーラ』。
「……こいつ、マジでただの猫じゃないってことか?」
『ニャァン』
俺の言葉に応えるように、シロは「当たり前でしょ」と言わんばかりに可愛らしく鳴いた。
「どうしますか、お兄さん! このままいったら、今日中にチャンネル登録者10万人とかいっちゃいますよ! そしたらもう、銀の盾(MeTubeの登録者10万人記念の盾)が届いちゃいます!」
「ぎ、銀の盾……? 俺みたいな無職に、そんな大層なものが……」
困惑する俺をよそに、小春ちゃんはスマホを片手に興奮冷めやらぬ様子で話し続ける。
「とりあえず、今日も放課後絶対に来ますから! 昨日のコメント欄の勢いだと、今日も配信しないと暴動が起きるかもしれません!」
「暴動って……大げさな」
「大げさじゃありません! シロちゃんの癒やしは、現代社会が生み出した『合法的な麻薬』みたいなもんです! 一度味わったら、みんな絶対にまた欲しくなるんですよ!」
言い得て妙な表現に、俺は思わず苦笑した。
確かに、激務で精神がすり減っている時の『癒やし』への渇望は、俺自身が一番よく知っている。
「わかった。じゃあ、今日も夕方に……」
「はいっ! あ、ヤバっ、本当に遅刻する! 行ってきまーーす!!」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく小春ちゃん。
俺はその後ろ姿を見送りながら、深く、長くため息を吐いた。
「……なあ、シロ。俺はただ、誰もいない静かな田舎で、スローライフを送りたかっただけなんだが……」
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
俺の膝の上に登ってきたシロは、気持ちよさそうに喉を鳴らし、しっぽをぱたぱたと振っている。
「まぁ、いいか。お前の美味しいご飯代くらいは、稼げるかもしれないしな」
俺はシロの頭をぽんぽんと撫で、もう一度、スマホの画面を見た。
【日常チャンネル】田舎の縁側と猫
視聴回数:87,901 回
俺が小春ちゃんと話しているたった数分の間に、再生数はさらに3千回も増えていた。
ブラック企業から逃げ出した元社畜の人生は、どうやら俺の予想とは全く違う方向へと、猛スピードで転がり始めたらしい。